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雑賀孫一と言う男。<ジンクスレコード:0>番外編  作者: 小犬ハンナ
第一章 渡航初日
3/9

孫一の正義。

筋トレと一言でいってもいろいろありますよね。



―お前は自分の意思でそこに居るのか?教えてくれ…。


「あぁ、俺の意思で俺は行く。」


ツッキーの電話に俺はそう答えた。

あの時、俺は、割と死に場所を探すつもりでいた。

というか、覚悟も何もなく、万が一も何もなく、ただ自然と、そこへ向かおうとしていた。

事前の話の壮大さは全く理解できなかったが、俺にしか出来ないミッションなのだろうだと言うことだけは直感で分かった。

だから、ツッキーの電話は、そういう俺の最後の言葉を聴くために掛かってきたんじゃないか何て思ったら、流石に言葉に詰まった。


「美女に囲まれてモテモテだった自慢話を土産にするから、待っててくれよな!」


ツッキーにはヒーローの俺だけを覚えていて欲しい、と勝手にそう願っていたから。

ウッカリ強がった。

待っててくれ、と言ってしまった。

言った直後に後悔した。約束を破るのはヒーローじゃない、と。

ヒーローのまま死ぬのは俺の行持。早速、弱点を自分で作ってしまった。

まぁ、弱点があることこそヒーローのカッコよさなのかもしれないが、失敗した。


これがホントに最期になるかもしれない元親友相手に、強がった。

とは言え、何度忘れられたとしても、別れの言葉なんか、ツッキーに言える訳がないんだけどな。


「と言う事で、搭乗時間です。では、お気をつけて。」


と、さらっと鈴木が言った。


「一緒に行かない、んですか?」


何故か丁寧語になった。


「はい。雑賀君が途中で逃げるとも思っていません。それに初めての海外と言う訳でもないでしょう?

 現地には非常に優秀なスタッフが待ってます。こちらはこちらで、不穏当な動きがあるので始末してきます。不在中の雑賀君の家族とお友達の安全を守るのは約束ですからね。」


そう言い残すと、相変わらず黒づくめの鈴木は、俺をしっかり搭乗口の入口に並ばせるとさらっと帰って行った。

いや、マジでさらっと言ったよな、始末するって。

(実際ホントに始末しちゃうんだろうと思っていたが、実際ホントに始末できなかったので始末に負えなかったというのがこの後の話ではあるんだがな!)


しかし俺は俺で、あの短い間に、正直、何度かあの人の隙を伺ってみた。

俺自身が、ヒーローが誘拐されたというキャラクター崩壊のリベンジを果たそうとしたんだが、なかった。

相当訓練されてる手練れのエージェントなんだろな、何てその背中を見ながら俺は思っていた訳だわ。

そこは素直に、勝てないことが悔しかった。


飛行機は幸い直行便で、12時間程で現地に到着するらしい。いや、それでも半日もあるのかよ。

そして座席は、俺に不釣り合いなビジネスクラス。曰く、その身長じゃエコノミーは入らないからという事らしい。

実際、脚を伸ばせるかどうかは長時間では死活問題、らしい。

しょっちゅう飛行機を乗り継いでた小中学生に比べ、今じゃ確かに身長も足も伸びたもんだけども、鍛えてたって言うかそれも実戦の一つってことで割とギューギューに押し込められて移動してた記憶しかない。てか、座席があるだけありがたいって感じあるよな。

