ルインという少女
「うっ……。ううっ……」
光が小さくなっていくのと同時に意識を取り戻す。
重い身体を起こし周りを見渡すと床には手入れのされていない植物が生い茂り、全長3メートルはあるであろう木がそこら中に生えている。木々の間からは月が見え、今は夜だとわかる。
「ここは、森かな?」
突然会社から突然森に移動させられてしまったことに驚く。会社と連絡を取ろうと思いスマホをポケットから取り出そうとするがポケットにはなにも入っていなかった。
「不味いな連絡を取る手段がなくなってしまった。
ここがどこかわからないまま歩き回っても迷うだけだ人が来るまで待ってみるか」
しばらく待ってみたが、いつまで経っても人が来る気配がない。このままでは人が来る前に俺が死んでしまうと思い、待つことを諦めこの森を散策することにした。
ザッザッザッーー 静かな森に歩く音だけが響く。
あれからしばらく歩き回ってみたが何も変わらなかった。ずっと歩いていて疲れた。ちょうどいい切り株を見つけたのでそこで座り、休憩することにする
休憩しながら、ここに来た理由とこれからの事について考える。
何故ここに来てしまったのか? 恐らくはあのファイルによるものだろう。あのファイルを受け取ったことによってこの場所に転移させられてしまった、おかしいと思うがそう考えると辻褄が合う。
これからどうするか? セーレの力を使い会社へ転移しようと思い実行してみたが何故かセーレの力は使えなかった。セーレの力が使えない以上、この森からは自分の力で抜け出さなくてはならない。
休憩を終え、再びこの森を散策する。さっきまで座っていた切り株が何かによって綺麗に切られた跡があったことから人がいる可能性があると信じていたがどれだけ進んでも全く景色が変わらない。
どこまで行っても終わりが無く、この森から出ることを諦めかけていた時、何かの笑い声のようなものが聞こえてきた。
「声はあっちから聞こえてきたな、人がいるのかも!」
この森を抜け出す事ができると思い、期待がどんどん膨らんでいく。俺は聞こえて来た声に僅かな希望を託し声が聞こえる方へ向かって行った。
キャキャ……!! キャハハキャハハ……!!
「なんだこの笑い声? 人の笑い声にしては高すぎるような……? 」
その声はこちらに段々近づいてくる、その声に不気味さを感じた。嫌な予感がしたので慌てて近くの木の陰に隠れた。
「キャキャキャキャ‼︎ ツカマエタ‼︎ ツカマエタ‼︎」
「オイ! ソレワオレノダゾ! 」
俺が見たものは6本の足があり体には羽が生えている蝿のような生き物と人型の身体を持ちタコのような頭がある化け物の姿だった。腕には耳の尖った少女が握られていた。その化け物たちは耳の尖った少女を巡って争っているようだった。
「お願い!! 離して!! 」
少女は化け物達に両腕を持たれていて抵抗する事が出来ずにいる。
「イイカゲンニシロ!! コイツワオレノダ!! 」
「コウナッタラ、チカラヅクデモモッテカエッテヤルヨ! 」
「痛っ!! 痛い!! 痛いよ!!」
化け物達は少女を左右に引っ張り合う。少女の身体は今にも引き裂かれそうだ。
今まで木の陰に隠れてやり過ごしていたが、少女と目が合ってしまった。
「お願い……!! 助けて……!! 」
少女は俺に向かって助けを求める。だが、俺はただ隠れていることしかできない。
(このまま俺が行ってもあの子と一緒に死ぬだけだ。
だからこのままやり過ごそう)
「こんな所で死ぬなんて嫌だ!! お願い助けて!!」
少女の目から涙が溢れるのを見た時、化け物に近くにあった石を投げつけていた。
「おい……! その子を離せよ……!」
化け物に石は当たったがちっとも効いている気配はない。だが、俺に気付いた化け物は少女を手放した。化け物は俺をじっくりと見ると
「コイツ!! ケイヤクシャダ!! 」
「ジックリイタメツケテコロシテヤル!! 」
化け物はそう叫ぶと俺に狙いを定め、2匹とも俺に向かってくる。
「時間は俺が稼ぐ! 君はどこかに逃げてくれ! 」
後ろの少女にそう言うと俺は化け物と一定の距離を保ちながら逃げ、化け物を引きつける。
俺の声を聞いた少女は一目散に駆け出し、暗闇の中に消えていった。
怪物達はそんな少女に目もくれず俺を追いかける。
(少女を置いて行った所を見るとあの化け物共は頭は良くなさそうだな。足もそこまで速く無さそうだし、あの子がどこかに行くまでの時間は稼げそうだ。)
(でも、このまま逃げ続けていたらいつかは限界が来る
何処かに隠れてあいつらを撒ければいいけど)
何故あの少女を見捨てなかったのか? 俺は走りながら考える。あの少女を見捨てていれば化け物に追われること無く、この森から出られたかも知れない。 でも、そうしなかった。それは何故か?
