陰謀と再会
「もぐもぐ…」
凄い。
一回戦を勝ち抜いただけでこんな優遇を受けるのか。
ジロッドさんの反応を見るに、彼ですらここに呼ばれるのは初めてらしい。
「さあ、一回戦を見事突破した誉れ高きギルドの皆様!今夜は互いの健闘を称えあい、同時に同じ冒険者としての親交を深める場をご用意させていただきました。存分に戦いの疲れを癒し、明日からの勝負に備えましょう!」
石造りの無骨な闘技場の一室に、まるでお城の宴会場の様な豪華絢爛な部屋が隠されていた。
貴族なども宴会に出席しており、ヘッドハンティングの場としても機能している様だ。
「エインツィア様!是非ともラヘイヴンギルドへ!」
「いえいえ、是非とも第九へどうぞ!どこぞの貧乏ギルドなんかよりずっと素晴らしいクエストをご用意させて…」
「もお!この子を最初に見つけたのは私達よ!ローゼンのセンターにするんだからー!デブおじさんになんて渡すもんですか!」
うるさい…前よりも大分増えてるし…
「少し、良いかね?」
「…貴方も勧誘ですか?」
「いや、一回戦の事について少し話がしたいのだが。」
白髪を軽くセットし、整った身なりをした若い男性が私に話しかけて来た。
白い無精髭に、軽そうな眼鏡を掛けている。
「はあ…分かりました…」
私は、その男性と一緒に人混みをかき分け、宴会場の廊下に出た。
先程とは打って変わって、辺りは閑散としている。
「さて、まずは自己紹介。私はグロウ・エンティ。ドラゴンソウルの代表…言わば、君のギルドのダリスにあたる者だ。」
「そ…それはどうも…私は…」
「エインツィアさんだね。少し調べさせてもらったけれど、残念ながら君は孤児院育ちで、君の苗字すら分からなかった。」
「そうですか…ごめんなさい、私も知らないんです。」
「いや、良いんだ。今回の話題では無いからね。…さて、単刀直入に言う。棄権してくれないか?」
「…は?」
棄権…?それって…
「勿論、それなりの金銭は支払うし、情報の処理は全てこちらに任せて頂いて結構だ。」
「……結構です。土下z…ギルドを裏切る訳にはいきません。」
「…そうか…いや、実に残念だ。」
と、私は首筋に冷たい物を感じる。
何人もの暗殺者が、私の周囲を取り囲んでいた。
「ならこうしよう。君はドラゴンソウルとの激闘の末に勝利を収めたが、ドレアゴウスの毒が周り今夜静かに生き絶えた…と言うのはどうかね?」
「…だから、ドラゴンソウルが毎年優勝しているんですね。」
「ドラゴンソウルと、それに付く星の数程のスポンサーの為に、死んでくれ。君が孤児で良かった。」
「…嫌です。【ディスタースキップ】」
私は、廊下のうんと端っこに瞬間移動した…つもりだった。
「?」
「君のその瞬間移動は、視界の届く範囲で行われるのだろう?」
「あ。」
廊下を遮る様に、暗幕が仕掛けられていた。
床や壁にもぴったりとくっ付けられており、刃物が無ければ切り抜ける事は出来なさそうだ。
「………」
「観念して、その頚動脈を差し出せば済む話だ。心配要らない。君のパッシブの速度を超えることが出来るアサシンしか此処には居な…」
“ゴン”
と、突然鈍い音が響いたかと思えば、アサシンが二人、私の足元に倒れる。
「うい〜エインツィア〜げ〜んき〜?」
「マイラ!?…って、お酒臭い…」
顔が真っ赤のマイラが、私の肩に寄りかかってきた、
足取りもおぼつかず、右手には酒瓶があった。
「…なんだこの酔っ払いの獣人は…」
「ん〜?なあに〜?う〜ん…ひらひらで〜こわいかおで〜いっぱい居て〜…分かった〜てんしだ〜!」
マイラはフラフラと立ち上がる。
マイラが一歩前進した瞬間、アサシンの一人がまた気を失う。壁に頭を叩きつけられたらしい。
「うぇ〜い…じんるいはぁ〜わたしが〜まもるぅ〜」
「っく…」
マイラはどうやら完全に酔っ払っているらしい。
