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「いや! 南部勝くんが『神成』を殴り飛ばしたのは偶然じゃないと、私は思うのだよ」
道場を破壊するのではないかと思う声量を発して男は中に入ってくる。背が高いからだろう、入口を潜るよう身を屈める男。身体は細くまるで、針金で作った人型のようだ。長髪をオールバックにして銀縁眼鏡を掛ける男。
南部が一目で抱いた印象は「詐欺師のよう」だった。全てが嘘くさい。こんな男が先ほどの大声を出したとは思えない。
そんな、南部の疑いを晴らすかのように男は二度目の大声を出してみせた。
「何故なら! 南部くんは『申』になりながらも、道具を使ったのだからね」
常に誰かを応援していると錯覚すら覚える南部。イネは男の話し方に慣れているのか。
大声に怯むことなく、男が口にした内容に驚いてみせた。
「道具って噓でしょ!? その域に達した人は、これまでに数人しかいないって、三角さんが言ってたじゃない!」
自分の発した声で身体が崩れるのではないかと心配になってしまう男の名は、三角と云う名前らしい。
興奮する二人の話に付いていけない南部は、口を結んで話が終わるのを唯々待っていた。
「そう。だからこそ、他の人に取られる前にここに連れてきてイネに合わせた訳だよ。まさか、理由もなく説明役を君に任せるなんてことを私がするわけないだろう?」
「……」
「これは顔合わせだ。私は君たち二人――天才同士が組めば、『神鎮隊』に取って最大の戦力になると想像しているのだよ」
三角は、イネが座っていたパイプ椅子に腰を降ろして座る。
大声に二枚目気取りの所作は異様なほど似合わない。あえて分不相応な動きを選択しているのではないかと南部は勘繰る。
ならば、この大声に怯むべきじゃない。南部は自分に言い聞かせて、ゆっくりと手を上げた。
「うん? どうしたんのだい? 南部くん!!」
「いや、その。さっきから、俺が力を貸す前提で話が進んでる気がするんですけど、俺、別に『神鎮隊』に入るなんて言ってないですよね?」
当人の意思を無視して進められる会話に水を差す南部。当然だ、いきなり、こんな場所に連れてこられ、テストされて、最大の戦力になるなど言われても話に付いていける訳がない。
南部は当たり前のことを告げたつもりだったのだが、「はぁ! 嘘でしょ!」と、イネが目を見開き驚いた。
「あなた、自分が何言ってるのか分かってるの? 確かに危険もあるけど、あなたには戦う力があるの! この石像にどれだけの人間が追い返されたか分かっていってるのかしら?」
『申』も『回士』も才能のある人間が、更に努力してようやく慣れる職業だ。故に日本中を見ても人数は三桁に届かぬほど。
だからこそ、国から支給される金額も手当も多く、一か八かを夢見て目指す者もいた。
「そんなこと……知らないよ。俺は別に『申回士』になりたいなんて思ったこともないし、何かになりたいと思ったこともなかった」
「父親の言いなり……だったんですものね」
南部はこれまでの人生――父の言うことに従い生きてきた。少しでも父の希望から外れれば暴力を受ける。子供の頃からそんな生活をしていた南部にとって、父は神にも近い存在だった。
道を示し、逆らえば天罰が下る。
けど、『父』は『神』じゃなかった。
子供に道を示していたのは、無理難題を振りかけて、暴力を正当化する理由を作るため。父の機嫌によってジャッジが変わることを南部は気付いていた。
気付いていたが逆らえなかった。
「で、父親がいなくなって、急に逆らってるわけ。本人には噛みつけなかったから」
「……」
情けないと体全体を使って侮蔑の息を吐くイネ。
そんなイネの頭に長い手を伸ばす三角。
「ま、そう簡単に答えは出ないさ。だから、今回はあくまでも顔合わせ。もし、また気が変わったら、私たちを訪ねてくればいいのだよ」
パイプ椅子から立ち上がった三角は、グッと身体を伸ばして去っていった。
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