王子様、その婚約破棄はちょっとできかねますよ?
12歳の少年王子エリックが、父王の前に立つ。がっしりとした文武両道の王に相応しい大きな机には、美しい少女たちの肖像画が数枚並んでいる。絵姿の下には簡単な説明もついていた。
「エリックよ、どの姫がよいかの?」
「はい、このアメジスティーナ姫がよいです!」
エリックは迷わず、波打つ銀髪が美しい夜明けの紫をした瞳の姫を指差す。
「なぜかな?」
「槍を嗜む勇ましさ、琴を鳴らす豊かな心、諸国の歴史を知る聡明さ、そして何より流れる月影のごとき銀髪に夜明けの空を映す紫の瞳が美しいからです」
「なにより?」
父王は心配そうに眉を寄せる。
「はい、父上。まず見た目、強さ、合う趣味、賢さも、です!」
12歳がボーイソプラノを張り上げて歌う。
「な、なにかな?エリックよ?それは?」
父王はたいへんに戸惑って、父に似てサラサラの金髪も眩い息子に尋ねる。
「良き国母の条件です!」
「良き国母の?」
「はい!父上!歴史の先生から教わりました!」
「カールか」
歴史教師のカールは、ちょっとした変人である。確かに知識量は恐ろしいほどなのだ。国中の書庫や資料館の所蔵品を全て詳しく記憶している。きちんと撫で付けた黒髪と灰色の目は、象牙の塔の住人然として近寄り難い。しかし、彼は美人が好きだ。遊び人ではないのだが、古今の美女を語り出したら止まらない。
「はい!カール先生です!」
「む」
「ぼく、ちゃんと出来たでしょう?」
まだまだ無邪気な12歳少年は、晴れの日の青空を思わせる瞳を得意そうに輝かせる。父王は苦笑いで息子に語りかけた。
「エリックよ、母をよく見て考えるが良い」
「でも僕、赤毛より銀の巻毛が素敵だと思うんです」
「いや、そのことではないぞよ?エリックよ」
父は息子を穏やかに諭す。
「母は優しかろ?賢かろ?」
「優しさは会わねばわかりません」
「そうではあるが」
「アメジスティーナ姫は歴史が得意と書かれております」
「誠の賢さは知識だけのことではないぞ」
「それも、会わねばわかりません」
「そうではあるが」
12歳は食い下がる。屁理屈盛りの少年王子に、父王は閉口してしまう。
「では、父上、ほかには何を見れば良いですか?」
「いま少し母を思い出してみよ」
「はい」
エリックは母を思い描く。燃える赤毛の情熱的な母である。しかし苛烈なところはなくて、朗らかな笑顔が温かな人。エリックともよく遊んでくれる。
「人柄は過ごしてみねばわかりません」
エリックは口をへの字にして絵姿を見返す。
すると父王は朗々と語り始めた。
「海の果てなる南の国は、わが祖国との交わりを得た。目に珍しき織物は、わが国の染色技術と縁を結び、いまや世界を制したのである」
(母上の祖国との交流から語り始めた)
誕生どころか、国交の歴史から紐解くものだから、聞かされるほうはたまったものではない。ただ、父王としては、その人の国との関わりも考慮して選べと教えたかっただけなのだが。
30分ほどの国交の歴史が終わり、誕生から家庭環境までをまた30分ほど語る。朗々と語る。やがて興が乗って節もつく。歌になる。
「控えめながらも賢く答え、気軽に入れる話題も豊富」
1時間後にようやく人柄の話になった。その後はひたすら称賛だ。
「朝焼け色の渦巻く髪に、瞳は静かな海の緑色。深く豊かなその声は、知恵ある歌を紡ぎ出す。艶ある笛を構えれば、しなやかに踊る指先で、猛る獅子さえ微睡むだろう」
父王による母なる妃を讃える歌は延々と続く。もはや何を言おうとして始めたのかわからない。12歳のエリック王子は、父王が母妃を大好きなことだけはよくわかった。
(つまり、大好きな人を選べばよいのだな)
王子は妃選びとしてはいささか怪しげな基準を会得して、再びアメジスティーナ姫の絵姿を手に取った。
「やはりこの方に決めました」