しかし、こんな状態でもしっかりとアサシンの短剣を受け流し、スピード特化の筈の短剣アサシンを次々と殴り倒していく。
「……!」
「う〜ん?」
アサシンの最後の一人が、天井から降りながら短剣をマイラの脳天めがけて振り下ろす。
しかし、短剣がマイラの猫耳に触れる辺りの場所で、アサシンは手首を掴まれてそのまま床に投げ飛ばされた。
「な…何で、S級冒険者が…!」
グロウは怯えながら後ずさりするが、自分で貼った暗幕が邪魔をして逃げられないらしい。
「グー…グー…スピー…ピー…」
倒れるアサシンに混じり、マイラは見事に泥酔する。
「さてと…」
「何だ!だ…だって卑怯だろ!あいつらだって努力をした!毎年強者冒険者の対策も怠らずに、日々の鍛錬も積んだ!それを、ぽっと出のお前が全てパーにしていい筈がない!」
「…つまり、貴方のこの行動は彼らとは関係無い訳ね。」
期を見計らったかの様にビリビリと布の裂ける音がする。
暗幕の裂け目から衛兵がぞろぞろと入って来た。
「グロウ・エンティ。ここ数年の冒険者不審死事件の重要参考人として、任意同行願おうか。」
「クソおおおおお!」
グロウは落ちていた短剣を取ると、衛兵の一人に切り掛かる。
どうやら、彼自身には戦闘力は無いらしい。
“キン!”
漆黒の壁…いや、パラディンの持つ盾によって阻まれる。
「金に物を言わせて優秀な冒険者を自分のギルドに集め続け、ろくな事務管理もせずに甘い蜜だけすするお前の事が前々から嫌いだったが、ブタ箱に打ち込む理由が出来て嬉しいよ。」
「クソ…クソぉぉぉぉぉ…」
グロウは取り押さえられ、そのまま衛兵に連れて行かれる。
「有益な証拠を長らく掴めずに、あの様な者を放置せざるおえなかった事。【ステルスベール】すら持っていない下級アサシンを見つけ出す事が出来なかった事。貴女を危険な目に合わせてしまった事。その全てを謝罪しよう。」
さっきグロウの攻撃を防いだパラディンが、私の前にそっと跪く。
「コンバット最高責任者、レイジとして、エインツィア殿に謝罪を。」
「………レイジ?」
私は、少し早まる鼓動を抑えながら、少し近付いて顔を確認する。
髪を短く切り、男性の様な容姿をしているが…
「レイジ!本当に、レイジ何だね!」
「……!…エインツィア…さん…?」
先程まで、氷の様に冷たく威厳のある表情が、一瞬にして解けていく。
レイジ…ああ…
「生きて…いたのかい…?」
「うん。レイジも…元気そうで…」
赤と緑のオッドアイに、男の子みたいに切り揃えた黒い髪の毛。
人目を引く長身に、独特なシンボルの象られた首飾り。
「良かった…髪の毛の色が変わってたから気づかなかったよ…てっきり病死してしまったのかと…ああ…」
「ううん…生きてたよ…レイジの…あの日のパンのお陰でね…立派になれたよ…」
私の目に、熱いものが溜まっていくのが分かる。
レイジの…今の顔は見ないでいる事にした。
「うーん…むにゃむにゃ…」
レイジは、床で眠っているマイラに目をやる。
「…こんな事なら、一回でも直接話せば良かったなぁ…マイラさん。」
レイジは、今ではすっかり立派なパラディンになったらしい。
「オレははそろそろ行くよ。仕事が山積みだからね。エインツィアも…きっと、奇怪なスキルと素敵な相棒で優勝出来るよ。健闘を。」
レイジと私は、最後にもう一度抱擁を交わす。
その後彼女は、戦場の地面にも大きく描かれていた、剣の紋章の刻まれた黒いマントをはためかせながら、月夜に沈む闘技場の廊下に消えていった。
…何か忘れている様な…あ。
“ガチャ”
宴会はまだ続いており、レインズギルドの人達と談笑するディゼイの姿があった。
そうか…マイラも居るから行動範囲が…
『ん?おー相棒。こいつらと意外と話が合ってな。…どうした?なんでそんな泣いた後みたいな顔してんだ?』
「…ふふ。何でもないよ。」