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旧友

 ニューヨークが十分夜が明ける時間まで待って、菊池は携帯電話ではなく圭司の自宅に電話をすることになった。圭司は朝はゆっくり眠りたいから、携帯電話はほとんどマナーモードにしてあるらしい。自宅に架ければこの時間は一人でいるはずだ、と圭が言うのに従った形だ。恵がダイヤルして、受話器を菊池が持って待機している。

 ——トゥルルル

 呼び出し音が鳴る間、菊池はなんと言って話を切り出せばいいか考えていた。あれから十五年ぐらいなるか。聞きたいことが山ほどあったはずだ。

 プッと繋がる音。その瞬間に頭が真っ白になる。

「け、圭司。俺だよ、俺」

 とにかく勢い込んで菊池は受話器に向かって喋り出した、が。

 ——ハロー?

 その瞬間、菊池は反射的に電話を切ってしまったのだった。


「社長、どうしたんです? 番号、間違えてます?」

 何かあったのかと驚いて恵が聞いた。

「いや、あのな、英語が出たぞ。女の」

「えっ、意味わかんない——」

「だから、圭司の家に架けたのに、英語を喋る女が出たから思わず切っちゃったよ」と申し訳なさそうにいう。

「つまり、向こうの電話に出たのが圭ちゃんのお父さんじゃなくって、女の人が英語を喋りながら出たってことです?」

 勢いが空回りしたのか、菊池は無言で頷いた。

「まったく——子供ですか? だからって切らなくたっていいじゃないですか。信じられない!」

 恵は呆れ果てていた。そこへ別室で勉強していた圭が顔を覗かせた。

「ねえ圭ちゃん、お父さんの部屋の電話に出る女の人って誰?」

「たぶんステラ以外にいないと思うんだけど」

 恵がそれを聞いて、今度は自分で電話をすると、やはり出たのはステラだった。泊まったのではなく、今日は用があって圭司の部屋へ立ち寄ったらしい。そして最近すっかり仲良くなったステラと恵の二人で散々世間話をしてから、社長に電話を差し出した。

「もう圭司が電話口にいるのか?」と菊池は先に恐る恐る聞いて、そうだと恵が言うとやっと安心して電話を代わり、「圭司、久しぶりだな」と今度は少し落ち着いて尋ねたが、「ハロー!」とステラの声がして固まっていたのが恵は可笑しかった。流石に今度は逃げる訳にはいかず、菊池も中学生並みの英語ではあったがかろうじて挨拶はできたみたいだ。


「生きてたんだな」

 今日初めて圭が圭司の娘であることに気がついたことをまず詫びる。「それはお互い様だ」と、圭司は気にするなと言う。菊池は涙が溢れそうになるのを堪えた。

 ——広大な太平洋を超えて

 ——十五年もの時間を一気に飛び越えて

 そんな短い言葉をひとつ言葉を交わしただけで、菊池と圭司は昔の親友に戻っていた。そして連絡が途絶えていた時間のことをお互いに報告し合う。

「それにしてもよ、お前が娘を送り込んでくるなんてな。まさかスパイじゃねえよな」

 ——お前がやる程度の事務所なんて、スパイするほどの価値もないだろ

 そんな軽口さえも交わせるだけで菊池は嬉しかった。

「いや、もっと早く俺は気がつくべきだったんだ。お前と圭ちゃん、よく見りゃ似てる気がするよ」

 菊池がそういうと、すぐに「似てるわけないだろ」と圭司が否定した。

 ——俺たちは血は繋がってないんだよ。

 圭が施設から引き取った子供であること、戸籍上の今の名前は圭司と同じだが、どうやら高橋が本来の名前だということ、そして母親を探す手掛かりとして高橋の姓を使用させているということを菊池は初めて教えられた。

「わかった。じゃあ、俺もこれから協力するよ」

 事情を理解した菊池は自分も圭の両親を探すことを圭司に約束し、今後はちゃんと連絡を取り合うことを誓い合ったのだった。

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