「ううむ、まあ今はそれでも良かろうぞ」
(今は?妃は変わる時もあるのだな。カール先生の授業でも習った)
父は単に、選ぶ基準について口にしたのである。
(まだ12だからな)
諦め顔の王様は、エリックのサラサラ頭を撫でる。同じ空色の眼を見交わすと、サイドテーブルにある陶器の箱へと手を伸ばす。蓋のつまみは人魚の姿に形作られていた。赤く塗られた四角い陶器の蓋を持ち上げ、中から小さな飴を出す。
「それ、ご褒美じゃ」
「ありがとうございます」
花を漉き込んだ薄紙に包んだカラフルな飴玉が、エリックの手に置かれる。目にも楽しいその飴を幾つか受け取ると、エリックは丁寧に頭を下げた。
「アメジスティーナ姫のお国から到来した飴ですね?」
王子の言葉に王は目を見張る。
「ほほ、よく励んでおるな?よしよし」
「はい!ありがとうございます」
「ではまた、次の月にな」
「はい」
エリック王子は年頃になり、背も伸び声も低くなる。よく学び、武術も嗜み、日々楽しく過ごしている。父に似て体格も良く、金髪青眼の爽やかな王子様は皆の人気者である。
17になる年、宮殿でガーデンパーティーが開かれた。美しい噴水、花盛りの薔薇。テーブルに飾られた色とりどりのリボンが風に揺れている。小鳥は歌い楽師は穏やかな曲を流す。
国王夫妻は挨拶だけして引っ込んだ。今日は若者たちのためのパーティーだ。青年の喜ぶ分厚い肉や、乙女に嬉しい果物のパイ。一口サイズの可愛らしい野菜には、飾り切りが施されている。
「まあ、これは妖精かしら?」
「みて、モーブさん、この人参は火の竜よ」
「ほんとね、エメラルディーナさん、素敵ね」
「ええ」
ひそひそ笑いあう乙女たちは、可愛らしい野菜の生き物たちをあれこれ眺めて楽しんでいる。
「その幻想野菜は可愛いでしょう?」
気さくに話しかけてきたのは、エリック王子その人である。今日のホスト役は国王夫妻の長男であるエリックが務める。青年達への声かけを終えて、乙女達の顔も見て回るのだ。
「まあエリック殿下」
「本日は素敵な会をありがとうございます」
「うん、楽しんで」
「はい」
金髪王子は、にっこり笑う。それから乙女に背を向けて、今度は噴水のほうへゆく。肩口で切り揃えたサラサラの直毛が午後の風に靡いている。
「素敵ね」
「ええ、素敵」
乙女たちは頬を染めて見送ると、また軽食のテーブルに集中した。今度は紫や緑の珍しいジュースに釘付けである。
「アメジスティーナ姫?」
エリックは、噴水の向こう側、カモミールのベンチで休む銀髪を見つけた。12の歳で決めた婚約者の絵姿そのままだ。
「え、人違いですわ、殿下」
慌てて立ち上がる銀髪巻毛の乙女は、紫眼に恐怖さえ浮かべている。エリックの背後から栗毛の青年が駆けつけた。少し野暮だが、王宮庭園に相応しく整えた青い上着の裾が翻る。
「で、殿下」
「ん?トマスか」
「私の婚約者デリダにございます」
「おや、美しい娘ごだね」
「光栄に存じます」
トマスとデリダは不安そうに身を寄せ合う。髪飾りと襟の花がお揃いだ。
「なに、人違いだ、失礼したね」
エリック王子は気まずそうに片手を振ると、薔薇の迷路に入って行った。
華やかに薫る白薔薇のアーチを潜ると、足元を黒猫が駆け抜けた。なんの気無しに目で追えば、小さな繻子の爪先がある。銀の刺繍は雛菊の模様。爪先は、若草色の薄絹に覆われた薄紅色のドレスから品よく覗いていた。
スカートに沿って目線を上げれば、やや骨太のウエストにたどり着く。ウエストには、靴と同じ銀の雛菊を散らした黒いタフタのリボンが垂れる。
ほどよく丸みを帯びたフリルの胸元には、開いた袖が可憐に揺れる。しかしその軽やかな袖口からは、日焼けした手首が凛々しく伸びていた。
さらに視線を上げた先には、キラキラの色砂糖をまぶした菓子がみえた。子供の拳程ある丸い焼き菓子だ。そして、美麗な丸い菓子を指で摘んで大口を開ける乙女の顔。