……そんなこと。……そんなこと決まっている!
「俺があの少女を見捨てたくなかった。 ただそれだけだ!! 」
「さあ、来いよ! 化け物共! 」
そう叫び、俺は森の中を走り続ける。
私は臆病だ。何をしても恐怖心が勝ってしまい、結局何も出来ない。
そんな私に付けられたあだ名は「臆病者のルイン」
そんな臆病な私は人と話すことも怖がってしまい、友達も作れなかった。
でも、父さんと母さんだけは私を見捨てなかった。父さんは怖がりで家に籠っている私に外の世界を見せてくれた。母さんはこんな私を受け入れ、私が新しい体験をしたことを聞くと自分のことのように喜んでくれた。
ある日父さんから
「ルイン、森の果物を一緒に取りに行かないか? 」
と誘われたが
「父さんは怪我してるでしょ。私1人でも取ってこれるから大丈夫だよ。」
私は昨日崖から落ちて足を骨折してしまった父に代わって夕食に使う果物を取りに行くことにした。
「よし。 果物も取り終わったし家に帰ろう」
家に帰ろうと思い振り返ると鉄のような匂いが私の鼻を通った。
「この匂い、向こうから来てる? 」
自分の嗅覚を頼りに森の奥の方へ進んでいく。しばらく進んだ先に赤く染まった水溜りを見つけた。
「何これ……? 」
瞬間、私は冷水を浴びせられたかのように固まった。顔は真っ青になり、足が震え始める。それもそうだ
だってその水溜りはーーーー。
血溜まりだったのだから。
それに気付き家に戻ろうとした瞬間ーーーー。
私の前に化け物が2匹立ち塞がっていた。
私は化け物に捕まってしまった。私はこの化け物に食べられてしまうのだろう。最後にもう1度だけ
「父さんと母さんに会いたかったなぁ……」
目から涙が溢れる。父さんと初めて人間の街に行ったこと、母さんが怖がって何も出来なかった私をそっと抱きしめてくれたこと。色々な思い出が溢れてくる。
でももう二度と父さんと母さんには会うことができない。私はここで化け物に殺されてしまうんだ。
いやだーー。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!
ここで死ぬなんていやだ! 父さんや母さんにもう一度会いたい! もう一度、3人で暖かいご飯を食べて笑い合いたい! 神様でも悪魔でもいい! どうか私の事を助けて下さい!
その時、私の目に木に隠れている1人の人間が映った。
「お願い……! 助けて……! 」
両腕を引っ張られる痛みに耐えながら私は助けを求める。だが、その人は動かない。当然だ。その人にとっては私を見捨てることで自分は助かるかるのだから。
それでも私は叫ぶ。
「こんな所で死ぬなんて嫌! お願い! 助けて!!」
唇は震え、目から涙が溢れる。これは自分の我儘だ。あの人にとってはなんのメリットも無い。
それでも私はもう一度あの場所に戻りたいから。
「おい……! その子を離せよ……! 」
その声と共に私の体は地面に落とされた。
何が起こったのだろうかと見渡すとあの人が化け物達に石を投げつけていた。
化け物は私を置いていくとあの人を目掛けて追っていった。
あの人は私を助けてくれた。自分が危険になるとわかっていても。あの人は今も私が逃げる時間を稼ぐために化け物達を引きつけている。今、私が生きているのはあの人のお陰だ。
ならば私もあの人を助ける義務がある。臆病だからといってあの人を助けられなくていい理由にはならない
何より命の恩人を見捨ててしまったら父さんや母さんに合わせる顔が無い。
私はある場所に辿り着く。そこは禁足地、決して足を踏み入れてはいけないと教わった場所。今もまだ恐怖で震えている足を動かし奥に進むと8芒星が描かれた床が見えた。
「ここが禁足地の奥……。ってそんな場合じゃない!
あの人を助けに行かなきゃ!! 」
私は8芒星の書かれた床の上に立ち、願いを叫ぶ。
「あの人を助けたい!! お願い! 力を貸して!」
その時、床が光り私の目の前に大きな男が現れる。
「あ、貴方は? 」
怖い、逃げたい、そんな気持ちを押し殺し目の前の男に尋ねる。
「俺の名前はザガン。契約を始めよう。代償を差し出せ」
ーーーーーーその日、私は悪魔と契約した。