12
「目を覚ましたか……。これが俺とお前の実力の差だ」
南部が目を覚ますと、その顔を覗き込む人物がいた。整った生真面目そうな顔立ち――焔だった。
戦った衝撃なのか、完全に目覚めぬ頭を南部は必死に動かす。確か焔達と戦い、圧倒的な差で敗北したんだ――。
南部は、直前の記憶を思い出した。
「あれ……、でも他の人は?」
道場には彼しかおらず、他の三人はどこかに消えていた。
「三角さん達は先に帰って貰った。もともと、お前を呼び寄せたのは俺だからな」
「……えっと」
南部からすれば初対面と変わらない。
それなのに、いきなり戦いを仕掛けてきた好戦的な人間。それが今の南部から見た焔の印象だった。
そんな人間と二人きりにしないでくれと、姿の見えぬ三角とイネに助けを求めるが、残念なことに届くことはなかった。
もっとも、届いたところで、あの二人ならば助けずにニヤニヤと今の状況を楽しんでみているだろうが……。
南部が性格の悪い二人に想いを馳せていると、
「これを使え」
と、焔が濡れたタオルを投げ渡した。
思いがけぬ優しさに、南部は頭を下げて礼を述べる。
「その……ありがとうございます」
「気にするな。それより、これで分かっただろ? 訓練をしていない人間がどうなるのか。少しでも意思が鈍れば直ぐに死ぬ。俺達はそんな戦いをしているんだ」
焔が南部を呼び出した理由は、戦う意思が鈍れば『申』は実力が発揮できない。そのことを伝えたかったようだ。
やり方は強引だが、焔は自分が『申』であることに誇りを持っているのだと、南部は感じていた。
「人数に余裕があれば問題はないだろう。だが、『申回士』は常に人で不足だ。基本的には、一人で戦うことになる。そうなった場合、俺達、『申』の所為で『回士』まで危険な目に合わせてしまう」
そして、最終的には関係ない人々まで命を失うことになると焔は語った。
「そんな悲劇を起こさぬ為に、俺達は日々、『訓練』をしているんだ。だから、俺は――たまたま、『申』になれたお前を、特別扱いする気はない」
「……」
焔の言葉に南部は何も言うことが出来なかった。何年も『神鎮隊』で戦ってきたであろう焔の言葉に、嘘偽りは一つもない。
嫌味でも意地悪で言っているのでもない。
それが伝わるほどの熱意が焔にはあった。
焔の言葉を受け入れた南部は、沈黙と共に濡れたタオルを握りしめることしかできなかった。ポタポタと、タオルから水分が滲み落ちる。
その時、焔の携帯がなった。
焔が南部に背を向けて電話に応じる。
「そうか、『神成』が現れたか……」
連絡を終えた携帯を焔はポケットへ仕舞う。どうやら、連絡は『神成』の出現のようだ。焔は、道場を出て、急いで現場に向かおうとする。だが、道場の扉に手を掛けたところで足を止めた。
勢いよく振り返ると、南部の元へと足を進める。
「丁度いい。プロの戦い方をお前に見せてやる。付いて来い」
グッと南部の襟を掴んで道場から出る。引きずられる格好で南部は事務棟へ入っていった。『神鎮隊』へスカウトしたイネといい、強引に人を動かすことが好きなようだ。
南部は逆らうことなく、足を動かしていると部屋の入口からイネが飛び出してきた。
南部を連れる焔を見て意外そうに目を開く。
「……へぇ。連れてこないと思ったけど、『神成』の出現を教えてくれたんだ」
どうやらイネは『神成』が現れたことを、焔は、南部に伝えないと思っていたようだ。
「勘違いするな。こいつを連れてきたのは、『プロ』の戦い方を教えるためだ」
知識もなく、偶然に近い状態で『申』になる力を手に入れた南部に、しっかりと手順を踏んで得た力を見せようとしていた。
足を止めて話す二人。
南部は「これが本当にプロなのか?」と僅かに首を傾げていた。イネはその南部の感情を見落とさなかったのか、
「だって。どうしましょうか? 今回は見ているだけにする?」
わざとらしく頬に手を当てて南部に問う。その言葉に襟元を掴む焔の手を振り払った。
「どうするもなにも、今、『神成』によって、人の命が危ない状況なら――俺が『やりたいこと』は、ここで話をすることじゃない」
南部は焔の目を真っ直ぐに見つめる。
焔の『申回士』としての誇り。それは確かだと南部は認めてはいるが、自分の求めているモノは違う。
だから、
「これが、プロだって言うなら、俺はお断りだ」
「……お前」
南部の答えが『神成』と戦う者にとって正しい。
『プロ』であることに誇りを持つ焔が一番理解したのだろうか。
正しさに、ぐっと歯を食いしばる。
悔しそうな表情をイネが愉快に笑った。
「流石、私の相棒。頭でっかちで、順序にこだわる男とは器が違うわね。さ、そうと決まれば早く行くわよ」
二人は全力で事務局の中に消えていった。
その背を焔は立ち止まって見届けていた。
「馬鹿な……。この俺が正式に所属もしていない奴に正されただと……? あいつ……考えだけは俺達と何も変わらないじゃないか」
人を助ける気持ちに嘘偽りはない。
そう呟く焔を迎えに来たのだろうか。廊下に百合が現れた。
「あ、あの……若羽さま? 向かわなくていいのですか?」
「ああ。今回は俺がアイツの戦いを見届けてやる」
焔は、ゆっくりと歩き出した。
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