14
袋を解き、包まれていた物体を取り出した。イネは両手に感じる重みを託すように南部に向けて床を這わせた。
地を這うブーメランのように回転した物体は、真っ直ぐに南部の元へ向かった。南部が回転を止めて拾い上げる。
それは――短剣だった。
グッと力強く握る。
刀身が短く機動性に優れた武器。鋭く砥がれた表面が、天上のライトを反射させる。光を自分の目元に当てて遊び始める南部の姿に、イネは一縷の不安を抱いた。
「……本当に、使えるんでしょうね?」
南部を注視するイネ。
南部が武器を使っていたと聞いてはいるが、実際に見たことはない。偶然、使ったように見えただけなのかも――。
「『申』が武器を使うのは、神に近付く行為なんだもの……」
神に渡り合うために知能を捨てたのに、武器を使う行為は『申回士』ではそう認識されていた。
意識ではなく身体に染み込んだ技術。
その域まで達するには、どれほどの鍛錬を積まねばならないのか。
だが――。
「嘘……でしょ?」
南部を、『神成』が鎌を交差させて引き裂こうとした手を、交差する点で止めるように短剣を構えていた。
鎌と短剣が*《アスタリスク》を描くように交わる。
「キキ。キィ!!」
受け止めた鎌を弾き飛ばした。両腕を万歳するように開いた『神成』の腹部。そこを守るものは何もなかった。
南部は鎌を弾いた腕をそのまま水平に切り返す。
ただ、武器を扱うだけじゃない。
剣道の技術を用いた南部の刃は、『神成』の腹部を捕らえた。流れるような動作に、思わず見惚れてしまう――。
「……ここまでくれば、マグレじゃないってことね! トドメよ!!」
イネが叫びと共に自らの精神力を高めていく。
強化された腕力で振るう南部の短剣が、『神成の身体を真っ二つに切り裂いた。
上半身と下半身に分かれた『神成』は、昆虫の生命力を持つのか、しばらく蠢いていたが、やがて身体は静止し消滅していく。
その光景に手を合わせるイネ。
「……安らかに眠って頂戴」
それが合図となったのか。南部を包む光もまた弱くなった。
「ふぅ……」
南部は『申』の状態が解除されると同時に、足首の筋を切られたことで、逃げることが出来なかった亀田 サリーの元へ歩く。
「ありがとうございますぅ~!!」
大粒の涙を流しながら、頭を下げる彼女に南部は聞いた。
「『神成』は、あなたを狙ってたけど――何があったんですか?」
人が神になった理由を南部は問う。自分を見失ってでも達成しなかった願いがなんなのかを――南部は知りたかった。
「ちょっと、聞いてもしょうがないでしょ?」
被害者に対して失礼よ。と、イネが制止をするが南部はそれでも引き下がらなかった。
「でも、その人がどんなことを思ってたのか、俺は覚えておきたいんだ」
「……本当、あなたは変わってるわね」
イネは一歩後ろに下がって連絡用の端末を取り出した。無事に鎮められたことを報告しているのだろう。
南部はイネに感謝しつつ、亀田 サリーに視線を合わせた。何が原因で『神成』が生まれたのか。
理由を問う瞳に、ゆっくりと彼女が口を開く。
「あの人の彼氏と一度だけ関係を持ったの。でも、しょうがないじゃない。格好いいって思ったんだから! ね、そうでしょ……?」
同意を求める恋多き女性に、南部は何も言わずに立ち上がった。
恋人を寝取られた恨み。
それで、人を辞めたのか。
理由をしった南部は、電話を終えたイネの横に立った。
「ほらね。理由なんて聞いたって胸糞悪いだけじゃない。それなのに『神成』になった方が悪だなんて納得できないでしょ?」
イネの言葉に南部は首を横に振るう。どんな理由があっても、自分の中で決めたことに揺るぎはなかった。
「それでも、『神成』は鎮めるよ。人の命が危ないのなら」
「あっそ」
イネは興味なさそうに呟いた。
そんな二人の姿を講演会場の入口で見守る二つの影があった。
「馬鹿な。『申』状態で道具を扱えるなど……。最初見た時は偶然だと思ったが――。それに、奴の覚悟は中々なモノだ。だからこそ、俺がちゃんと教えなければ――」
倒すべき『神成』が消えたことを確認した焔は、踵を返して去っていった。その背を小さな少女がトコトコと追う。