白粉で誤魔化してはいるが、かなり日に焼けている。健康な歯がキラリと光る。髪もやや日焼けして、色褪せたようなアッシュブロンドに眩く白い雛菊の造花を載せている。
乙女は息を飲んで手を止めた。口は開けたままである。生き生きとした琥珀の瞳がまんまるに見開かれて、エリック王子の空色を凝視する。
「し、失礼、お邪魔するつもりはなかったのです」
「で、でで、殿下っ!」
急いで体裁をつくろうと、日焼け乙女は膝を折る。きっちりまとめた異国風の髪型が、きりりとした顔立ちによく似合う。それだけに、先程の間抜けな大口が強烈な印象を残す。
「デイジー・ハボックにございます」
「エリックです!」
「はっ、存じ上げておりまする!」
やや度を失ったエリックの声は裏返る。その声に驚く乙女も落ち着かない。デイジーがバネ仕掛けのように身を起こし、今度は騎士団風に挨拶をした。しかし逞しい人差し指と親指で、美しい菓子を挟んだままだ。エリックの視線は菓子に落ちる。
「それ、美味しいの?」
「え、は、はい!」
「初めて見るな。会場にあったかな」
「開発中の新製品であります!」
「ほう?」
「美味であります!」
「なるほど?」
「殿下もおひとつ!」
デイジー・ハボック嬢はスカートの襞から小箱を取り出す。乙女の掌を広げて二つ分程度の平たい箱である。黒い絹張りの蓋が音もなく上がると、お行儀良く並んだ幾つもの丸を飾る半透明な砂糖の粒が宝石のように輝いた。
「きみ、魔法使いなの?」
蓋は鮮やかな魔法で開いたのだ。エリックの青目が嬉しそうに光る。
「はい!」
「そしたら、あれ、できるかな?」
「なんでしょう?」
「妖精楽団」
「はい!ご覧にいれましょうか」
「うん、頼む、あ、このお菓子貰うね」
エリックは丸いお菓子をつまみながら、デイジー嬢の魔法を楽しむ。
蝶の羽や蜻蛉の羽を背中につけた小さな人の幻影が、本物さながらに演奏をする。細い蔦の絡む竪琴は煌びやかな音を出す。寄り添う横笛は花の茎。黄色い花の喇叭も追いついた。くるみの殻を伏せた太鼓が跳ねる。表情も豊かな妖精たちから踊りの曲が走り出す。
エリックは菓子を食べてしまうと、流れるように指先を拭う。それから腰をかがめると、優雅に片手を差し出した。
「お嬢さん、お手をどうぞ」
「まあ、喜んで、王子様」
2人は踵を打ち鳴らし、妖精の庭でダンスを踊る。豪奢な宮廷舞踏会では見られない、魔法の国の速い踊りだ。幻の花は香りも高く、妖精たちは光の軌跡を残して飛び巡る。
戯れ遊ぶ妖精の舞曲に、黄金色と灰味金とがくるくる回る。明るい午後の陽射しを浴びて、命に輝く瞳が出会う。軽やかに身を翻し、ついには低く密かな笑い声すら立てていた。
ガーデンパーティーで知り合ったのは、隣国のデイジー姫。ハボックは隣国王室の名字であったのだ。あまりに意外な出会いに最初は気づかなかったエリックだが、話すうちにわかったのである。
デイジー姫はしばらく滞在していたので、エリックは暇を見つけては城下町や港の案内をした。
「デイジー姫、いま」
「まあ、気づかれてしまいましたか」
停泊中の船は、船底にかすかな亀裂が入っていた。船乗りも見つけられなかった小さな傷を、デイジー姫は身に纏う魔法で感知したのだ。特に声を出すこともなく、離れた場所から魔法で直した。エリックも多少は魔法の心得がある。隣を歩く人が魔法を使う気配には気がついたのであった。
「内緒ですよ?」
「言わないさ」
2人は悪戯そうに微笑み交わす。
港の空にはのんびりと白い雲が浮かんでいた。カモメも大きく羽を広げて空を泳ぐ。デッキボーイがブラシを担いで走ってゆく。荷運び人夫が威勢良く呼び交わす。遠国へと旅立つ留学生たちが、学問仲間や家族と別れを惜しんでいる。
2人の肩はいつしか近づき、仲睦まじい背中が人混みに紛れてゆく。
