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スカウト

「先生! この子、スカイシーに入れてもいいですよね! スカイシーのボーカルでいいですよね!」

 曲が終わるや否や、新井が興奮した表情で西川先生に訴えた。

「新井さん落ち着きなさい。それはまず高橋さんに聞かなきゃいけないことなんじゃない?」

 先生は少し上気した顔をしていたが、冷静さは忘れていないようだ。

「あっ、そうか」

 新井は思い出したように圭の方へ駆け寄り、

「ねえ、スカイシーでボーカルやってくれるよね?」

と言いながら両手で圭の右手を掴んで拝むように持ったが、いきなり話を持ちかけられたからか、圭が戸惑ったように圭太をチラリとみた。

「あの、ところでスカイシーってなに?」

 圭太も気になったので聞くと、

「部活です。うちの学校の軽音には3つのバンドがあって、一番うまい人たちが入るのがスカイシーってバンドなんです。でも、去年ボーカルやってた先輩が卒業しちゃって、まだボーカルが固定できてないんです」

と新井が教えてくれた。だが、ケイは少し訝しげな表情をして今度は先生を見た。すると先生がケイに通訳した途端、ケイがちょっと困った顔をした。そして、

「私、学校が終わったら、えっとバイト、に行く、予定なので」

と発音は綺麗だが引っかかりながら答えた。

「ああ、確か言ってたわね。もう決めたの?」

 思い出したように西川先生がケイに聞くと、彼女は小さく頷いた。

「そんなあ。やっと見つけたのにい」

 新井は口を尖らせている。

「ちょ、ちょっと待って。なんでバイト?」

 圭太が圭に聞くと、どうやら留学費用を少なくできるようにバイトをするのだという。

「エフの特待生なんだけどね。留学は授業料はかからなくても、生活費はかかるから仕方ないわよ。残念だけど」

 先生が新井にいうのを聞いて、圭が確か英語の特待枠での入学とかと先生が言っていたことを圭太は思い出した。

「待って。提案なんだけどさ」

 圭太はもう一度、圭に話しかけた。

「そのバイトに行くのはやめないか。そのかわり、うちの社長が見つけて連れてこいっていうくらいだから、うちの事務所に入れば多少は給料が出せると思うんだよ。それならだめかな」

 ケイが少しキョトンとして圭太を見ていた。その反応に圭太は最初戸惑ったが、すぐに理由に気がついた。

 ——あっ、日本語を理解できてないのか。

 そこでもう一度、今度はできるだけゆっくりと平易な言葉でケイに説明すると、今度は通じたらしい。ケイは一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに笑顔が消え、戸惑うように、

「私、あなたのことを何も知らないし」

という。そして圭太をじっと見ている。圭太は慌てて、

「いや、俺はプロとしてちゃんと活動しているギタリストだし、うちの事務所もちゃんとしたところだからそれは心配しなくていいよ」

とケイに行ったのだが、後ろから、

「ねえ、うちの事務所は怪しいよ、なんていう人いないでしょ。しかも東京でしょ? 勉強にも差し障りがあります。それは私も反対です。何を校内でスカウト活動をしてるんですか。ダメですよ、学校が許可しませんから」

と先生が全否定してきたのだ。

「待ってください、先生。ええっと」

 圭太は私物バッグから1枚のCDを取り出し、ケースを開けて歌詞カードの冊子を引き出して、パラパラとめくった。取り出したのは、売り出し中のフレンズという二人組のアイドルのCDだ。

「これ、ここを見てください。これが自分です」

 そう言って圭太は歌詞カードの開いたページの一箇所を指さした。西川先生が見ると、そこにはギターのところに「早瀬圭太」と書かれていて、

「これ、これが俺です。レコーディングの時だけですけど」

と必死にアピールしたのだが、先生はどうも信じてくれようとはせず、「で、これがあなただという証拠は?」と努めて冷静に返された。

 だが、周りにいた生徒たちは、今ホットなアイドルグループでギターを弾いていた人が目の前にいることに驚いた様子で騒ついていたのだった。

 免許証の名前と写真でそれが圭太であることはようやく理解してもらったのだが、そこからが先生は頑固だった。

「とにかく、大事な留学生に万が一のことがあると、今後の学校運営にも関わります。たとえ高橋さんがいいと言っても、学校としては簡単に許可は出せません。お引き取りください」

という冷たい返事しか貰えずに、圭太はがっくりと肩を落として学校を後にした。

 圭は何も言わずに先生のそばに立っており、彼女が芸能界に興味があるのかどうかさえも意思を確かめられなかったのが心残りだった。

 帰る道すがら、社長に彼女が見つかったことなどを報告だけしておいたが、あからさまに社長はがっかりとしたようだった。


 ⌘


 ——圭太? どうしたの、珍しい。


 横浜まで来たついでということもないが、圭太は保土ヶ谷にいる恵という姉に電話をした。

「いや、ちょっと用があって横浜に来たから、どうしてるかなと思って」

 7歳年上の姉は一度結婚をしたが性格が家庭向きではないらしく、すぐに離婚をして英語の通訳や翻訳などをやりながら、時々思いついた時に教職の免許を生かして臨時採用の職員をやったりして気楽に生きている。


 ——2年ぶりぐらいでしょ、あんたが電話してきたの。元気なの?


