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テッドのお店

 テッドのお店はアミティ地区のはずれにあるパン屋だった。店主のテッドは年は60歳ぐらいか。温厚な人柄でパン職人としての腕もよく、この場所で店を開いてから長い。

 真面目なテッドは、朝の4時過ぎにはお店に出てきてブレックファースト用にいく種類かの、美味しいと評判のパンを焼いている。店も朝早くから開けていて、店内で熱いコーヒーも飲めるので、仕事に行く人たちからも喜ばれている。


 ある年の、感謝祭も近い朝のことだった。いつもの年より早くから寒波が訪れたため、ちらほらと雪も舞う日の早朝、焼き上がったパンをいつものように並べ店のシャッターを開けた。店の明かりが路面を照らし、テッドは外に出て白い息を吐きながら空を見上げた。まだ空は暗く、周りでテッドの店より早く開けている店などもない。

「うー、寒い」

 誰にいうともなしにテッドは独り言を呟き、踵を返して店内へ入った時のことだ。テッドの背中で微かな音がした。

 ——こんな早くから来る人がいるからな。いつもより早くから開けててよかったかもな。

 そんなことを思いながら音のした方を振り向くと、店の一番入り口に近いところに置いたカゴに入れたパンの一個を、子どもが両手で抱き抱えるように持って立っていた。東洋人だろうか、短く刈り込んだ黒い髪と黒い瞳。こんな寒い早朝にもかかわらず、上はタンクトップ1枚を着ただけで下はジーンズ。靴下はなくボロボロの靴を履いていた。そして青白い唇が震えていた。

 おかしなことに、周りに誰もいない。万引きならすぐに駆け出すはずだが、パンを抱いたままテッドと目が合っても逃げようともしなかった。ただ、痩せ細っていて、たぶんお腹が空いているのではないかと思った。

 ——警察を呼ぶまで預かるか。

 そう思ってテッドが子どもを呼び寄せて話を聞こうとしたそのときに、店の奥にあるオーブンから次々に焼き上がりの合図のブザーがなった。すぐに行かないとオーブンの予熱でパンを焼き過ぎてしまう。

 ——仕方ねえ。

 時間をかけて焼き上げたパンだ。失うわけにはいかない。テッドは子供に向かって、

 ——それ、食べていいからな。待ってろ。

 そう言ったつもりで、顎を突き出して微笑んでジェスチャーで子どもに伝え、慌ててオーブンに向かったのだった。


 オーブンからパンを取り出し、ひと仕事終わってテッドが店先に出てきたときにはもう子どもの姿はそこにいなかった。店の外に出て辺りを見回してみたが見当たらず、かわりにいつも1番に店に来るブレンダという婆さんがそこまで来ていた。

「おはよう」

 ブレンダはそういうと、店内のいつもの場所でクロワッサンを二つトレーに乗せてレジに並んだ。

「ブレンダ、小さな東洋人の子どもを見かけなかったかい?」

 テッドが聞くと、

「ああ、さっきパンを抱いて寒そうな格好で走ってったよ。あんな格好でパンを買いに行かすなんて、ひどい親もいるもんだね」

 そう言いながら、いつものように2ドル50セントをレジのトレーに置いた。

「ああ、まったくだ」

 テッドはそれ以上言わず、だが、気になって何度も外を見ていた。


 ⌘


 それから4日ほど経った12月に入る前のことだ。午前10時頃だったか、東洋人の男性が店に入ってきた。小学生ぐらいの同じ東洋人の子どもとブロンドの若い女が一緒だった。

「この子を覚えてますか」

 東洋人の男は、連れている子どもをテッドに見えるように前に出した。東洋人の顔は見分けがつけにくい。だが、ほんの数日前に同じぐらいの年頃の子どものことで気掛かりなことがあったばかりだ。

「顔をよく覚えてるわけじゃないが、何日か前にパンをあげた子に似てるな」

 テッドがいうと、男は頭を一度下げ、

「この子がパンをこの店から黙って持っていったと聞いてきたんだ」

という。

「いや、あのパンは俺がこの子にあげたんだ」

 テッドは片手を横に振りながら否定した。

「いや、この子が盗んでしまったと気にしてる。ここは黙って俺に払わせてくれ」

 そういうと男は上着のポケットから財布を出した。

「いや、あのパンは盗まれたわけじゃないが、そういうならコーヒーとパンを食べていってくれれば、俺はそれで十分だ」

 テッドは男にそう言うと、女の子の頭に手を乗せて、

「この間のパン、美味しかったかい?」

と優しく微笑んだ。女の子は小さく頷く。テッドが最初に彼女を見たとき、短い髪で古いジーンズだったが、今日はスカートだ。

「ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ」

 男がそう言うと、隣にいたブロンドの娘が、

「ケイ、好きなパンを選んで」

と手をつないで女の子に促し、女同士でトレイを手に取って店内を回りながら楽しそうにパン選びを始めた。

 ——そうかい。君はケイって名前なんだな。

「娘さんかい?」

 テッドが男に話しかけた。パンを選んでる2人の様子をうれしそうに見ていた男は、テッドの顔を見ると、何度も頷きながら、

「ああ。今日から俺の娘なんだよ」

と笑った。

 ——そうか。あの子に安心して帰る場所ができたのか。

「そうか。幸せにしてやってくれ」

「頼みが一つあるんだが、来週の土曜日にもう一度この時間に来るから、パンを焼いていてもらえないか。7人でひとり2個、いや3個だ。出来立ての美味しいパンを食べさせてあげたい子どもたちがまだいるんだ」

「わかった。まかせとけ」

 テッドがそう返事をする。男が、

「俺は高梨圭司。圭司と呼んでくれ」

と言いながら差し出した右手を、テッドもしっかりと握った。

「俺はテッドだ。また3人で俺のパンを食べに来てくれ」

「ああ、約束する」

 そこへパン選びの2人がとてもうれしそうに、トレイに山盛りにしたパンを持ってきた。

 外は冷たい風が吹いてもうすぐ12月だが、テッドは今日の店内はひときわ暖かく感じた。

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