また別の日。エリック王子はお忍び姿で中流エリアの案内をする。デイジーも中流貴族の服装だ。エリックが視察で購入した民俗資料を、貸し出したのである。
「サイズは魔法でなんとでもなりますのよ」
「服を魔法で変えられないの?」
「それはまだ練習中です」
七色の煙がデイジー姫を包む。煙が晴れると、赤や緑の縁模様が刺繍された真っ白なエプロン姿の三つ編み娘が現れた。膝丈の黒いスカートから茶色の編み上げブーツが伸びている。下町の元気なお嬢さんだ。
「可愛い」
思わず口に出すエリック王子に、デイジーは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。でもすぐ戻ってしまいますの」
デイジーは太めの眉を下げた途端に、緑の煙に包まれた。煙はすぐに消え、宝石を散りばめたドレス姿の姫君に戻る。
さて、デイジー姫は民俗資料の軽いお散歩ドレス姿で街に出た。連れ立つエリック王子も、動きやすい短めの上着を羽織る。2人は、紋章のないお忍び用馬車からきびきびと降りる。あまり貴族的な動きではないが、これでも一国の姫君と王子だ。
それから2人は腕を組み、賑やかな表通りをそぞろ歩く。優しい風がデイジーのアッシュブロンドを梳いてゆく。今日は耳の上で軽く止めただけで、癖のない髪を下ろしている。空色と琥珀の瞳を時々合わせながら、王子殿下と姫君は通りを下る。
2人は、近頃話題の品々が飾られたショーウィンドウを覗いて歩く。昆虫のレリーフが浮き出たガラスのランプ、繊細な金属細工の眼鏡フレーム、奇跡のように細かな編み目のレース。
「私たちの瞳みたいだよ」
宝石店の窓辺で、エリック王子は髪飾りをみつけた。琥珀と薄色のサファイアが飾られた普段使いの貴族向けアクセサリーだ。
「買ってあげたいな」
「お気持ちだけ」
横を駆け抜けた子供が躓く。デイジーは子供が道に転がる前にさっと支えて起こしてやった。
「ありがとう!」
「いいえ!」
子供は元気に走り去る。
「ふふ」
「ほほ」
軽く笑い合うと、再び通りを流してゆく。レースや花柄のパラソルの陰で、同じ年頃のお嬢さん方がエリックを盗み見ては囁き合う。
「まあ、素敵」
「あの金髪、ご覧になって?」
「空色の瞳が爽やかね」
「逞しいお姿よ」
「すらりとした脚ですわ」
エリックは王子様なので、人々の視線には慣れている。隣に寄り添うデイジーは、若者たちの目を惹いた。
「エキゾチックな肌だな」
「日焼けてるけど艶のある髪だね」
「おい、眼は琥珀だ」
「スタイルいいぞ」
「かっこいいなあ」
デイジーもお姫様なので、特に気にせず知らない街での散歩を満喫する。
エリックはデイジーに、流行りのカフェで最新のお菓子などもご馳走した。
この日入ったのは、下町のカフェだ。商人階級に大人気のお手軽な店である。味も庶民向けにやや粗く濃い。
2人の前に楕円のトレーが運ばれてきた。曇りなく磨かれた銀の菓子盆である。そこには、デイジーの国が開発した菓子用の粉を使った、新しい菓子が盛られている。盛られた菓子は少し歪んで銀の菓子盆に像を結ぶ。
積まれた菓子は一口サイズだ。三角形のしっとりとした焼き菓子に、細かく刻んだ砂糖漬けの果物がまぶしてある。飲み物は真っ赤なハーブティー。すこし酸味が強いのが、甘いお菓子に良くあっていた。
「あら可愛らしい、美味しいわ」
「デイジーさん、気にいると思ったよ」
青いティーカップの肌に赤いハーブティーが映って波打つ。すっきりと酸味を含む香りが鼻をくすぐる。デイジーの顔が自然と綻ぶ。それを見たエリックは、少し切ない不思議な気持ちを感じていた。
若い2人が恋仲になるのにそう時間はかからない。ある日のこと、2人が出会った王宮の薔薇園で、エリックはそっとデイジーの手を取った。びくりと肩を跳ねさせた隣国の姫君は、恥ずかしそうに琥珀色の眼を伏せる。
