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秩序あるヤンデレ

王子は今日も元気に発言がアレ。




 第二王子であるフレドリックの婚約者、オリアーナ伯爵令嬢の誕生日を誰よりも楽しみにしていたのは本人、ではなくフレドリックである。一ヶ月も前から共に過ごせる日だと喜び、一週間前にはあまりにも浮き立つので護衛であるグレンが何度も注意をし、そしてついに明日にせまった本日。

 オリアーナを前に、フレドリックは今にも死にそうな顔をして項垂れていた。




 なんと言葉をかければいいのか、とオリアーナが救いを求める様にグレンと侍女のジュリアをチラリと見る。はあ、と騎士と侍女、二人同時に溜め息を吐いた。


「いったいどうなさったんですかフレドリック様」


 聞かずとも分かるけど、という顔でジュリアが声を掛ける。フレドリックは両手で顔を覆い、ポツリと呟いた。


「オリアーナの誕生日が来てしまう……」

「昨日まではあんなにはしゃいでいたじゃないですか」


 面倒くさい、というのを全力で声音に乗せてグレンがジュリアに続く。その冷たいというか、呆れきった声にフレドリックはキッとグレンを睨み付ける。


「お前にはわからないのか!?」


 頭のネジが少しばかり緩んだ、もしくは生真面目すぎて恋心を拗らせた結果、思考がかなりアレになってしまった第二王子の考えなどまあ分かりたくもない。しかし流石にそこまで言うには憚られ、グレンは沈黙でそれを流す。


「オリアーナの誕生日が来るということは、共に過ごせる日がこれでまた一年減ったということなんだぞ!!」


 同じ時間を過ごせた、という加算ではなく、これでまた減ってしまうというまさかの減算である。これにはオリアーナもグレンも「えええええ」と困惑を隠せない。ただ一人、ジュリアだけは「言うと思った」と遠い目をしている。


 二ヶ月前の自分の誕生日で、まさに同じ展開にぶち当たってしまったのだ。自分の、婚約者のせいで。


 ジュリアはオリアーナ専属の侍女だ。彼女がこの任に就いたのは、当然ながらに彼女自身の能力が高いからであるが、それともう一つ理由がある。ジュリアの婚約者であるルイスが、フレドリック以上の、もとい、真性の危険人物であるからだ。


 真に危ない男を上手くあしらい、手懐け、従えているという事で、どうかその経験をもってオリアーナをフレドリックのアレな思考から守ってほしい。あとフレドリックをどうにか矯正してもらえないだろうか、という王家たっての願いでこの場にいる。喜んでいいのやら悲しんでいいのやら、いまだにジュリアの心境は複雑だ。

 そんな彼女が誕生日を迎えるにあたって、今と同じ流れを経験している。とんだ追体験だ。

 どうしてこのテの人間は同じ思考をするのだろうかと、ジュリアはこめかみの痛みに眉を顰める。その表情でグレンも察した。彼女がすでに経験済みなのだということを。


 グレンもルイスの事は知っている。そういった意味でアレであるというのも。なんなら目の前で見てしまった。

 ある日、先を歩くジュリアに気付かれないようにそっと後ろを付け、それでいて楽しそうに軽く手を前方で横にゆらしているルイスがいた。どうして声を掛けないのだろうか、とか、いったい何をしているのだろうかと、つい興味本位で尋ねてしまったのが間違いだった。

 グレンに見つかったのが恥ずかしいのか、少しばかり照れた様にしつつルイスが口にしたのは


「ジュリアに首輪をつけて散歩してるつもりだったんですよ」


 と言う、なんとも理解しがたい言葉だった。


 いや、言葉としては理解はできる。だが共感ができない。全くできない。できたらむしろ終わりだとすら思う。


 もちろん実際にはつけませんよ、あくまで妄想です、と笑うルイスは本当に愛おしそうにジュリアの背中を見つめており、彼の深い愛情を感じることができた。が、しかし。


 あ、なるほどこれがホンモノ、とグレンはどうにか「まあ、ほどほどに」とだけ返し、それ以降ひっそりと部下にジュリアとルイスの様子を見守らせた。ジュリア本人にも


「なにかあったら……いいや、なくてもだ、貴女が少しでも不安に思うことがあったら遠慮なく相談してくれ」


 そう切々と訴えた。


「……それはつまり、グレン様に心配をかけるようなことをあの馬鹿が口にしたわけですね?」


 お互い詳細には触れず、その共通認識だけで充分だった。

 そんなことをツラツラと思い返しつつ、そうかアレと同じ事を口にしているのかあの人は、とフレドリックのそちらへの方向の進み具合にグレンは胃が痛くなる。


「オリアーナ様はたいそう健康体であると医師からのお墨付きもいただいているじゃないですか。なにを勝手にオリアーナ様の寿命を縮めてらっしゃるんです」

「縮めてはいない!」

「同じことです」

「まあまあ……あの、フレドリック様? 絶対に、とは言えませんけれど、それでも多分、私のコップの水はまだまだ満杯ですから、あまりそんなに心配なさらないで?」

「わかっている……すまないオリアーナ、君のこととなるとつい冷静さを欠いてしまって」

「私もフレドリック様も今から健康に気をつけて、一日でも長く一緒に過ごせるように頑張りましょう! 悲しくなるのは後回しです」

「君のその前向きな考えが本当に大好きだよオリアーナ!」


 途端に顔を輝かせるフレドリックに、今回もまたオリアーナの明るさというか前向きというか細かいことは気にしない性格に救われた、とグレンとジュリアは心の中で盛大な拍手を送った。