その時、もしかして鈴木って良い奴かもと初めて思ったものだった。


現地は時差が7時間程先。

実際に俺の人生の時間が巻き戻る訳でも先に進む訳でもないんだが、昔は、このままどうにかして時間を巻き戻せないか考えてた。

あの日をやり直せたら、なんてな。

だが実際、今日のこの日の同じ時間をもう一度味わう事が出来る、というのは俺にとっては何だか感慨深いものがあった。

その巻き戻りのツケは、また飛行機に乗った時に返さなきゃいけないものなんだが。

今回は未来へ行く訳で、ええと、15時半のフライトだから着が夜中の3時、時差引いて現地時間夜8時ってとこか。

気合入れればそのまま時差ぼけナシで行ける良い時間だ。

とりあえず1,2時間ほど昼寝を決め込む事にして長い1日に備えることにした。


しかし何なのこのビジネスクラスって奴。

まず隣に誰も座っていない。というか、そもそも、席がかなり空いてる。ガラガラだ。

昼寝をしようとしたらブランケットは薦められるし、飲み物は薦められるし、起きる時間まで気にしてくれるし、挙句に、機内食は出るはで、サービス良すぎだろ。

大爺に飛ばされたのとは天地の差だ。別の意味で生きてて良かった程の感動がある。


待遇違えど、やることはやらなきゃならない訳で。向き合わなきゃならない訳で。

俺が覚悟を決めようとしていたその時、添乗員に旅のしおりを渡された。鈴木からの預かりもの、と。

俺はお礼を言ってその冊子を受け取る。

旅のしおりとか、存在を見るのも触るのも、マジで小学校以来だ。

大爺に投げ飛ばされたあの頃は、到着するまで何が起きるか分からない状態だった。一度、いや、二度か?途中で降ろされた、いや、落とされたことがあった。

パラシュートを無理やり付けられて。

アレは、今思い出すと恥ずかしい限りだが、最初の一回目は…着替えが必要なところまで追い込まれた。

大爺に殺意が芽生えたのは、あれが初めてじゃなかった気がするんだがなぁ。


まぁ、とにかく、旅のしおり。


表紙を開くと、右下にふざけているのか鈴木のイラストが入っていた。要らないだろ、その情報。

だが、そのイラストに指を置いた瞬間、理解した。

イラストの下、というか、紙の厚みがそこだけ違った。

俺は遠慮なくその鈴木のイラストを破く。

その薄い紙に、1枚。マイクロSDカードが挟まれていた。


俺コレ、嫌いなんだよな。失くしそうだし割れそうだし折りそうだし。

ま、俺の好みは別として、そのマイクロSDを手持ちのスマホに差し込む。あー差し込む時にもマジで折れ曲がりそうでイラっとする、これ。

渋々データフォルダを見ると、MP4、動画ファイルが1つ入っていた。

ハイハイ、再生すりゃいいんだろ、と、俺はそのファイルを再生した。


―はーい、と言う事で、今回のミッションを説明します。


イラストと同じフザケタ鈴木のキャラクターがしゃべり始めた。

自分のスマホじゃなきゃ、投げつけて叩き割ってたと思う。


―旅のしおり、2ページ目をみてくださーい。


明らかに不機嫌な顔の俺は、言われるがままにページをめくった。

この手の動画、オチが最後にあるだけならスキップしてさっさと終わらせたいのが男だ。


―あと途中で早送りしたりスキップしないように、ちゃんと見てくださいね。


あ、はい。


かいつまむと、滞在は5日間。

空港には北欧美女のキャサリン氏が居るので合流すること。偽名なので名前を呼ぶ分には問題ない事。

今回のターゲットの詳細と名前、観光日程、宿泊先、万が一迷子になった時の連絡先と、動画を見てる間に勝手にインストールされたGPSと付属アプリの使い方、最悪の事態が起きた時のセーフハウスの場所とその行き方などなど、隙がない手配が伺える情報量がそこに展開されていた。

あと、ジンクスについて彼女は何も知らされていないこと、空港を出たところに移民組の屋台があるがそこの包み焼きのピザがお勧めなこと、キャサリン女史のプロフィール写真と現在彼氏募集中なこととか、余計な情報もてんこ盛りで、よくもまぁここまでやるよという一面もあった。

それだけ、このミッションは、後戻りが出来ないし、失敗することは許されないのだろうなという思いも、何となく受け取れた。


いや、しかし、北欧は美女が多いと聞いていたが、キャサリン女史、マジ美人だった。

とは言え、最近は写真でも動画でも何かと盛るのが流行りな訳だし、そこまで期待しないまでも、多少なり楽しみにはなっていた。

俺だって男の子だからね☆


そう思い、もう一度動画を再生しようとしたが、消えていた。

マイクロSDの情報は綺麗サッパリ消えていて、代わりに、見慣れないアプリが2つ3つ増えているようだった。

ま、いいけどさ。

と言う事で、情報過多になった俺は、一旦昼寝モードに入った。

ツッキーのそれじゃないけど、余計な情報は寝て整理するに限るよな。


気配を感じたのか、何故か俺は1時間程度で目が覚めた。

膝の上にはさっきのしおり…と見せかけているが、別の冊子が載せられていた訳だ。

油断してた訳じゃないんだけど、何ていうか、上には上が居るってことで、俺もまだまだ修行が足りない。


実際のところ、疎くなった。


高校に上がる直前は割と長く、普通の暮らしをした。

普通、っていうか、まぁ、普通だよな。

朝起きて、テレビを見て、散歩して、筋トレして、飯食って筋トレして、本読んで筋トレして、寝る、みたいな。

振返ると筋トレしかしてねーんじゃねぇかってくらい、普通の日だった。


て言うか、殺気に満ちた日常は、あの時の2,3ヶ月の経験だけだったはずなんだけど、俺にとってはあの時期が、何より色濃く今の俺を作っている気がしてならない。

生殺与奪の権利を人に与えるなってのは、流行り文句だったみたいだけど、マジでそれ。

人を護れないヒーローは要らない。

殺られる前に殺せ(ヤレ)。出なきゃ俺は何の役にも立たない。

誰かを護る前にただのゴミ屑になるだけの厄介者だと、言われ続けた。

死にたきゃ勝手に死ね。それでお前が納得できるならとも言われた。

人の命を天秤に掛けなきゃいけないことを知った。

そしてここまできて毎回思い出す。サトリンの言葉。


ヒーローになりたいなら、正義一辺倒じゃ無理。

人は汚いからこそ人で、真っ白な正論だけでは成り立たない。

自分の正義で助ける奴を選べ。


サトリンの言葉は当時の俺にも今の俺にも難しすぎて分からないんだが、もう一つの言葉だけは何より理解できてるツモリだ。


―お前はどうしようもないあんな奴だって、眼の前に居たらどうせ助けちゃうんだろ?


それが、俺ってこと。

どうせ俺は目の届く範囲にしかこの手を伸ばせない。当たり前のことなんだけど。

その当たり前だけを、俺の正義にしたいって、思っちゃったんだよな。

人は選択を繰り返して強くなる。

服は洗濯を繰り返すと弱くなりますが。

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