孫一のヒーロー観。
雑賀孫一視点での物語。
時間軸は、本編完結直前くらい。
何故自分がヒーローになりたかったのか。
物心着いた頃からそれは俺のぶれないテーマだったのだが、多分、その起源は幼稚園だったんじゃないか?
日曜の朝、誰もいないリビングで見ていたテレビ。
そこに出てくるヒーローが兎に角格好良くて真似した。
ある日、先生に言われた。
「まず身近な人を助けられなきゃ、ヒーローにはなれないのよ。」と。
そこで俺は、自分の描くヒーローを具体的なプランに落とし込んだ。
自分に関わる最低限の人達を笑わせること、幸せに出来ること。
その中で困った人を見かけたら助けられること。
いざという時のために強くあること。
3年後、自分が助けられる人が今の3倍になっていること。
だけど、このプランを立てた直後、俺は、その中の一つと矛盾する自分を知ってしまう。
自分自身を呪うことになる。
いや、正確には、呪われた自分を知ることになった、か。
俺が名前を呼んだ奴は、不幸になった。
それが呪いの全てだ。
こういう、決まり事のことを「ジンクス」と言うらしい。
例えば、風が吹けば桶屋が儲かる、のような…いや、違うな、確か、茶柱が立つと良い事があるとか、夜に爪を切ると親の死に目に会えないとか、そんな迷信。
だがそれは、何かをすると確定的に何かが起きる。
俺が名前を呼ぶと、相手は不幸になる。それが全てだった。
ま、でも、ヒーローはむやみやたらに名乗ったりはしないし、相手の名前を呼ぶ必要もないだろうと最初は軽く構えていた。
実際、俺がこの「ジンクス」を知ったのは、いや、知らされたのは、ある事件の直後。
ヒロインが死んだ後だ。
瓦ヶ浜里奈。
私立白浜が丘幼稚園の女王様、浜の上のカリーナ。
気分屋で激しくて、それでいて、誰が見てもハッとするほど可憐さを備えていた。
と言うか、多分あれが「美人」という表現なんだろうと素直に感じた。
今になって思うと、歳不相応に整った顔と仕草とそのボキャブラリー、それが彼女のアンバランスな現実を表してたんだろう。
何かと俺と争うポジションに立ちたがる彼女とは、自分で言うのもおかしいが、良いライバルであり、どちらが、その世界のトップになるのか競争していたのだ。
世界のトップとか、今思えばおおよそヒーローらしくない、どちらかと言えばヴィランの役回りなのかもしれないが。
兎に角、俺と里奈ちゃんは、どちらが頂点なのかを毎日のように競っていた。
ただ、俺に負けた後の彼女の落ち込みようや、辛そうな涙顔が日に日に焼き付いて、俺は彼女に勝ってはいけないんじゃないかと思い始めた。
だがそんな感じで、俺が勝負ごとで彼女に手を抜くのは、余計に彼女のプライドを傷つけるんじゃないかと考えた。
ギリギリで負ける戦い。わざとらしくなく、それでいて、彼女が笑ってくれるギリギリのラインを、俺は探した。
それで気付いた。
全ての勝ち方、全ての力加減、全てのことを知らなければ適度な手加減なんかできないし、相手の力量を計ることも、自分の力量を計ることも出来ないと。
なので俺は努力した。ギリギリで負ける努力を。
そんな俺の無駄な努力と彼女のアンバランスな現実に気付いてる奴がいた。
ツッキー、津和野太槻。
今は両親が離婚したので母方の坂月を名乗っている、数少ない俺の親友だ。
いや、親友ではあったのだけど、どうなんだろな、この場合。
俺は親友だと信じて疑わなかったけども、実際、ツッキーには忘れられた。2回も。
昨日しゃべったことを忘れたとか、本名を忘れたとか、そんなレベルじゃなく、俺が居たことそのものを忘れられいた。
存在を消されていた。
