強制首席卒業
“テキスト20をクリアしました。これにて対象がカリキュラム上の全ての闇魔法スキルの獲得を完了したと判断し、システムを終了します。お疲れ様でした。“
「は…はあ…はは…あ…」
『いやあ流石に極位スキルはやばかったなぁ。お前大丈夫か?まだ震えてっぞ?』
魔導痛…まさかまた経験する事になるなんて…
「ね…ねえ…でぃぜ…で…ディゼイ…」
『ん?どした?』
「…頑張ったねって…言って?」
『頑張ったな。相棒。』
その言葉を聞くと、私の意識はプツリと途切れた。
◇
「……?」
目が覚めると、私は自室のベッドの上に居た。
『よ。相棒。』
「ディゼイ…?おはよう…」
『つっても正午だけどな。マイラがお前おぶってここまで運んできたんだぜ?人目に付かんように早朝にな。』
ふと、私は見慣れない格好をしている事に気付いた。
なんの種類の布か分からない薄いピンク色の長袖の服に、同じ素材でできた長いズボン。
記事はとても薄く、寝巻きには最適だった。
『それか?お前ん家の居候がくれたパジャマだぜ。”貰い物だったけどうちにはちょっと大きすぎた“らしいぜ。』
「へえ…あの子、結局は優しいね。」
『へへ。だな。』
まだ身体の疲れが取れず、もう一眠りしようと思ったその時だった。
“コンコンコン”
ノックの音がする。
私はそのままの格好で、枕を抱きながら応対する事にした。これで長話を回避する作戦だ。
“ガチャ…”
ドアを開けると、ギルドの受付のお姉さんが立っていた。少し見回して、直ぐに下に私が居ることに気付く。
「あ…はう…!」
「?」
受付嬢さんは私を見るなり、頰を染めて微笑みを浮かべる。微笑み?なんか違うような…
私は拳で左目をこすりながら、様子を伺った。
「やっぱり可愛いなぁ…ああ、じゃなくて。エインツィアちゃん。こちらを。」
受付嬢さんは、私にクエスト依頼書を手渡した。
「あの、ごめんね。寝てたかな?」
「…まあ…」
「それじゃね。そのー…もうちょっとギルドに来てくれても良いよ?じゃあね。おやすみ。」
受付嬢さんは、なんか嬉しそうにギルドに帰っていった。
『お前なあ…そんな格好で出ちゃハートブレイク不可避だぜ?萌え殺しって奴だぜ?』
「えっと…はーと…ぶれいく…?」
『お前なあ…もうちょい自分の美少女振りに自信…と言うか自覚持てよなぁ…』
私は渡された紙を見てみる。
レイドクエスト“今宵のワルツ”…内容、L級モンスター【天翼の大悪魔】に関する情報を収集…
【天翼の大悪魔】・・・人間の女性の様な容姿に、灰褐色の一対の翼。強大な力を持つ宗教的な存在と思われ、大規模な教団によって崇拝されている可能性がある。
『ああんと…見事に模索に詮索に過大評価が重なったな。』
「何の事?」
『お前にゃ関係ねえな。』
そう言うと、ディゼイはクエスト依頼書を噛み砕いてしまった。
もしかして…物体はディゼイに干渉できないけれど…ディゼイは干渉できるんじゃ…
「………」
『なあに、あいつの事は心配ねえさ。お前だって分かってるだろ?』
「あいつ?それって一体…」
『お前気付いとらんのか…まあそれならそれで良いさ。それより今日は週末だぜ?なんならその格好のまま行くか?』
「なんか嫌。着替える。」
『へへへ。そうかそうか。なんなら…』
ディゼイはくるくると私の周りを見る。
「まさか…」
『今度は寸分も狂わせるつもりは無いぜ。お前はもう”卒業生“だからな。』
ーー ギルド最高司令 ダリスーー
「ふー…」
何も無い机の上を眺めながらため息を吐いた。
俺は初めて書類の山が恋しくなったよ。
「ダリス様。こちらがG級冒険者、エインツィアに関する情報です。」
秘書官が、10枚程度の書類を俺の前に差し出した。
彼女が今までこなした全てのクエストの履歴だ。
「……やはり少ないな。」
エインツィアが冒険者になったのは4年前、司法局からギルドに直々にライセンス発行が成され、能力検査も何も無しに冒険者となった。
俺はその書類に目を通す。
採集、採集、運搬、採集、採集、採集…前半はどこまでもそんなクエストが、一週間おきに続いていた。ただある日を境に、魔物討伐に赴く様になっていた。
「え…A級クエストだと!?」
俺はエインツィアのランクを確認する。
確かに彼女はG級、最下層。後であの受付に対する処分も考える事にした。
「この週の間に、あのスピリットと出会ったのか?」
精霊でもなんでも、使い魔として使役するにはそれ相応の実力が必要だ。俺自身、使い魔を連れた冒険者には数えるほどしか出会っておらず、俺が就任してからエインツィア以外の使い魔を連れた者がこのギルドに所属する事も無かった。
目立つスキルも、キャリアも、実力も、親すら居ない年端の行かぬ少女が、どうやって契約を?
そもそも一体何処で、あのスピリットと出会った?
「………」
「ダリス様。わたくしから一つ提案が。彼女の能力検査を実施しては如何でしょう。」
「ふむ…しかし彼女は今使い魔を持っている。診断機は正常には機能しないだろう…」
「そうですか…では、クランバトルに参加させると言うのは…」
「彼女はクランに所属していない。そもそもG級には所属する権限も無い。」
ふと、脳裏にとある単語が浮かんだ。
不遇冒険者。各地のギルドでも目下の問題として度々取り上げられている。
副業として冒険者をしているため時間の確保が難しい。
今居るランクで収入面には問題が無いため、命の危険が高まる上位ランクに上がりたくない。上がらる必要が無い。
そういった理由で、実力に見合わないランクに留まり続ける冒険者達を、ギルド協会ではそう読んでいた。
もしかしたら、エインツィアもその一人かもしれない。
「………」
現状、上位ランクの冒険者が不足している今のこのギルドでは、エインツィアは問題であり、同時にチャンスでもあった。
「ああ、でしたら、彼女も”コンバット“に出場させるのはどうでしょう。」
「コンバット?…しかし…待てよ?」
A級クエストを負傷もせずにクリアした彼女なら、初戦敗退と言うのは無いだろうが…もし意図的に上がらないのであれば、手を抜いてしまうだろう。
何か、彼女の心を動かす報酬が必要だ。しかし何が…
俺より良い家に住んでいる彼女の心を、何で動かせば良いのだろうか…
ーー シェティ ーー
よく皆がこの場所に立つ理由が分かった気がする。
ここからの風景は、息を呑むほど美しい。
「………」
しかし、この山に人が来ないと言うのは本当らしい。
イシュエルさんが出て行った今、私がこの家に住んでいた。
…こんな事になるなんて思っても見なかった。
少し前の私だったら、今頃あのお屋敷で、幸せな日々を送っていると思っていた。
ただ今は、寒い寒い雪山の山頂で、満点の星空をこうして眺めている。
「…ダロ家の血は汚れている…か…」
私は手の甲に小刀で軽く傷を付ける。
血が一滴滴り落ち、一瞬だけの湯気を伴いながら、雪の中に吸い込まれていった。
私は、臆病者なのでしょうか…ハインツ様を殺めておきながら、生に執着して生きている私は、やはり臆病なのでしょうか…
「あ、龍。」
私と同じ目線を飛んでる。
こうして見ると、なんだか新鮮な気分だ。