「うん。なんとかがんばってるよ。めぐちゃんは? まだ横須賀の学校?」

 年が離れている姉に甘やかされて育てられた圭太は、いまだに子供の頃と同じように彼女を「めぐちゃん」と呼んでいる。


 ——あそこは一昨年まで。今年の3月まで、横浜の学校に産休の臨時で入ってたんだけどねえ。契約が終わったから、また新しいとこを探してるとこ。今はプーってとこね。あんたは? 仕事ちゃんとあるの?


「仕事は大丈夫だから。結構有名どころのバックで弾いてるよ」


 ——あんたさあ、お父さんたちにたまにはちゃんと報告しなよ。連絡ないって心配してたよ。


「わかった、わかった。今度電話しとくよ」


 ——絶対よ。今日は? こっちには寄れないの?


「明日も仕事だし、これから東京に帰るんだ。また横浜には何回かくるから、そのうちに寄るよ」


 ——あら、横浜で仕事なの?


「あー、実は横浜の高校生にすごく歌の才能ある子を見つけてさ。うちの事務所にスカウトしたくて」


 ——横浜の高校? どこ?


「ええっと、聖華学園ってとこ。学校が厳しくてね。なかなか手強いよ」


 ——音楽やる子なら、スカイシーとかの子なの? 西川先生、いた? 


「西川って英語の先生だよね。姉貴、なんで知ってんの」


 ——3月まで臨時教員で入ってたの、そこなのよ。子供たちに西川先生と2人で英語を教えててね。西川先生、軽音の顧問だし。


「……今な、めぐちゃんに後光がさして見えた」


 ——嘘つけ、都合のいい時だけ。ハハハ。で? 西川先生、なんて?


 圭太は藁にもすがる思いでケイとの出会いからこれまでの経緯をすべて恵に話した。


 ——あの学校は結構校則とかも厳しいとこだからね、髪の毛もじゃもじゃの髭面男が突然訪ねていって、女子高生をスカウトに来ましたなんて、めっちゃ怪しいじゃん。そりゃあ、あたしでも通報するわ。


「だろうね。それもわからんでもないけど、あの子は特別な才能を感じるんだ。俺もこの世界で飯を食ってるけど、なんか、まだ出会ったことがない、奇跡の声というか」


 ——次、いつ行くつもり? 一緒に行ってあげるわ。あんたがそこまでいう子なら、私も聴いてみたい。


「本当に?」


 ——あたしは、身内のひいき目で姉バカって言われるかもしれないけどさ、圭太のギターが特別な才能だとずっと思ってたのよ。そのあんたにそれを言わせる子ってすごい興味がある。一緒に行かせて。西川先生にも会いたいし。


「ありがとう。なんかめぐちゃんは希望の光だよ」


 ——でしょ? 圭太は私が育てたんだから、もっともっと感謝しなさい。


「はい、感謝しております。じゃあ、また行くときは電話する」

 そう言って電話を切った。


 その日から2週間ほどは、新人アイドル用の曲の音入れの仕事があり、代官山のスタジオにこもっていて、なかなか横浜に行くことができなかった。やっと休みが取れる水曜日、姉に連絡してその日は横浜にバイクで向かう。横浜駅前で姉を拾い、そのまま聖華学園に走らせた。

 ちょうど授業中だったせいか、学校は静まりかえっていた。姉は慣れた様子で門衛の老人に声をかけると、驚いたように老人も笑っている。

「許可は取ってるからついてきて」

 この間のこともあり、緊張しながら圭太は姉の後ろをついていくと、この間とは違い校舎の中へ姉は入っていくので、遅れないように気をつける。こんな場所で1人にされたら、変質者扱いされそうだ。

 プレートに「職員室」と書かれた場所で立ち止まると、姉がそっと扉を開けて中を覗き、

「こんにちは」

と職員室の中へ声をかけると、職員室の中から声が聞こえ、姉は「来ちゃいましたあ」と大袈裟に手を振りながらズカズカと部屋の中へ入っていく。圭太がどうしたものかと入り口で立ち止まっていると、

「圭太、あんたも来なさい」

と姉に導かれるまま、そろりと室内へ入ったのだった。


 部屋の片隅に応接テーブルが置いてあり、2人はそこへ案内された。しばらくすると、「あの」西川先生がお茶を盆に乗せてきて、こちらに2個、向こうに1個と分けて置く。

「あなた、まだこの部屋にいても、全然違和感ないわねえ」

 西川先生は恵にそう言いながら、圭太の方へ目を向けた。

「あら、あなたこの間の……」

「先日はいきなり失礼しました」

 圭太はとりあえず頭を下げた。

「あなたたち、お知り合いだったの?」

「実はこれ、私の弟なんです。なんかご迷惑を先生におかけしたみたいで」

 そう言って姉も頭を一度下げ、今度は圭太を見ながら、

「だいたいさ、ご挨拶なんだから、あんたヒゲぐらいちゃんと剃ってくるもんよ。みっともない。あー嘆かわしい。」

と睨みつけた。

「えーっ、弟さん? あなたの?」

 西川先生は恵と圭太の顔を交互に見ながら、いたく驚いた様子だ。

「本当に気が利かないギターバカの弟で。お恥ずかしい限りです」

と、恵は本気で照れているみたいだった。

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