里奈ちゃんのお葬式の後、俺は実際、まぁ、これでもかなり塞ぎ込んでて、誰とも話したくなかったんだが、流石に俺の秘密を知る数少ない友達のツッキーとは話さなきゃと思い、勇気を出して声を掛けたら、引かれた。物理的に後退りされた。
あの時のショックは、絵に描けない程で、確か俺はしばらく幼稚園に行かなくなったと思う。
小学校に上がる直前には再び友達になってたんだが、その後、また俺は華麗に忘れられる。
人間の記憶ってマジスゲーなーと体感した出来事だったんだが。
そんなことを言ってはいるが、実はツッキーの記憶喪失はこれだけじゃない。忘れられたのは俺だけじゃない訳だ。
本人は丸ごと忘れてしまってるから思い出せもしないんだろうが、付き合いの長い俺にしてみれば、アイツが忘れた記憶は何故か俺も関わってることが多かった分、俺が覚えている。
妙な話だが、ツッキーの欠けた記憶を何故か俺は覚えていて、何というか、それが一つ、坂月太槻という友達から離れられなくなった理由でもある気がしていた。
アイツが思い出せない過去を知ってるってだけで、アイツを助けられることも多かった。
秘密を抱えた記憶喪失の友達がいるとか、兎角ヒーロー冥利にも尽きるというものだろ?
冗談さておき、アイツは忘れてしまってるが、実際、俺を最初に助けてくれたのはツッキーだし、俺しか覚えていないアイツの良いところというか、ただでさえ数少ない自己性質、アイデンティティーとか言うらしいけども、を、本人が忘れてたそれさえ、俺なら大事に出来るんじゃないかと、己惚れているのもその理由かもしれない。
アイツが忘れたことは俺が覚えている。うん、それだけで俺はツッキーの友達である意味があると信じていた。
…とは言え、二度目!
俺を忘れた二度目は、マジで嫌われたかと思った。
小鹿戸悟のことを何故か忘れて、それでも次の日だったか、ツッキーパパが撮ってくれた写真で全部思い出して、意を決して行った学校で、挨拶した俺を見て、ツッキーは引いた。
物理的に。(2回目)
思い切り後退った。(2回目)
あのリアクションには流石の俺も傷付いた、と思う。
とは言え、実際二度目だったので、「あぁ、これまた俺忘れられたわ…」と思い、また一から友達になる作業を始めた。
ただ気持ちが悪かったのは、クマミリも俺に対して無関心というか、不気味に他人行儀で、俺は逆に孤立したような立場になっていた。
クラス全体が悟のことを忘れて、スッキリしてしまったような、何とも後味の悪い世界だった。
小鹿戸悟、サトリンは、俺たちの先生だった。
どうやって言う事を聞かない相手を服従させるか、自分の意見を曲げない対立者をどうしたら仲間に引き込めるか、どうやったら大人の信頼を勝ち得ることが出来るのか。
だいたいの処世術はサトリンから学んだ。
ただその言い方や伝え方を変えるだけで、人を幸せに出来ることもあるのだ、と。
そして上手い嘘とそうでない嘘。吐いていい嘘と、絶対嘘にしてはいけない事実と。
―マゴ、本当にヒーローになりたいなら、正義一辺倒じゃ無理だぞ。
俺がヒーローになりたいという目的を笑わずに、サトリンはいつでも真剣に答えた。
自分が思うことを相手に押し付けるのは正義ではなく悪手であって、この先の未来、ヒーローというのは俺が考えるような真っ白な虚像では成り得なくて、人の汚い部分を知り、それを許した上で「自分の正義」を貫ける存在なんだとかなんとか。
人は綺麗な生き物じゃない。汚いからこそ、どうしようもないからこそ、その英雄的存在のヒーローを求めるのだと。
―お前はどうしようもないあんな奴だって、眼の前に居たらどうせ助けちゃうんだろ?
