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さるまわし  作者: やゆ
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 事務局内に入ると『神成かむい』の出現を告げるサイレンが響いていた。

 人を焦らせる甲高い音の中、部屋の一室で優雅に駄菓子屋で売っているような小さなジュースを三角は咥えていた。


「あれ? ほむらくんは一緒じゃないんだ?」


 三角は、口の力だけで空になった容器を上下させて答えると、事務棟の奥にある部屋を指差した。


「まあ、いいか。『猿飛さるとび』の準備は終わってるから、急いで神を鎮めてきてよ……」


 三角みかどの言葉に南部なんべは深く頷く。

 命の危機に晒されている人がいたら助けたい。その決意は二度目でも揺らぐことはなかった。

 南部とイネが『猿飛部屋さるとびへや』に入ろうとした時、三角みかどがイネを呼び止めた。


「あ、そうだ……。イネくん!」


 南部なんべの後ろを歩いていたイネに、三角みかどが、黒い布に包まれた物体を投げ渡す。

 長さ一メートルほどの細長い物体。

 仰々しい布に包まれたソレは外観では何か分からないが、両手で持つイネは分かったのか、「なるほどね……」と、小さく頷き『猿飛部屋』へ消えていった。


 その後に続く南部なんべ

 扉が閉じられると同時に、床に書かれた不思議な模様が光を帯びていく。部屋全体を光が包むと瞬く間に南部なんべの視界は、屋外へ切り替わる。


 そこは巨大なビルの前だった。隣には駅名が書かれたガラス張りの建築物。どうやら、ここは南部達が住む県の中心街のようだ。

 ビルから少しでも離れようと逃げ惑う人々。

 南部とイネは人の波に逆らうようにして、入口を目指した。

 入口の看板には『恋愛研究家 亀田サリー講演会』と華やかなピンク色の文字で書かれていた。

 本来ならば、今日は恋愛という文字通り、人々が恋愛に付いて語る楽しい場だったのだろう。だが、今はピンクの文字が不釣り合いなほど、悲鳴と恐怖で青褪めた顔で混沌としていた。


 その時。

 ビルの中腹が崩れ落ちた。瓦礫となった壁が落ちる先には、まだ逃げている人々が。


南部なんべくん!!」


 そのことにいち早く気付いたイネが、腕を向けて『回士まわし』の力を南部なんべに送る。身体を光らせた南部なんべは人間離れした脚力で宙を跳ぶと、落下する瓦礫を殴り砕いた。


「流石ね……。このまま行くわよ!! 私を抱えて跳びなさい!」


 イネの指示に従い行動をする。

 崩れた階層に『神成かむい』はいる。そう考えたイネは、南部にそこまで移動するように指示を出す。


「キィ!!」


 短く吠えて南部は答えた。イネを口で加えると、窓の僅かな凹凸に指先を引っ掻けて、垂直に壁を昇り始めた。

 その姿は猿そのものだ。


 瞬く間に崩れた階に着地した二人。

 崩れた窓から中に向かって転がるように侵入する。


「『神成かむい……!!」


 部屋の中心。

 講演会のために用意されていた椅子が、乱雑に倒れていた。

 正面のステージには『恋愛研究家 亀田サリー講演会』と書かれた垂れ幕が飾られている。

 その下に――『神成かむい』はいた。

 影に食われたかのような黒い異形いぎょう。両腕には鋭く湾曲する鎌が付いていた。どうやら、『神成かむい』になった人間は、蟷螂かまきりをイメージしたらしい。

 右手に付いた鎌を、一人の女性の首に掛ける。


「……た、助けてください」


 今にも命を刈られそうな女性。胸元に付けられたワッペンには『恋愛研究家 亀田サリー』と可愛らしい丸文字で書かれていた。

 崩れた壁から現れた南部達を見つけた彼女は叫んだ。


「『神鎮隊しんちんたい』の方ですか!? 早く、早く私を助けて!」


 よく見れば足の健が切られているのか――足元には赤黒い血が溜まっていた。

 逃げれぬ相手を痛めて楽しんでいたらしい。

 人間とは思えぬ所業に――南部が動いた。


「ええ。言われなくてもそのつもりよ!」


 南部に力を送りながら答える。

 南部は、四足を使って大きく跳ね、『神成かむい』の首元に噛みつこうとする。

 だが――『神成かむい』は上半身を大きく反らして躱した。


「……色が付いてるのね!!」


神成かむい』の背中は、黒ではなく蟷螂のような黄緑に染まっていた。べっとりと怪しく輝く背中をイネは見逃さなかった。


「つまり、この『神成かむい』は僅かながら知性があるってことよね――!」


 イネは視線を女性の足元へ移す。

 この『神成かむい』の目的は、女性を痛めつけることという訳か。傷付けられた身体を見て、自然とイネにも力が入る。

 その時だった。


「……なっ!?」


 南部を包む光が弾けるようにして消えたのだ。


「……なあ。お前はなんでこんな酷いことが出来るんだよ?」


さる』から戻った南部は、そう『神成かむい』に問いかけた。


「嘘……有り得ない」


 自らの意思で南部は『さる』を解除した。


「『さる』になることは、自分を捨てることと同意儀。それなのに、自分の意思で解除したって言うの?」


 本来。『さる』になるには、『回士まわし』の存在が必要なはず。イネの知る常識から南部は大きく外れていた。

 光を纏わぬ南部を見てチャンスだと思ったのか、両手を振り上げ『神成かむい』が迫る。


「……ま、答えてはくれないよね。だけど、俺は『神成かむい』を倒して人を助けてみせる! イネさん!!」


 南部はそう宣言すると、自らの意思で光を纏った。

 南部に両手の鎌を振り下ろす。『さる』状態になったタイミングが遅かったのか回避が間に合わない。『神成かむい』の鎌が南部の身体に振り下ろされる。

 鎌が南部の身体を切り裂いた。

 はずだった。


「わざわざ、宣言するために解除しないでよ。びっくりするじゃないの!!」


 だが――南部の身体は傷一つ付いていなかった。

 生身の肉体が切れないことに、『神成かむい』が驚き南部なんべから離れる。


「『回士まわし』の力によって、纏う光を鎧のように変えることも出来るのよ。相当、私も疲れるんだけどね……!」


「折角だから、これ、使ってみましょうか!」


 イネの手には、三角みかどから渡された黒い包みがあった。

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