無眠無休系少女
「ええ…?てことは、あれからずっと路上生活?」
「引いたでしょ。ごめんね。」
普段、こんな話は殆どしないんだけどね。
そもそも、当時の私はほぼ無能力者。体も生まれつき弱いため、謙遜するのは当たり前だった。
「でも、今は結構幸せ。ディゼイも居るし、仕事もこなせる様になってきたし。」
『あん?呼んだか?』
「何でも無い。」
ディゼイは直ぐに引っ込む。
「ごめんね、辛かったかな…」
「いや、むしろ、こんな話できるのマイラくらい。聞いてくれてありがと。」
何だか、ずっと胸につかえてた物が急に取れた様で、一瞬ぼうっとする。
他のみんなはどんな生活してるんだろう…
「さてと、そろそろ夜だね。私はもう行くよ。」
「ええ?でも…」
「ちょっと、この時間帯はやる事があるんだ。」
私は会釈をして、マイラの家を後にした。
「ねえ、ディゼイ。」
「西に4000km。巨像型ヴァルハラの反応だ。目的地までざっと五分だな。」
ディゼイは瞬時に刀になって、私は真崩刀巫になる。
秋の夜だってのに、こんな格好じゃ風邪ひきそう。早く終わらせないと。
「ねえエインツィ…あ…?」
一瞬マイラが見えた気がしたけど、次の瞬きの後は景色は山脈の一角になっていた。
一体どれだけの速度で移動しているのか検討もつかない。
周りの景色は、思ったよりも緩やかに分かりやすく変わっていく。
“ザザザ…”
「そう言えばこの姿ってさ…」
『ゴーレム特攻だ。勘がいいじゃねえか。』
はるか離れた雪原の上、戦士を模した巨大な石膏像だけがあった。
前の様に聖人は居ないし、天使の数も随分と少ない。
『エインツィア、裸足に下駄じゃ、寒くねえか?』
「ええ。もちろん寒い。」
私に気付いた天使は、その剣を抜くのでは無く、撤退していく。
流石に二度目だし警戒されてるのかと思ったし、その方が楽だったんだけどね。
“ガシャン!”
戦士像の周囲を円形に囲む様に、石膏の月桂樹が地面から三本現れる。
それと同時に像は動き出し、その重厚な剣を振りかぶる。
“キイイイイン!”
怖気付いたんじゃない、ただの兵器の実験台にされたんだ。
私はそれを剣で受け止めるが、石像の力はとても強く、私の腕は早くも悲鳴を上げ始めた。
『んん?おかしいな、あれの体に魔石が見当たらないぞ?』
「…!」
石像は剣を一瞬離すと、私をその怪力で思いっきり蹴り飛ばした。
雪原に轍を作りながら、私はさっき地面に生えてきた石膏の月桂樹に衝突した。
月桂樹はバラバラと崩れる。骨折れたかも。
“ギギギ…ギィギギ…”
ん?石像が一瞬その動きを鈍らせた。
「…やってみる。」
『ほあ?何をだ?』
私は立ち上がり、崩れた石膏の破片を見つめる。
ごく僅かに、ガラス質の物が混じっているのに気がつく。
刀を構えて、すぐ隣の月桂樹に狙いを定めた。
『ああ、俺も勘が鈍ったな。しかし随分と妙な仕組みを作ったもんだな。』
私は地面に剣を素早く振ると、地を這う斬撃が現れる。
石像はその剣で斬撃をかき消すが、私はその上に飛び乗り、二つ目の月桂樹も破壊する。
“ギィギギギギギギ!”
