真崩少女の本戦
こうして見ると、改めてマイラの卓越した戦闘スキルに感服する。
自分に向かう全ての攻撃を瞬時に見極め、回避し、時には反撃に転じる。
「よっと。銃撃なんて酷いよぉもお。」
ここでマイラが鉄爪を装備していない理由が分かった。
彼女は殺しに来てない、勝ちに来たのだ。
軽い身のこなしで、地面と水平に飛びながら銃弾をかわし、銃士を思い切り巴投げする。
「な…なんだあいつ!でけえ癖に速え!」
「よっと。この弓も…支給品かな?」
他の冒険者の持つ武器を次々と破壊していく。
しかも丁寧に大会の支給品の物だけ。
「ここで武器を失った冒険者達が棄権!よってJブロック優勝者はぁ!王都第七ギルドのマイラぁ!」
そう言えば、マイラもSランク冒険者だった。
当然出場してるよね…
「おーい!エインツィアー!」
「うわ!」
マイラは少ししゃがんだかと思えば、家二つ分ほどある此処まで一気に跳躍した。
そのままマイラは私に抱きつき、私は押し倒される。
「エインツィアも此処に来たの?でもどうして…」
「ギルド長に土下座で頼まれたから来た。」
私はマイラを横に退けて、手すりに寄りかかる様に座る。
マイラは仰向けに寝転がったままだ。
「エインツィアのスキル。見たよ。あの部屋で勝ち取ったんでしょう?凄いねぇ。」
「マイラも凄いよ。なんのバフも無しにあんなに動けるなんて。…あれ?そう言えばもう一人は?」
「えっと…敵か味方か分かんなくって倒しちゃったかも。えへへ…」
「…よしよし…」
私は寝そべるマイラのおでこをそっと撫でる。
マイラはにっこりと笑い、そのまま眠りこけていった。
これで予選は終わり、明日から本戦だ。
ただ…私の場合、ある意味今夜が本戦かもしれない…
◇
私は闘技場の屋根の上で、満点の星空を眺めていた。
このまま朝が来れば良いのに…
“キイイイン!キイイイイイン!”キイイイイイン!”キイイン!”
満点の星空を埋め尽くす、数多の天文。
予選の時点では死者は殆ど出ない。なのに何故か、此処にきた冒険者の殆どが死亡してしまう。
「【バクの街】」
天使の襲来の前に、全ての天門を破壊するのは不可能。
だから私は、全ての天門を空間ごと私の固有結界の一つ、バクの街の中に取り込んだ。
当然、結界維持の為に私もその中に送り込まれる。
『相棒…良いのか?此処で。全員一人で相手…へへへ。はなからそのつもりだったな。済まねえ。』
「ふふ。」
天門が開き、数多の天使の軍勢が放たれてくる。
だけどここは、闘技場のある平地ではなく、灯一つ灯っていない、どこまでも続く石基調の夜の街であった。
夜空に星はなく、ただ大きな満月が煌々と人一人居ない街を照らしている。
時計台、大きなお屋敷、住宅街や何かのお店が地平線を埋め尽くしていた。乾ききった噴水のある小さな公園、消えた街灯の立ち並ぶ大通りらしき物。路地に立てかけられた古ぼけた自転車。劇場のような物もあった。
不気味極まりないゴーストタウンだが…
「ねえディゼイ…私、ここ好き。」
『お前の固有結界なんだ。あたりめえだろ?』
「ふふ…だね。」
ここなら、いくら暴れても外の世界への損壊は一切無い。
私が出れば、この素敵な私達だけの街は元どおり。
『行くか相棒!』
「うん。…【変真】!」
天使達が出現するが、困惑している様子だ。
「結界の主人を探し出して殺せ!我々への侮辱の罪を、地を持って償わせるのだ!」
私の服装は次第に変化していく。
背部には8本の直方体が、4対の翼の様に浮遊する。胸部は黒いチェストプレートらしき物で覆われたが、相変わらずお腹は出ていた。髪の毛はポニーテールで纏まり、スカートは長方形のプレートの集合体で形作られ、靴は、薄くて黒いぴったりの靴下(?)の上から、いくつかの金属の部品がくっついた物だった。
『【真崩戦機】対大軍勢の超火力特化型だ。ここなら好きに暴れられるだろ?』
「良いね。」
私の放つ黒い波動が、一瞬で複数の天使達を消滅させる。
「あそこだ!」
「人間風情が…者共!かかれぇ!」
天使達の進軍が始まる。
背中に浮いているプレートの間に、膜のような光が放たれて、飛行を開始した。
“キイイイイイイイイィィィィ!”
赤い軌跡を残しながら、紫色のオーラの剣を伸ばし、空中で天使達を次々と切り裂いていった。
人生初の音速飛行。とても気持ちがいい。
「おのれぇ…飛行兵!飛行特化兵!」
天門から、今度は翼に装甲を付けた天使が現れる。
その天使達も軌跡を描いて私の方向に飛来するけれど…私よりも遅かった。
私の周囲に、無数の輪のような物が出現する。
『弾幕だぜ。星がないなら、お前達がこの街を照らせ!天使共!』
輪から、無数の光線や光弾が放たれる。
天使達は次々に撃墜され、天門も破壊される。
「くそぉ…こうなれば!」
指揮官らしき天使の体が光り出し、白くて大きな狼に変わっていった。
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
「……満月のせい?」
『まあ偶然だろうが…オシャレだな。』
狼は、数本の巨槍と共に私に向かって突進してくる。
巨槍から光線が放たれるが、バリアが展開し、その全てを弾き返した。
私はオーラの剣を構え、そこにいくつかの光線を束ねる。
“ビイイイイイン!”
大剣に変わり、そのまま巨大な狼を一刀両断した。
やっぱり。天界の動物は、みんな布と鉱物で出来た人形みたいなものなんだ。
溶けていく巨大な狼の骸を眺めながら、しばしの静寂を楽しんでいた。
「ねえディゼイ、この街って完全にオリジナル?」
『…かつて、そうだな、コンバッドすら生まれてない程昔の話だ。カンディディっつう巨大都市があったんだ。本当に人が多くてな、でも…滅んじまった。此処はその街のイメージをそのまま拡大していったものだ。』
「どうして、その街は滅んじゃったの?」
『まあ、【バク】の仕業だな。奴はその街の人々の全ての悪夢を食い漁り、幸せな夢を見せたんだ。』
「それだけで…どうして?」
『幸せな夢から、人は抜け出せなくなったのさ。例え朝がやってきても、体が朽ち果ても…多分、今でも永遠の夢を見ているのさ。そいつらは。』
「…あのさ、当然のように出てきたその【バク】って何?」
『…量子生命体だ。いわば、俺の同族。亜空間に満ちるゼロエネルギーが、偶然高濃度になった場所で俺たちは生まれるのさ。俺はイービルスピリットキング…もとい、【ソウル】。で、奴は【バク】。奴は悪夢が大好きだっだが、始めに餌場にしたカンディディでの失敗を機に学習したんだ。幸夢も一緒に食い、人が目を覚ませる状態に保ち続ける事にしたのさ。』
「…今でも居る?その【バク】って。」
『身体を捨て、観測不可体になったが、奴は生きてるぞ。もしお前が目覚めた時に夢を覚えていなかったり、覚えていたはずが直ぐに忘れちまうのは全部奴の仕業さ。…あ、俺の事はディゼイで結構だぜ。【ソウル】はあくまで種族名だからな。ほら、帰るぞ相棒。』
建物が、石畳が、空が、固有結界が、解ける様に消え行った。
気がついたら、私の変真は解け、もとの闘技場の上で座っていた。
「疲れた…明日仮病でも使おうかな…」
『まあ…嫌でも出る羽目になると思うが…』
「?」