※※※※※※※※




「フレドリック様が着実にあなたのアレな所と同じ道を歩んでおられるんだけれど」

「それおれのせいじゃなくない? 王子の持って生まれた」


 ジュリアに本気で睨み付けられルイスは利口に口を閉じる。


「あなたなにか撒き散らしてるんじゃないの?」

「わりとおれを病原菌扱い?」

「かなりの確率でそういう扱いよ」

「おれ君の婚約者だけど!」


 舌打ちは淑女らしからぬので控えはするが、それでもジュリアがルイスを見る目も、醸し出す空気もなにもかもが到底婚約者へ向ける物ではない。


「その目付きさぁ、おれだからいいけど他のやつだと傷付くからやめたげなね?」

「あなた以外にこんな目付きをすることはない、わ、よ……」


 なにやら含みのある言い方にジュリアは怪訝な顔をする。それにルイスはニコリと笑顔を浮かべた。


「おれにとっては睨み付けられようが呆れられようが、ジュリアの意識がこっちに向いてるってだけでご褒美だから……ってその目はね、うん、侮蔑の目は別だから。それほんとに傷付くやつだからやめてください」

「引くわ」

「ごめん」


 でもまあ、とルイスは話を反らすのも兼ねて会話を続ける。


「正直なところ、フレドリック様はそんなに心配するほどでもないと思うけどな。あの人ほんとうにただただ真面目で、でもって今まで自分に対する欲がなかったのが今回オリアーナ様に向いちゃったもんだから、それで自分でも振り回されてるだけだろうし。その内落ち着くと思うよ」

「……待って、フレドリック様「は」ってなに……?」

「おれとしてはグレン様の方がどうかなー、って気がするけど」


 ひ、とジュリアの顔から一気に血の気が失せる。今のところ唯一といっていいジュリアの味方なのだ。このテの人種を相手にする時の。そんな貴重な相棒がまさかの。


「あの人も生真面目すぎるだろー? そもそも騎士なんて堅苦しい仕事をずっとやれてるってのがもうね、おれからしたら信じられない」

「私からすればあなたの存在自体が信じられないけど」

「ショック受けてたわりにおれへの罵倒だけ淀みないのなんなの? 愛?」

「世迷い言を」

「即答……! まあいいけど。グレン様の奥さんって八つ下なんだっけ? ものっすごい可愛がってるって聞くけど」

「……そうね……」


 以前から言葉や態度の端々で大事にしているのだな、とは伝わっていたが、最近はなにか吹っ切れたのか隠そうともせずに溺愛している。


「そもそもあれは隠すとか隠さないとかじゃなくて、本人無自覚みたい……」

「夫婦のことだから他人が邪推するのもなんだけど、前にもまして、そして無自覚でってことは、相当拗らせてたのがポーンと吹き飛んだんじゃないのかなー? って思うよね」

「あなたの常識みたいに?」

「だから罵倒がね? ちょいちょい挟まないとだめなの? やっぱり愛?」

「そう、愛よ愛」

「侮蔑の眼差しのまま言われてもちっとも嬉しくないんだけど!」

「喜ばせる気はないもの」

「今日一段と冷たくない!?」

「気のせい……だとよかったのにね」


 ひどい! でも好き!! と拗らせまくってすでに何回転しているか分からないジュリアへの愛情を抱いたルイスは、これ見よがしに机に突っ伏して泣いてみせるが、それが嘘泣きだと全てお見通しであるからして何一つ動揺を与えることはできなかった。





 そんな二人に心配された護衛の騎士であるグレンは、その日遅くに屋敷へ戻った。愛しい妻から出迎えられ、いつもの事であるにも関わらず今日も心の底から感動しつつ、ふと考える。

 自分も妻もいたって健康体で、年だってまだ若い部類だ。妻にいたっては八つも下なのでさらに若い。なので、さすがに誕生日を迎える度にまた一年共に過ごせる期間が減る、とは思わないけれど。


 しかし順当にいけば先に逝くのは自分である。ならばその時残された妻はどうなるのだろうか。


 受け継いだ領地の運営は特に問題ない。騎士としての報酬も充分すぎるものであるし、それも無駄遣いするわけでもなく運用できている。妻への遺産としてはおそらく大丈夫である、はずだが。


「グレン様? どうしたんですか?」


 自分を凝視したまま動かない夫を、不思議そうに見つめる愛しい彼女。残せる物は全て残してやりたいし、それに関する煩わしさも可能な限り排除しておいてやりたい。


「フェリシア」

「はい、なんですか?」


 名を呼べば嬉しそうに微笑んでくれ、それがまたグレンを喜ばせる。


「いや、なんでもない。ちょっと名前を呼んでみたくなっただけだ」


 そう返せば顔を真っ赤にさせて固まる。そんな彼女の頭をポンポンと撫でてやりながら、今し方浮かんだ考えを実行しようとグレンは決めた。




 自分が死んだ後、彼女がすぐに使える様に彼女名義の財産を残しておこうと。




 後日その話を知ったジュリアは「重い」と即座に思ったが、なにしろ夫婦間の事であるからして下手な口出しは無用、と沈黙を貫いた。

 あとはもう、彼がこれ以上拗らせてアチラというかコチラというか、とにもかくにもおかしな方向へ思考が進まないことをひたすら祈るだけである。



 

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