石像はさっきよりも長くその動きを止めた。
私はその隙に、最後の月桂樹の元へ向かう。
「なんでわざわざ分離させたんだろう…」
『恐らく実験だな。魔力の遠隔転送とは、厄介な事を考えるなあいつらも。』
理屈は分かった。
私が最後の月桂樹を峰で砕くと、石膏の戦士像は崩れていき、次第にただの塵に帰っていった。
同時に、朝日も登ってくる。
「ああ…結局今日も一睡も…」
『慣れろ。魔法疲労だって、前ほど酷くはならないだろうな。とっとと帰るぞ。』
◇
「うう…身体中痛い…特に腕とお腹の辺りが痛い…」
『ああ、そういやがっつり攻撃食らってたもんな。腕は筋肉痛、腹は…奴の蹴りで内臓を痛めたんだろう。骨折がなかっただけ幸運だと思え。』
私は受付嬢の人から貰ったタオルの上に寝っ転がりながら休んでいた。
ただ地べたに寝そべるよりはずっとマシだ。
『なあここには病院とか無えのか?』
「あるけど、高い。」
『冒険者は治療費免除されるんじゃ無えのか?』
「クエストで負傷すればの話。これはクエストじゃ無い。」
分かってはいたけれど、ヴァルハラとの戦いは苦労ばかりで、私はあいも変わらず貧乏だと、どうしても不満が溜まってく。
ああ…今日もノルマ未達成のまま一日が過ぎるかも…
「よいしょ…痛でででで!」
『無理するな。黙って休むか自害して俺を解き放つかしろ。心配要らない。昨日で大量の魔力を使ったんだ、多分奴らは数日は出てこないだろ。』
数日で治ったら良いんだけどね。
すると、その路地にお固そうなギルドの職員がやってきた。
「あの…エインツィア様ですか?」
「……はい。」
「数日クエストの達成報告が上がっていませんよ?これ以上続く様なら職務怠慢で…」
「分かりました…あの、松葉杖を貸して頂けないでしょうか…」
「はい?ええ…分かりました。」
◇
「はー…はー…はー…」
「えっと、貴女大丈夫?」
全身の彼方此方に包帯が巻かれ、松葉杖もついている。
はたから見ても全然大丈夫じゃ無いのは確かなんだけど。
「はい…あの、素材採集とかのクエストは無いでしょうか…」
「ごめんなさい、全部取られちゃったね。今日は休んだら?」
「いえ…クビになっちゃうと困るので…」
結局、ルーンゴースト討伐のクエストになった。
難易度の割には報酬もしょっぱく、必要討伐数も多い。
「ゴホゴホ…ずみまぜん…じゃあいっでぎます…」
「い…行ってらっしゃい…」
◇
「…………」
『おい、何やってんだ?』
「さあ…あの中のどれかが自然死するのを待ってる。」
『ゴーストが自然死するわけ無いだろ?』
「はあ…だよね…」
仕方なく、その切り株から立ち上がる。
せっかく昼でも真っ暗な森なんだから、ここで寝てても良いかも。
『なんだ?人間二日三日寝なくても死にはせん。良いから黙って戦え!』
「酷い。」
ディゼイは姿を変えて、黒色の十字架の首飾りになって私の首に付く。
私も直ぐに変真する。
「シスターさん?」
『ああ。“真崩聖人”ゴースト特攻っつったらそれだろ?』
シスターの姿の筈だが帽子が無い。
それに、色々と装飾品も付いてるし。
『なんだ?可愛けりゃ良いんだよそんなもん!』
私は右手の人差し指と中指をくっつけて、宙をなぞる様に動かした。
指先からは定期的に槍の様な物が現れる。
空中で静止していたその槍は、一定数に達した時に一気に飛散した。
“ガガガガン!”
ルーンゴーストを貫き、一撃でただの霊魂に変えていった。
この槍らしき物は魔力に吸い寄せられる性質らしい。
彼等の核である魔球を、ことごとく狙い撃っていた。
『ひゅう、かっちょいい。』
「疲れた。不眠不休はごめんだよ。」
倒した数はライセンスに記録される為、戦利品等は必要無かった。
完全に不意打ちだったけど、まあ結果オーライだ。
◇
「…………」
無言でそのライセンスを机の上に出す。
「あ、はい…えー今確認しますね。」
受付嬢は戸惑いながらも、ライセンスの確認を済ませた。
「確かに、ご本人様の討伐記録ですね。一体どうやったんでしょう…」
『そんなもん俺が無理矢理…いや、何でもない。』
ディゼイがそそくさと私の服に引っ込む。
「では…こちら報酬の鉄貨3枚です。クエストお疲れ様でした。」
噂には聞いてたけど、やっぱりしょっぱい。
こんなの駄菓子一つ買ったら終わりだ。
心の中で愚痴をこぼしながら、ギルドと商店の間の隙間に帰る。
「お帰り。はいこれ、シチューよ。」
「ありがとう…!?」
そこには居るはずのないマイラの姿があった。