流行りは、ダークヒーローだ、と熱弁していた。
それは彼が、海外ヒーローに詳しく、その影響を受けていたからと言ってしまえばそれまでの話だが、和製ヒーローしか知らない当時の俺には、その『ダークヒーロー』という言葉はやたら真新しく、ピカピカしてて、そりゃもう眩しく、一瞬で憧れの対象となった。心奪われた。
ただ、俺のキャラクターにはそれは似合わないから、結局は俺らしいオリジナルのヒーローを目指せっていうオチだったんだけどな。
実際、俺なりに目指してみたが、難しかった。
何だよそもそも『暗黒英雄』って。反ヒーローとか闇堕ち主人公とか、人格破綻者で社会が求める問題解決とは真逆の立場とか。
それでも実際「ヒーロー」してるっていうのが、俺の考えの外にあるその言葉にはひどく憧れた。
結局それでも、眼の前の奴らを助けちゃうってのが、やっぱりヒーローなんだろうけど。
ただ俺のヒーロー像は、ぶれなく、「助けられる」ヒーローであることに変わりはなかったのだが。
そしてそんな俺が。
誰かを助けたくて、救いたくて、笑顔を守りたいと思っている自分が持っている、真逆の能力。
名前を呼んだ人が不幸になる、という人を幸せにしたいと願う俺を真っ向から否定するジンクス。
小鹿戸悟の死で、俺は、自分を見失った。
生きる意味を失った。
生き方の師匠でもあり、ヒーローのある意味見本でもあり、親友だった男を、俺が殺したから。
俺の最初のヒロインを失ったのも、俺が殺したから。
「殺す」という言葉は、俺の人生では使われてはいけない言葉のはずだったのに。
生きている事に意味を見出せず、自分の価値を見出せず、ただ生きていた。
生きる屍、と言うらしいけど、まさに俺は小学校のあの事件の後、ゾンビだった。
雑賀家本家の長男という理由だけで、辛うじて息をしていた。
ヒーローに憧れていた自殺志願者となり果てた。
ある日。
そんな俺を見かねた、俺の名付け親であり、雑賀家本家の大爺である雑賀唐十郎が遂に動いた。
俺をとある施設にぶち込んだ。
最初はアメリカ、アリゾナ。
砂漠の近くで子供だけでサバイバルをするというプログラムだ。
実際は、依存症治療に利用される治療共同体だそうだが、そこで俺はゲストとして11歳から18歳の仲間12名程と数人の大人と一か月を過ごした。
パラダイムシフト、と言うそうだが、考え方そのものを変えることを治療の根本としてるその中で、俺は何故か、ほぼ英語が分からないのに、アシスタントとして働かされた。
特別扱いは勿論なし。治療を受けている同年代の奴らと一緒に過ごした。
ほぼ砂漠と隣り合わせの毎日は厳しく、決して快適ではなく、それぞれが協力して工夫しなければその日の飯すら危うい事もあった。
雨が降ったら喜び、獲物が取れたら分け合った。
そういう一ヶ月を過ごす中、ようやく言葉が通じるようになった時、俺は、彼らが何故そうなったのか、辛い事実を知った。
里奈ちゃんとサトリンのことが過った。彼らの家庭事情が重なった。
だが、彼らに必要なものも俺なりに理解できたのだ。
帰国したかと思ったら、次はベトナムの南部だった。
学校に通う事なく、辺境の農家で半年ほど働かされた。
農家と言っても手広く様々なものを作っていて、絵に描いたような静かな世界だったのを覚えている。
南と言っても寒く、割と大変な毎日だった。
時々日本人の家庭教師がやってきて、勉強を教えてくれる以外は、家人とほとんど会話もなく、幼い子供の面倒を見る以外は孤独な世界だった。
半年近くいたはずなのだが、実はベトナム語についてはほとんどしゃべることなく、覚えることなく終わった記憶しかない。
そんな感じで俺は帰国したら辺境の地に飛ばされるという生活を、残りの小学校生活2年間で味わった。
静と動、勉強と労働。
その中で思い出す自分の原則。
自分が手の届く範囲の人間だけでも、笑わせたい。幸せにしたい。
大爺の目論見に綺麗に嵌った俺は、再び、生きる気力を取り戻しつつあった。
そして迎える中学。
大爺が俺の更生をそんな形で感動的に終わらせるはずがない、という予想は的中した。
いや、まさかと思ったが、ガチの養成所送りにされた。
厳密には、自衛隊と言うか、私設軍隊やらSPやらそういうプロを目指す人のための特殊養成所だ。
場所こそ国内だったが、サバイバルだった。自衛隊の人と一緒に富士の樹海で塹壕掘ったり、S&W(スミス&ウェッソン)のM&P9とか実弾も撃った。
そして死に掛けた。
自分の上限を知らなければ加減は出来ない。分かっていたはずなんだがな。
生きるために、他者を生かすために、護るために、人を無力化することを教わった。
人を殺す技を教わった。
―人を護れないヒーローは要らない。お前は、大切な人が今まさに助けを求めている時、眼の前の敵の命を気遣うのか?
