孫一のアイデンティティクライシス。
書いてる方もちょっとドキドキしました。
定刻通り、飛行機は着いた。
機内持ち込みサイズギリギリのバックパック1つを背負い、案内されるがままに到着ロビーへ進む。
観光シーズンなのか分からないが、親子連れやカップルがやたら目立つ気がした。
凱旋パレードだかなんだか、その前後はいわゆるそれぞれの民族にとって特別なお祭りの日もあるらしく、気忙しいムードがロビーからも漂っていた。
空港の中は、そんな人だかりの中でも冷えてきて、俺は鈴木に持たされた薄手の黒いコートを羽織る。
5月の春先と言えどもこの国は、まだ、冬の終わりを延長してるだけだ。
皆それぞれ故郷に帰って来ているんだろう、ていうか、故郷、という表現あってるんだろうか。
彼らの国は今、あったりなかったりらしいので、帰りつく場所が故郷というならば、それがあるだけましなのだろう。
俺にとっての故郷、ってどこだろな。
ふと、そんなことを思った。
帰りたい場所が故郷なら、それはあの日の白浜が丘幼稚園だし、帰れる場所が故郷というなら、今、それは、あの1年A組の教室なんだろう。
俺は結局、未だにあの幼稚園の砂場の山を見上げたまま、身動き一つ出来ないでいるのかもしれない。
とか言いながら、実はとっくにそこから走り抜けて、あの夕日迫る小学校に背を向けて走り去るサトリンの後ろ姿に届かない手を伸ばしているだけなんだろうか。
どちらにせよ、俺の中の二人は、仄暗い宵闇の俺を見つめているだけだ。
笑顔溢れるその空間の中、不幸と言うシナリオを背負い歩くのが今の俺。
足早に出口へ向かう。
そこは多分に漏れず、家族や友人やその仲間たちが笑顔でこのゲートから出てくる誰かを待っている、その名を呼び合い肩を叩き合う期待に満ちた世界だった。
何度か見たことがある光景。そして俺が苦手な場所。
自然と目を背けてしまっていた。
今そこに居る彼らの幸せは間違いのない事実なんだろう。
だが、俺は、どうしてもそこに、里奈ちゃんとサトリンを重ねてしまう。
アイツらが生きていたら、同じように、笑顔で、誰かにこんな風に迎えられていたんじゃないだろうか、ってな。
深いため息を一つ吐いて、目を上げるとそこには、異国の顔ぶれが並ぶ中、一際眩しい笑顔をこちらに向ける女性が居た。
見るとその手には、白いノートに見開きで「MAGO SAIKA」と書かれてあった。
俺はもう一度その持ち主を見て、ゆっくりと歩み寄る。
「雑賀君、ですよね。キャサリンです。どうぞこちらへ。」
美白金髪美女と目が合う。それはまさに金髪碧眼の美少女、という表現そのものだった。
目は少しグレーがかっていて、そのダークトーンがよりその眼の存在を強く表していた。
はっきりした二重と、その眼のすぐ上に引かれたやや細めの眉毛。
絵に描いたような極東美女とは、こういうことを言うんだろうなぁ。
その眼の色より少し明るいトーンには見えるが、青と紺のその間の、紫を含んだような落ち着いたトーンのニットワンピース。絞ったウェストが、濃いグレーの柔らかそうなコートで強調されていた。
明るいベージュのスウェード調のロングブーツとその境界線にちらっと見える足の細さにも驚いたが、何故そんなタイトなロングブーツでピンヒールなのかが俺には理解できなかった。危ないだろ、ピンヒール。
だがそのピンヒールの分を抜いても背が高い。
俺とそこまで目線が変わる訳でもなく、そこまで首を下に向けなくても、相手の表情を見ることが出来ていた。
予想はしていたが、極東美女、マジで美女。
俺は挨拶も出来ないまま彼女の後ろに着いて歩きだした。
「正直、制服でなければ分かりませんでした。日本人に見えませんね、雑賀君。」
美女がいたずら気に微笑む。
空港の高い天井から降り注ぐライトに照らされたキャサリン氏は振り返る。
天使?
「最近良く言われます。雑賀孫一です。お世話になります。」
待て、俺。
キャラクター崩壊してないか?
今そこは、決める所じゃなかったか?
久しぶりの海外で出会った美女に、俺、負けてないか?
