コンバッド予選
「…立派な闘技場…」
「ここに、世界中の冒険者が集結するんだ。」
私とギルド長さん、他数人の冒険者達は、馬車で遠方の闘技場に到着し、今は待合室で待機している。予選の為だ。
冒険者達を納得させるため、私は荷物持ち兼ヒーラーという事で訪れた。
『へへ…【生体再構築】だっけか?あれで上手い事騙せたな。』
「……ねえディゼイ、その、闇ってさ…ゼロエネルギーってさ…」
『言わば、改変さ。スポンジを握ると、スポンジが手の中に収まる様に、氷を口に含んだら、氷が水になる様に。何かを何かする。それだけの話さ。お前は量子の片鱗を扱うのさ。』
私の身体は…すでに私の理解を超える所に至った様だ。
『魔法に頼りきっや連中は、量子を理解できなかったのさ。だから人は得体の知れないもの、掴めないもの、恐怖やら畏怖やらの象徴として、闇と名ずけたのさ。』
ディゼイの御話を右耳で聴きながら、私は闘技場の中に入っていく。
大昔の建物を、手入れをしながらずっと使っているらしい。
「ふ…ねえエインツィアちゃん。それ重いでしょ?おいらが持ってあげるよ。」
「良い。」
「う…じゃ…じゃあ上着を貸そうか?その格好じゃ寒いで…」
『悪いな兄ちゃん。お前のその甲冑よりはずっとあったけえぜ。』
「ええ?そんなバカな。だってどう見ても…」
私はその人の手を、私の首筋に触れさせる。
『こんなにがっつり空いてんだ。保温くらい考えてるさ。』
「あ…あはは…そうみたいだね。」
私は、少し自分のフードを引っ張ると、少しうたた寝する事にした。
さっきから、この人ずっと声をかけてくる…
「おいジロッド。イケオジになってからじゃなかったのか?」
「ただの親切心だよ。親切心。」
「まさか…本人の前でもやるつもりなのかい君達?」
………
『全く…なんだよあの原始人ども。』
ギルド長さんが、ディゼイのぼやきに答える。
「まあ大目に見てくれ。彼らは、我がギルド最高の冒険者達だ。特に…」
ギルド長さんの視線の先には、言い合いに参加している金髪の男の人がいた。
「鋼の旋風。ジロッド。我がギルドの誇るSランク冒険者だ。」
いよいよ寝入りかけた時、待合室の扉が開いた。
「予選に出場する方は、こちらにどうぞ。」
ジロッドさんは意気揚々と立ち上がる。
「お、おいら達の出番かな。いくよエインツィアちゃん。おいらが守ってあげるからさ。」
「…分かった。」
私とジロッドさんは、他の数多の冒険者達と一緒に待合室から戦場に出る。
各ギルドから2人ずつ出て、生き残りを賭けて戦うバトルロワイヤル方式。
基本的には、集団戦に長けた者が出るらしい。
「おい。また予選からジロッドが出てるぞ。」
「あいつ潰したらギルド一個敗退同然だが…気をつけろ。今年は可愛いヒーラーが付いてやがる。」
「おいあれ、使い魔じゃないか!?」
私達は、決められた定位置に着く。
とてつもなく広い円形の闘技場。それを囲うように観客席が設けられている。
「皆さま!位置につきましたか?それでは…記念すべき第6000回、ロワイヤル・コンバッドぉぉ!始め!」
冒険者達が武器を構え、真っ先にジロッドさん…ではなく、こちらを狙ってくる。
集団戦において、真っ先に倒すべき対象はヒーラー。当然と言えば当然の展開。
「へへへ…エインツィアには指一本触れさせねえぜぇ!」
ジロッドさんは無数のワイヤーを周りに浮遊させ、そのままクラウチングスタートのポーズを取る。
成る程。鋼の旋風…か。スプリンターのスピードを、そのまま火力に直結させる。理に適っている戦法だ。
「よし…今だ!」
突然、冒険者達の中から指示を飛ばす声が聞こえる。
次の瞬間、ジロッドさんの周りに蛇が絡みつく様なエフェクトが付く。
「く…【大蛇の睨み】…だと…!」
ジロッドさんの動きが著しく鈍くなり、そのまま、重力でうずくまるジロッドさんの背中に重戦士の持つ大剣が振り下ろされた。
「ぐがあ!」
「あ…せ…【生体再構築】」
対象の受けたダメージを全て取り除き、同時に全てのデバフも解除する。私のスキル唯一で、同時に最高の回復スキルだ。
「おお!エインツィアちゃん凄いね!」
「私は今回ヒーラーとしてここに立っていますので。」
ジロッドさんは再び持ち直すと、もう一度クラウチングスタートを取る。
「くそ…あの底辺ギルドにしては中々だな…おい、あのヒーラーを調べろ。スカウトをかける事になるかも知れない。」
「かしこまりました。」
観客席からそんな声が聞こえる。
「ねえ…ディゼイ…あのさ、」
『まだだ。もうちょい待て。頃合いは俺が決める。』
少し高鳴る胸を押さえて、落ち着いてジロッドさんに付く。
取り敢えず…
「【真夜中にわか雨】」
私の足元に、水の波紋のような物が一つ。それから、次第に雨が降り始めた。
闘技場はいつのまにか夜に変わり、照明が作動した。
「な…なんなんだ!?今は正午だし、さっきまではあんなに…」
「う…力が…」
さっきジロッドさんにデバフをかけた少年魔法使いが突然へたり込み、次第に魔法使いの冒険者が一人、また一人と倒れていく。
それもそのはず。この雨は…
「な…なんて事だ…あ、おおっとここで!エインツィア選手の、S級モンスターさながらのフィールド変質魔法!ただ今、この闘技場に存在する全ての魔力がかき消え!ただ今代替え手段として電気照明に切り替えます!おい…お前ら、急げ!」
魔法冒険者が次々と脱落。魔法剣士の力は半減。
「エインツィアちゃん…君凄すぎるよ!」
私はここで、少し芝居をうつ。
「はあ…はあ…ジロッドさん。あとは任せました。」
「オーケー!あとはおいらの独壇場の…あら?」
ジロッドさんのワイヤーが地面にパタリと落ちる。あ…それも…
「あ、魔法使いが居ないんだたら…こいつの出番かな!」
二本の剣を構えて、クラウチングスタートを決めた。
「ぬああ!」
「ぎゃああ!」
「敵を切りさきながら、ジロッドは夜風の如く戦場を吹き上げる!これぞ鋼の旋風…いや!鋼の夜風!ジロッドだぁ!」
けたたましい実況と、戦士たちの悲鳴を聴きながら、私は戦場に座りジロッドさんの動きを目で追った。
酔いそうだ…
『おい相棒。今だ。』
「分かった。」
私はディゼイの口からドローンを取り出してすぐに重戦士の陰に隠した。
ドローンはすぐにその姿を消すと、微かな飛行音を残してどこかに飛び去った。
誰にも見られていないはず。
「よっと!これで最後だ!」
「ぐが…あああ…」
ジロッドさんがそのままの足で私の所に駆け寄る。
「見たかいおいらの活躍…って、殆どエインツィアちゃんのお陰だよ。本当にありがとう。」
「いえいえそんな…」
先ほどまでうろたえていた司会者が、状況を一気に把握する。
「予選!Aブロック勝者はぁ!レインズギルドの!ジロッド選手とエインツィア選手!」
観戦席から歓声が巻き起こる。
私のギルド、レインズっていうんだ。初めて知った。