デイジーたち友好使節団の滞在期間は、3ヶ月ほどであった。恋する2人の時間はあっという間に過ぎてゆく。
気持ちを通わせた後、幸せそうな2人の姿は王宮や街のあちこちで見かけられていた。小さなブーケを贈られてはにかむデイジー、嬉しそうに菓子の籠を受け取るエリック。あの中流貴族向けの髪飾りをつけて、公園のボートに乗る姿も。
別れの日、エリック王子はお供を連れて国境までデイジー姫を見送った。一旦馬車から降りた姫君を、エリックも馬から降りて抱きしめる。
「手紙を書くよ」
「あたくしも」
しばし交わる熱い瞳は、2人の唇を引き寄せた。初めて触れ合う微かな温もりに、2人の鼓動が溶け合う。永遠とも思えるふわふわした時間の中で、姫と王子の心は漂う。
しばらくして身を離したデイジーが馬車に戻るのを手伝うときも、エリックは名残惜しそうに手を離さない。
「また来てよ」
「はい、参ります」
馬車の窓から身を乗り出して、デイジー姫はいつまでも手を振っていた。
それから一年。王子は父の前に立つ。大柄な王の立派な机は、年を経て重厚な艶を得ていた。
「父上、アメジスティーナ姫との婚約を破棄したいのです」
エリック王子は真剣だ。
王は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「息子よ破棄はできぬぞよ」
エリック王子は形の良い唇を引き結ぶ。眦を決して一歩前へ。死地へと赴く兵士の面持ち。
「父上、アメジスティーナ姫とは、一度たりとも見えることなく、文の遣り取りとてまるでないではありませんか」
子供の頃にエリックが手紙を書いても、
「よく書けていた」
と父王が手ずから返してきた。添削されることはあっても送られることがない手紙は、エリック少年の文箱に溜まるばかり。一方、アメジスティーナ姫からの便りはまるでなかった。
絵姿に添えられていた誕生日には、自ら選んだ贈り物さえ贈ろうとした。それもやっぱり、褒め言葉とともに国王から直々に返されたのだ。そのうちエリックも手紙を書くのは諦めた。
「いや、それは」
追及されて父王は口籠る。
「何故ですか」
衝撃は王様の顔から消えなかった。
「そりゃ、おまえ」
息子の鋭い視線にたじろぐ王を見て、エリックはなお一歩前に出る。
「いまのお姿さえ知りません!」
王は苦笑いして、頬を掻く。
「こちらからの便りも贈り物も届けることが許されず、あちらからの便りもない」
もう一歩。エリックは机に阻まれたので、今度は一歩ずつ大机を回ってゆく。
「あまりにも無礼な態度ではございませんか?」
王は息子をじっと見ている。
「今一度申し上げます」
「ううむ」
王が顔を顰めて唸る。
「アメジスティーナ姫との婚約を破棄させてください!」
とうとう鼻がくっつくほどの距離まで迫った息子を、王は軽く押し戻す。
「エリックよ」
「はい」
「あの絵姿は練習用のカードなのだ」
半年後、婚姻準備でデイジー姫がエリック王子のもとにやってきた。
「おかしいとは思いませんでしたの?」
「いや、面目ない」
実はアメジスティーナ姫という婚約者がいるのだと、それでも妃に迎えたいのだと、悲痛な胸の内を語るエリックの手紙に、ハボック王家は困惑したという。
デイジーの父がちょうど問い合わせを送ろうと準備していた所に、エリックから続報が来た。婚約は勘違いだったと。そして、正式な婚姻申し込みも来た。
「それにしたって!200年前の姫君よ?」
「いやだって、あまりに美しかったから」
「日焼けもしておりませんしね?」
「あはは、拗ねちゃって。デイジーは可愛いな」
こうしてエリック王子は、幼い頃に選んだ月の夢から覚めて、明るく輝く太陽の姫を無事妃に迎えましたとさ。めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございます。