10
翌日。
四苦八苦して登録したイネの連絡先から電話が掛ってきた。
時刻は正午。
祖母が用意してくれた弁当を、近くの河原で広げていた時のことだった。また、『神成』が現れたのか。
気を引き締めて応じた南部に対して、
「一時間後に『神鎮隊』の拠点に来るように」
と、それだけを告げて一方的に切れた。今直ぐでなく時間を指定していることから、『神成』ではなさそうだと南部は考える。
「学校にもちゃんと報告したし、おばあちゃんにも伝えたから気が楽だな」
今日も平日。学生である南部は本来ならば高校に通わなければならないのだが、『神鎮隊』として戦うと決めた南部は、自らの意思で高校を自主退学した。
祖母に話をしたところ、「自分のしたいことを決めて偉い」と、怒るどころか褒められた。
「ま、じゃあ、行きますか」
祖母の愛情込めた弁当をお米の一粒を残すことなく平らげた南部は、『神鎮隊富士山支部』へ向けてペダルを漕ぐ。軽やかになった南部の気持ちに比例するかのように、ペダルも軽く心地よい風を生み出していく。
自転車を漕ぐこと30分。
三度目の『神鎮隊富士山支部』に辿り着いた。駐輪場でもない雑草群に自転車を止めようとすると、そこにはバイクに寄り掛かったイネが待っていた。
筋トレをしているのかと疑うほどのキーホールダーを付けたスマホで、イネは時間を確認する。
「約束時間の五分前ぴったりって中学生じゃないんだから」
五分前行動。
教師であった父親に南部はソレを叩き込まれていた。
「そういうイネさんだって、俺を待っててくれてるじゃないか」
「残念だけど、私は全く違う理由でここにいるのよ。朝から若羽 焔が三角さんに怒ってるから避難してただけよ」
「……焔さん」
その名を聞いて南部は、昨日現れた男性がそう呼ばれていたことを思い出す。
三角さんに嘘によって、焔さんは、現場に消えた。それは誰だって怒るにきまっている。
ただですら、その前から怒っていたんだから……。
三角の行為は焔の怒りに油を注いだだけだ。
「はぁ……。その場に私がいれば良かったんだけど。三角さん、後先考えないんだから」
タイミングが悪かったと、イネさんは寄り掛かっていたバイクから身体を起こす。
「で、あなたを呼べと若羽 焔が五月蠅いから来てもらったのよ」
「そういうことですか……」
どうやら、呼び出したのはイネではなく焔だったらしい。
呼び出された理由をしった南部は、今すぐにでも引き返したくなる。
だが、南部は「『神鎮隊』に所属する決意をしたんだ。今後、お世話になるかもしれない」と考えを改め、イネと共に山の中に入っていく。
事務局として使われている建築物に南部は向かうが、
「二人はそっちにいないわよ」
と、イネは道場に足を動かした。
事務局から少し離れた位置にある道場。
外観は簡素な平たい小屋だった。南部は中からは見たことがあるが、外観を見たのはこれが初めてだった。今にも潰れそうな小屋が道場だったのか……。
扉を開けただけで崩れそうな道場に、恐る恐る足を踏み入れる。
すると、その中には――首から「僕は嘘をつきました」とプラカードを下げて正座をする三角がいた。細い手足が丸まりこけしのようだ。
「三角さん。仮にもあなたは『神鎮隊富士山支部』の支部長なんですよ!? 最初からそんな格好で反省するなら、嘘を付かないでくださいよ!!」
「うん、そうだよね……。ごめん」
常に声の大きな三角さんも、流石に反省しているのか。
声を抑えて俯く。
「俺は一刻も早く『東京支部』に戻りたいんです。そのためには、ここで成果を上げなけや行けないんだ。だから、支部長のあなたが邪魔をしないでください!!」
腕を組んで支部長を見下ろす焔の表情は、切羽詰まったかのように笑顔がなかった。張り詰めた態度が、周囲の空気までも変えるほどに……。
昨日の事務棟での空気感を思い出しながら、南部は二人を見守っていると、
「……戻りたいって、ミスをしたのはあなたでしょう? 若羽 焔」
険悪な空間に躊躇うことなく、イネが割って入った。
焔の表情が、より険しくなる。
「紫 それはお前だけには言われたくない言葉だな。お前だって何人の『申』を壊してきたんだ? 俺よりも先に『東京支部』を飛ばされた破壊者にはな」
「……ッ!!」
焔の言葉に、イネの頬が赤くなる。
触れられたくない心に触れられたイネは、焔に近付くと大きく腕を振り上げた。
「南部くん!!」
俯いていた三角が、首から下げたプラカードを使って、イネの張り手を受ける。「パァン」と、プラスチックが場に不釣り合いな小気味の良い音を響かせた。
「よく来たねぇ」
三角は、笑顔を浮かべながら、張り手を受けたプラカードを引き千切って焔に投げた。
表に書かれていたのは、「僕は嘘をつきました」の文字。だが、裏には何か掛れていたようで、焔はその文字を読む。
そこには、「人の話を聞かない君が悪い」と書かれていた。
「な、三角さん!!」
三角は全く反省をしていなかった。
この状況すらも楽しんでいたのかと焔の怒りは勢いを増すが――、
「ちょっと、黙ってて」
三角が手を向けると、燃え上っていた焔の怒りは一瞬で鎮火した。自らの口を塞いでしゃがむ焔の姿は、道場の奥に鎮座する石像によく似ていた。
石像のように固まる焔を南部は気にするが、イネも三角も視界に入らないと言わんばかりに、普通に話を始める。
「良く着たね、南部くん。ひょっとして、僕の祝勝会が楽しみで今日も来てくれたのかい?」
「あ、いえ……。そういう訳では……。その焔さんが俺を呼んでるって――」
動かぬ焔に視線を向ける。
やはり、固まったままだ。
「なんだ……。あ、でも、そうだ!」
詰まらなそうに口を尖らせた次の瞬間には、楽しそうな笑みを浮かべる三角。ポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出すと、誰かに連絡を取り始めた。