実際、躊躇した。俺は、俺のイメージの中で家族を、親友を天秤に掛けた。
俺は里奈ちゃんを助けるために、里奈ちゃんの最大の敵だったその父親を殺せただろうか。
俺はサトリンを助けるために、あの家庭からアイツを引き抜けただろうか。
答えは出なかった。
未成年の子ども扱いをするなと言う事だったが、実際、手加減はされていたと思う。
血反吐を吐く毎日だったが、1、2ヶ月程で引退となった。
大爺曰く、そっちの道に行かせる気はないので、粗方覚えれば終わり、と言う事らしい。
適当過ぎんだろ!
適当過ぎるその采配は中学に通う中も度々発動し、飛ばされた。
よくもまぁ、義務教育卒業できたよなと俺ながらに思う。
しかし実際、大分体力も根性も付いた気がする。
終わりの頃は割と楽な気さえしてたしな。
そして、死にたいと思う自分が贅沢だと言う事を知らず知らず俺は学んでいた。
自分が甘かったことも。誰も守れない男は、ヒーローになっちゃいけない。
だが、俺がヒーローでありたいと強く願う程に、あの二人の影は俺の中の死神を照らした。
高校は、大爺が決めた。
と言うか、推薦が飛び込んで来た結果、大爺に行けと言われた。
直感だか何だか知らないが、校長が元同級生だかなんだかで、断る理由もなく、ある意味先のことを考える暇すらなかった俺は、素直にそれを受け入れた。
私立縁ヶ淵高等学校。
本家から通うのは遠いので、お袋と近くに引っ越した。
と言っても、実質お袋は本家を行ったり来たりするしかなく、ほぼ俺の一人暮らしのような「城」になる予定だったが、ちょくちょく本家やら分家の人間が出入りする、「オフィス雑賀」のようになってしまったのだが。
とりあえずまともな学校に通うのは久しぶりになるからと、美容院へ行った。
高校のヒーロー像に悩んでた俺は、イメージチェンジをしたかった。
サバイバル上がりで完全に伸びてしまった後ろ髪を持て余し、それこそ落ち武者、いや、浪人のそれだった。
最近やたら人に避けられるので、折角だから人気のキャラクターに寄せることを思いついた。
高校はブレザーらしいが、まぁ、モデルが学ランでも雰囲気は同じになるだろう。
俺は手元にあった漫画雑誌を掲げて言った。
「こんな感じで☆」
髪色は一瞬、そのキャラクターと同じく金髪にされかけたが、一応高校生活が始まることを告げて止めてもらった。
校則的にNGだしな。ヒーローが校則を破るってのは、サトリンが教えてくれたダークヒーローのラインではあるんだろうけど、敢えて破る必要もなかったしなぁ。
そういう感じで高校生「らしく」してもらった。
修行らしい修行だけを重ねただけの更生しきれない俺は、1年A組の生徒になった。
そして再会する。
俺を二度忘れた親友と。
続きます。