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だが、それはイネに取っては触れてほしくない事実でもある。
自分の所為で何人もの『申』が犠牲になったのだから。
「はぁ。ま、変に気を使われるよりはマシよね。どうせ、相棒になった以上は、いずれ話さなくてはならないわけだし」
イネは真っ直ぐに南部の目を見て答えた。
「……7人よ。私はこれまで7人の『申』を壊したわ」
「7人……。そりゃ、結構、多いな」
7という数字が決して少なくないことは、『神鎮隊』に所属したばかりの南部でも分かる。何故なら、この『富士山支部』に所属している『申回士』は三組。つまり、一つの支部にいる『申』よりも多い人数をイネは壊したことになる。
「……なによ。私を責めないの?」
南部はイネの質問の意味が分からなかった。
「責めるって、なんでだよ」
「なんでって、そりゃ、私は『神成』を倒すために相棒を犠牲にしたのよ。私の相棒は誰一人、例外なく植物人間になってるの!」
生きてはいるが意識はない。
そんな状態で眠ったままなのだとイネは言った。
「それは……大変だな。でも、だからって、なんでそれがイネさんを責める理由になるんだ?」
「あなたねぇ!!」
話の通じない南部に、イネは椅子から立ち上がって身を乗り出す。
「貴重な戦力を壊してるのよ! そのことで私は本部からここに飛ばされたの!」
「そっか……」
「そっかって――」
イネはこれだけは決して言うまいと止めていた言葉があった。だが、それは南部の飄々とした態度で塞き止めていた理性が崩れ、止め処なく流れていく。
その流れをどこか冷静に「あーあ、やっちゃった」と傍観している自分がいた。
「あなただって、そうなるかも知れないのよ! 壊れるかも知れない。それでもそんな暢気な態度でいられるかしら!?」
「いられるよ」
「え……?」
南部はイネの言葉に一瞬の躊躇いもなく頷いた。
あまりの速さにイネが言葉を理解できなかった。
「俺は平気だ。だって、俺は『神成』を鎮めたくてここにいるんだ。全力を出さなきゃ勝てない相手なら、俺は躊躇いなく命を賭ける」
壊れようが死のうが――覚悟は出来ている。
南部はそう言い切った。
「きっとさ、他の『申』達も同じ気持ちだったと思うぜ? じゃなきゃ、そもそも戦えないじゃんか」
「……っ!!」
『申』は覚悟を決めなければ、力を発揮できない。
死の恐怖。
相棒への不信感。
それが残った状態では――戦えない。
でも、イネがこれまで共に戦った相棒に、そんな人間はいなかった。
「そんなこと、『回士』であるイネさんの方が分かってるだろ?」
「分かってるわよ! でも、私はそれすらも気付けなかったのよ!」
イネが本当に後悔しているのは『申』を壊したことではない。
相棒のことを考えずに戦っていたことだった。
「私は『申』は『申』としか見ていなかった。だから、『神成』鎮めるために、使い捨てるのが当たり前だって思ってたの」
「イネさん……」
父親がルールだった南部と『神鎮隊』が全てだったイネ。
二人はよく似ていた。
「でも、七人目の相棒を失って気付いたの。『申』も人なんだって」
そのことに気付いたイネは両親に逆らい――富士山支部へ飛ばされた。
散々、子を利用した挙句、最後には、「『申』を壊した」と自分たちが命じていたことを理由にして左遷した。
イネの過去を聞いた南部は、それでも強く頷いた。
「でも、俺なら大丈夫だと思って相棒になったんだろ? だったら、遠慮はするなよ」
「そう……なんだけど。でも……」
武器を使える『申』は貴重であり、武器を持てばイネの『禱能』は優位に働く。
だからこそ、イネは迷わずに組んだのだが、いざ、力を使おうとすると迷う自分がいた。
「情けないわよね……。あなたにも迷惑をかけて……」
悩むイネに対して、南部は一切の迷いはない。
「俺に遠慮するなって。『禱能』を使う必要があると思ったら、迷わず使ってくれ。俺は死ぬ覚悟も壊れる覚悟も出来てるからさ」
「……あなた」
表情も変えずに「死ぬ覚悟」を口にする南部。
彼にどんな言葉を掛けるべきかと口籠るイネ。その時、二人同時に支給された携帯端末が鳴り響いた。同時に応答すると女性の声が響いた。
「『富士山北支部』より応援要請。色付きが出現。交戦に向かった二組の『申回士』が敗北した模様」
声を聞いた南部達は頷くと――立ち上がり事務棟へ向かった。