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さるまわし  作者: やゆ
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「う、うん……。ここは?」


 男子生徒が目を覚ますと、そこは道場のような場所だった。年季ある重苦しい雰囲気と日々の丹念な手入れによる清らかな空気が、境なく交じり合った神妙な空間。


 その深部に明らかに異質を放つ物がこの場には存在していた。

 一匹の巨大なさるの石像が祀り上げられていた。否が応でも石像に視線を奪われる。そんな彼の背後から声が響いた。氷を背に付けたような冷たさに南部の身体はビクっと跳ねる。


「あら、目を覚ましたのね……。南部なんべ しょうくん」


 うつ伏せの状態で祭壇に目を奪われていた男子生徒――南部なんべ しょう。まだ、曖昧な意識の中、声の方向に首を捻った。


「なんで俺の名前を……?」


 そこで初めて南部は自分がパイプ椅子の下で倒れていたことに気付く。神聖な道場に不釣り合いな安っぽいパイプ椅子。

 その上に腰を降ろしてスマホを弄る一人の少女がいた。


 髪型は優等生が好むようなお下げではあるが、その髪色は明るく栗色をしていた。顔にも化粧を施しているのか、大きな瞳と通った鼻筋がより強調されていた。

 髪型こそ文学少女であるが、全体的な容姿はギャルに近い。


 容姿だけで判断するのであれば、南部が苦手とするタイプだった。自分たちは勝ち組で、自由を謳歌し、人生を楽しんでいる。他の人間は自分たちを輝かせる引き立て役だと決めつけているような態度が苦手なのだ。

 学校のクラスという狭いコミュニティがそう錯覚させるのかもしれない。南部は自身のクラスメイト達を思い出し、露骨に表情が引きつる。

 少女は、些細な表情を見逃すまいとしているのか、大きな瞳を見開きじっと南部を見つめていた。まるで、全ての動きが見透かされているかのような錯覚に陥る。


「なんでって、そんなの調べたからに決まってるじゃないの。普通に考えれば分かるでしょう?」


「調べた……? 俺を?」


「そ。だから、知ってるのは名前だけじゃないわ。二週間前。教師だった父が教え子とイケナイ関係になって警察のお世話に。そのことを恥じた母は、あなたを残して命を断った。そして――」


 彼女は長い指を地面と水平に伸ばした。


「そして、あなたはグレた。その格好も家庭環境の影響よね。遅い高校デビューほど見てて痛々しいことはないわ」


「……っ」


 自分の全てを知られたかのようで恥ずかしくなる。会って間もない少女にすら底の浅さを馬鹿にされたようで――逃げだしたい。


 パイプ椅子の4本の足が両脇に立つ。手足は自由に動く。拘束は特にされていない。

 南部なんべは椅子の下から這い出て立ち上がると、部屋にあった扉を目指した。だが、椅子に座る少女の横を無言ですり抜けようとした時、「ガン」と少女の長い足が行く手を阻んだ。

 高圧的に椅子に座っていた彼女を、南部は自分と同じくらいの体躯だと思っていたのだが、足を伸ばす姿は頭一つ分低かった。

 南部の身長は168センチ。どうやらイネは平均的な女性の身長らしかった。


 彼女が着ているのは、どこかの学生服。

 短く折ったスカートが頼りなく揺れた。


「悪いけど、あなたをここから出すわけにはいかないのよ」


「なんで……」


「なんでって、まあ、でしょうね。初めてなら覚えてるわけはない(・・・・・・・・・)から、一から説明をしてあげるわよ」


 意味深に微笑む少女。

 彼女は伸ばしていた足を引っ込めてパイプ椅子から立ち上がる。床とパイプが擦れて不快な音を鳴らす。「キキッ」と擦れた音は――まるで猿の鳴き声だと南部は思った。


「まずは自己紹介しておくわね。私はむらさき イネ。『神鎮隊しんちんたい』に所属しているわ」


「『神鎮隊しんちんたい』!?」


 イネの言葉に驚きと共に唾を飲み込む。


「へぇ、その反応。馬鹿そうなあなたでも知ってるのね」


「当然だ。『神成』を倒す組織なんだから」


 全てのモノに神は宿る。

 八百万の神に付喪神つくもがみ。日本ではそう言い伝えられてきた。

 ならば、人にも神が宿るのは不思議ではない。

 人が神に成る国――日本。

 人に神が宿り変化した異形の存在――『神成かむい』。彼らは人々の貪欲な祈りや願いによって現れる。そして、欲望のままに暴れる人類の天敵とも呼べる存在。


 その被害はこの数十年で一気に増加していた。

 専門家は「ここ数年、SNSの普及により、常に誰かと繋がったり、他人との比較がしやすくなった」と冷めた顔で話していたことを――南部は思い出す。


「それで、その『神鎮隊』が俺に何の用なの?」


 正面を立つ少女――イネを威嚇するように睨む。だが、『神』と戦っているイネには威嚇とも捉えられていないのか、


「ま、とにかくこっちに来なさいな」


 イネは南部なんべの手を握ると、大きく足を動かして部屋の奥へ入っていく。

 奥にあるのは猿の石像だけ。

 手を引かれるまま歩いていく。


「あ、おい!!」


 高校生ともなれば、異性と触れ合う機会は滅多にない。幼子のように「友情」だけで、人間関係が築けるほど思春期は単純になれなかった。

 何年か振りに繋いだ異性の手は、南部がこれまで触れたことのあるどの物体よりも滑らかで暖かかった。

 彼女の手から伝わる熱は、ドキマキと心を弾ませている南部自身の体温なのかもしれないが……。


 イネが足を止めたのは巨大な猿の足元だった。台座の上に身体を丸めて鎮座する猿。南部の何倍も巨大な石像は、命無き無機物とは思えぬほど威圧を放っていた。

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