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さるまわし  作者: やゆ
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「さて。今日から俺がお前に『神鎮隊しんちんたい』とは何たるかを叩き込んでいく。この俺に教えて貰えることを光栄に思え!」


 南部なんべほむらと戦ってから一週間が経過していた。

 イネに呼び出された南部が座るのは道場の中。学校で使うような一人用の机と椅子が中心に置かれ、その前にはホワイトボートを背に立つほむらがいた。

 ほむらは、教師のような姿が良く似合う――。そんなことを考えながら、南部は用意された椅子に座っていた。


「準備はいいか、南部 勝!」


 ほむらは、気合の入った声で南部に問いかける。

 今日、この場所で何をするのか、事前に聞いていた南部は、「はい! お願いします!!」と力強く手を上げた。

 頭には鉢巻が巻かれており、『目指せ! 東京支部!』と毛筆で描かれていた。

 この鉢巻はほむらが用意した物。

 東京支部を目指す気はないが、しかし、教わる身として折角用意してくれた物を断るのは失礼だ。

 南部は教えを乞う立場として躊躇いなく頭に巻いたのだった。


 気合の籠った二人の男たちの背後。

 小さなため息を吐くイネがいた。


「はぁ……。意外にこの二人、相性合うのね……」



 道場に満ちる熱気を払うようにして、ため息を吐くイネは、一週間前のことを思い出していた。





 蟷螂かまきりの『神成かむい』を倒した直後。

 事務棟へと戻った南部達に、焔が唐突に切り出した。


「来週から、南部なんべを『神鎮隊候補生』として、育てていくことにした。俺が特別に教えてやるから、感謝するんだな」


 そのための手続きを正式に終えたと、南部本人の意志は確認せずに告げた。何の話をしているのか、理解が追い付かぬ南部に、ほむらは『神鎮隊』の制服と連絡用の端末を渡した。


「今日は良くやった。ゆっくり休め」


 最後に労いの言葉と共に肩を叩き去っていく。「ありがとうございます」と、反射的に応じる南部ではあるが、『神成かむい』を倒す前までは、南部なんべのことを認めていなかった。

 この短時間で一体、どんな劇的な変化があったというのだろう?

 南部もイネも、ほむらの変わり身の早さに困惑していた。


「いやー。道具を使って『神成かむい』を倒したのを見て、『富士山支部』が名を上げるチャンスだと思ったみたいだよ。相変わらず良い判断だよね」


 一方的に用件のみを押し付けたほむらをフォローするように、三角みかどが注釈してくれた。

 南部の存在を否定するのではなく、正規の手順に値するだけの訓練を行えばいいと考えを切り替えたのだと。

 頑なに全てを否定するわけではなく、現実を受け入れ、使えるものは使う柔軟さ。ほむらが優秀な理由の一端だと三角は笑った。


「ま、でも、彼が納得するだけの力を見せたのは南部自身なのだよ。そこは誇るといいさ」





「はぁ……」


 回想を終えたイネは再び深い息を吐く。


「でも、まさか、私まで付き合わされるとは……」


さる』同士の訓練だと思っていたイネの吐息。その音が南部に届いたのか、振り返ると小さく頭を下げた。


「それは本当にごめん。でも、ほむらさんが『さる』と『回士まわし』はなるべく一緒にいた方がいいって言うから」


「分かってるわよ」


申回士さるまわし』は、その名の通りに二人で一人。

 どちらが欠けても実力が発揮できないことは、イネだって理解している。だが、それでも納得できない理由があるとすれば――。


「とか、言う割には本人は一人なんだけど?」


 ほむらの相棒である百合がいなかった。

 道場にはどこを見渡しても三人だけ。

 イネの問いかけに、「愚問だな」と、焔は鼻を鳴らした。一体、どんな理由があるのか。三角みかどでさえも優秀だと認めるほむらの返事を待つ。


「そんなの、俺が優秀だからに決まっている」


「……」


 全く説得力のない理由だった。

 優秀というより、ガキ大将の理論に近い気がしないでもない南部だった。


「……それが理由になるのかしらね?」


「なるさ。さあ、むらさき イネは置いといて座学から始めるぞ!!」


「あ、ちょっと。誤魔化す気!?」


 このままでは話が長くなると判断した南部は、


「はい!! ほむらさん!」


 姿勢を正して、威勢の良い返事でイネの言葉を掻き消した。


「ふむ。良い態度だ。どこかの『回士まわし』にも見習って欲しいモノだな」


 幼少期より父親のルールによって生真面目人間にへと育てられた南部なんべ。メモ帳から解き放たれたとはいえ、その真面目さはそう簡単に抜けるものではないようだ。


 そんな南部に、手にした黒いマジックをほむらが向ける。


「では、まずは『申回士さるまわし』についてだ。南部なんべ、貴様はどこまで把握している?」


 熱の入った問いに自然と南部の声も熱くなる。


「恥ずかしながら、自分は『神成かむい』を鎮めるための手段としか知りません!」


 日常生活で『神鎮隊』に付いて学ぶことはそれだけ。黒い異形を見つけたら『神鎮隊』へ。怖い人を見つけたら警察へ連絡しましょうと教えられてきた。


 それ以上のことは、自力で調べなければ学ぶことは出来ない。しかし、南部なんべは父親の考えである「『神鎮隊』は、命を掛けた馬鹿がやる仕事」と教わってきたため、興味を持つことはなかった


「恥じるな! そのために俺が教えているのだからな!!」


ほむら……先生!」


 ほむらの熱に当てられた南部なんべは、感情が煮立っているのか大げさな感涙の表情で立ち上がる。


「あなた達ねぇ……!!」


 そんな暑苦しい二人の姿に、イネの我慢が限界を迎えたようだった。

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