「ていうか、キャサリンさん、めちゃめちゃ日本語お上手ですね。」
俺はやっとその疑問を口にした。
天使は顔を赤らめて嬉しそうに、その口角を上げる。
「はい、雑賀君が来ると言うので勉強しました。」
天使かよ。
まぁ、俺が来る来ないにしても勉強はしていたろう。そんな綺麗な発音が簡単に見に着くはずもないだろうしな。
「そうなんですか。」
「はい、我ながら自分を褒めてあげたいです。3ヶ月で覚えました。」
「三か月で!?」
天才だった。
「嘘です。」
冗談だった。
「はは、ですよね。」
俺が力無げに笑うと、キャサリン氏はその足を止めて俺の目を見た。
「やっと笑ってくれましたね、雑賀君。」
そしてその手は俺の顔に伸ばされ、彼女はするっと、俺のサングラスを取り上げた。
「夜にサングラスは、止めておきましょう。これは私が預かっておきます。」
顔に手を伸ばされて無反応な俺もヤバいが、何だこの天使。
いろいろ自然過ぎる。美女を目の前に闇落ちするヒーローの話を聴かないでもないが、彼女の場合は、殺気とかそういう気配を全く感じない。
相手がこうしたら驚くだろうなとか、喜ぶだろうなとか言う様な、邪推って言うのか、何つーのか、その、人がその初動前に発する意思というか、気の動きっていうの?それを感じない。あの鈴木が『非常に優秀』と言っていたが、それは実は、そっちの意味でも手練れのエージェントで、俺がどうこうしようが勝てないレベルで強いのかもしれない。
なるほど、気配を消せるのか!
人は見掛けに寄らない、とは、俺が小さい頃から学んだ格言だ。チラ見えした脚を見る限り、武闘系ではないと判断したが、これは俺の傲りかもしれない。何せ世界は広いのだ。いや、しかし、彼女は『ジンクスのことは知らない』って言う話だったから、俺が前出逢ったような、普通の、いや、まぁ、普通じゃないんだけどSP系とかそっち系の人なのかもしれない。
「…って話を聴いていますか、マゴ。」
「ッハイッ!」
美女を横に考え込んでいた俺だった。
「と言う事で、何時でも私を頼ってください。ところで…」
俺の顔を覗き込みながら歩いていたキャサリン氏のピンヒールが、空港出口のタイルの溝に嵌った。
あー、口には出さなかったが、言わんこっちゃない。
すかさず、姿勢を崩して後ろに倒れ込む彼女の身体に素早く腕を伸ばす。左腕で彼女の上半身を支え、右手は彼女の右腕を掴む。
ていうかこれ、ピンヒールでロングブーツ、ヤバ過ぎるだろ。普通のピンヒールなら引っ掛かったその場で抜けるだろうから、まぁ、捻挫くらいで済むだろうけど、ロングブーツともなれば捻挫ってよりも全身打撲とか筋違いコースじゃね?下手すると脱臼レベルだろ。バランス崩した時点で姿勢制御出来ないと、ヤバイ奴だわ。
と、最初から考えていたので、万が一の時はスピード勝負だと構えていた。
ま、その瞬間はかなり早く訪れた訳なんだが。
「大丈夫ですか?」
何時ものスマイル。良かった俺、取り戻したぜアイデンティティ。
すると天使が顔を赤らめた。白い肌がほんのりと赤く染まる。
「大丈夫です!」
天使はするりと俺の腕を抜け、両手で嵌った右足のピンを溝から抜こうとしていた。
次の展開も軽く予想できたので、彼女の背面に回り跪くと、右手を差し出した。
「あ、ありがとうございます…。」
引き抜いた時の勢いで彼女の身体は軽くゆれ、俺はそれを最小限に抑えるよう手を添える。
無事にブーツは解放され、ケガもなくて何よりと言う感じだ。
俺は立ち上がり、ふと思い出す。
アリゾナ、アメリカ。
うわぁ、そうだわ…エミリーに怒鳴られたことを思い出した。
プロムだろうがなんだろうが、王子様ならエスコートする側だろうと。
女子と隣り合って歩くなら、手なり腕なり出しなさいよと。
あ、でも、今回どうなんだ?俺一応、交換留学生なんだよな?
いくつかどうかはおいといて、天使も年上ってことだったし。
とは言え、また溝に嵌られても危ないし、うん、ここはそうだよな。
「宜しければ、どうぞ、お嬢様。」
お嬢様って言うより天使様なんだが。
俺はいつも通りのペースで腕を差し出した。
すると天使は、迷いなくすっとその手を俺の腕に掛けた。
当時の俺でもそこそこ海外女子と横に並んで腕を組むのは問題なかったが、何この高さピッタリ感。
自然と普通に足は前に進んだ。
「車は駐車場です。屋台、覗いていきますか?」
俺たちは再び空港敷地内のその通路を歩く。
首を少し右に向ければ、最初に見た時と同じ、柔らかな笑顔の天使。
歩くたびにピンヒールが石畳を叩く固い音。
真っ黒な宵闇の中、駐車場の前の広場に広がる屋台。
ていうか、駐車場の前に飲み屋があっていいのかと言う矛盾も若干感じつつ、俺たちはその中を進んで行った。
読者任せで不親切な表現が多いので、本編含め、書き直します。
取り急ぎ、展開をお求めの方はお読みくださいませ。