11
電話を掛け終えた三角は、呼び出した相手を待っているのか、身動きの取れない焔の首にプラカードを掛けて遊び始めた。
「あの……。焔さんと話をさせて貰っても……?」
「まあ、まあ。いいからいいから。ちょっと待っててよ」
何が良くて何を待つのか。
しかし、三角はそれ以上、説明する気もないらしく、ただただ、焔で遊んでいた。
「なあ、この二人ってどういう関係なの? なんとなく三角さんの方が偉いのは分かるんだけど」
「そうね。まあ、簡単に言えば三角さんは名前だけの長よ。基本は何もやらないわ。だから、今、『富士山支部』を仕切ってるのはあなたと同じ『申』である焔なのよ」
「……なるほど」
ふと、南部は誰かの視線を感じて入口を見る。すると、いつの間に開かれていたのだろうか、扉が数十センチだけ動いていた。
外から中を覗く瞳。
南部はその目と視線がぶつかった。ぴしゃりと慌てて扉を閉じるが、直ぐに思い直したのか、ゆっくりと扉を開いた。
扉の前に立っていたのは一人の少女だった。中学生くらいだろうか。顔ほどある大きな黄色いリボンを頭に二つ付けた少女。青いネクタイのセーラー服がよく似合っていた。
「あ、あの……。お邪魔してしまいごめんなさい」
か細い声が少女から響く。その声は、動けぬ焔を使って遊ぶ音で掻き消されてしまうほど小さかった。
無駄に大きな声の三角とは正反対だ。
少女の声に気付いたのか、三角は遊ぶ手を止めて、
「ああ、待ってたよ、百合ちゃん」
スキップをしながら扉に向かう。
嬉しそうな三角の表情に加えて、現れた少女――百合。この二つを元に何かを察したのか、イネが眉を顰めた。
「百合 亜美……。彼女がここに呼ばれたってことは、嫌な予感がするわね」
そして、イネの予感は的中する。
三角が大きな声を、いつもよりも更に張り上げて提案したのだ。
「よし、それじゃあ今から、二組には戦って貰おうか」
腕を交差するように南部と焔を指差す。その動きがきっかけになったのか、銅像のように固まっていた焔が動いた。
南部は勝手に決めると焔がまた怒るのではと不安になるが、
「確かに、それは名案だ。最初から俺はそいつが『神鎮隊』に相応しいか確かめるつもりだったしな」
意外なことに否定するどころか戦うことを迷わず認めた。
焔が南部を呼び出したのも、戦うためだったと南部は知った。
「努力をしなかった『申』など、俺は許さない。百合!!」
焔の呼びかけに、テコテコと百合は小さな足を細かく動かす。南部達の横を通り過ぎる際、小さく会釈する彼女はまるでリスみたいだ。
百合が焔の背に立ち、手を翳す。すると、焔の身体が眩い光で覆われていく。この光は『申』になった証明でもあった。
「ちょっと、戦う気満々なのかよ! 俺は人を助けたくて『申』になる決意をしたんだ。こんな場所で無意味に戦うつもりはない」
ようやく見つけた自分のやりたいこと。それを大事にしたいと戦うことを拒絶する。南部は逃げるようにして、道場の出入口に手を掛けた。
「イネくん! ちょっと強制的に変化させてみてよ」
三角の叫びに、イネがため息と共に呟いた。
「はぁ、分かったわよ……。『コレ』を教えるってことね」
イネの呟きに呼応するようにして、南部の身体を光が包む。
光輝く二人の『申』とその背後で手を掲げる二人の『回士』。
その光景に満足気に頷いた三角は、
「これで良し。それじゃあ、始めてくれ!!」
勢いよく、両手を頭の上で交差させた。
三角の合図で先に動いたのは南部だった。
動物園の猿が、観客によって投げ入れられる餌に食いつくようにして、焔へ飛び掛かった。
歯茎を剥き出す姿は猿そのものだ。
「……焔さん」
百合が小さな声で名を呼ぶと、焔は、後方に跳んで軽々と攻撃を躱した。
後方に回避した勢いを殺すようにして、三猿の石像に着地した焔。流れるような動作で、今度は天上へ跳んだ。
身体を捻り天上へ着地する焔。
「キキィー!」
天上を足場に力を込めた焔が叫び声を上げる。流星が如く降り注いだ焔の拳を、南部は回避することができなかった。
頬へと打ち込まれた打撃に、南部は出入口である扉まで吹き飛ばされる。
壁に身体を打ち付けた南部の光は、弱まり薄れていく。
同じ『申』でありながら、全く相手にならなかった。
「な、なんで……?」
人へと戻った南部は、力の差に愕然とする。
「首輪を付けた相棒であれば、強制的に『申』へ変化させられる。ただし、雑念がある状態だと、動きが鈍くなるんだよ。つまり、覚悟を決めないと駄目だってわけだ」