宵口の銀世界
「………」
シェティの話が終わると、辺りは暖炉の炎以外静まり返っていた。
そんな中、一番最初に声を上げたのはディゼイだった。
『そうか、災難だったな。』
「え…?」
『ま、良くある話だ。早とちりには気をつけなってこったな。ドンマイ。』
シェティの懺悔を、ディゼイは“ドンマイ”の一言で全て片付けた。
「まあ、別にいいのでは無いか?」
次はイシュエルが。
「助けたい一心から禁術を取った。結果がどうあれ、そこに悪意は無いのだ。規模がどうあれ、過ちは誰にでもある。明確な悪意を持った奴らとは違う…」
イシュエルは一瞬天井を見上げたが、直ぐにシェティに目を向けた。
「まあ、人間は同族…特に近親者や家族に対する執着心が異常に高い。例え誤りだとしても、命を奪った事には変わりない訳だが…」
俯くシェティの頬を、イシュエルがそっと撫でる。
「後悔、懺悔、謝罪…その全てを、貴様は既に持ち合わせているらしい。貴様なら、きっと償い切れるさ。」
私は鹿肉入りのスープを飲み干すと、シェティにそっと声を掛ける。
「君が…シェティがどんなでも、私は全部入れるよ。そして…協力するよ。これからの君の事。」
「う…うう…」
シェティが微かにうめき声を上げる。
「うわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
シェティは思いっきり私に飛び付き、胸の中で泣き始めた。
私が初めて会った時に感じた、シェティの…どこか冷たい印象が、シェティの涙で、胸と一緒に暖まっていく心地がした。
ずっと…隠していたのだろうか…恐怖や罪悪感を、人からも、自分からも。
「ごめんなさああああああい!!!ごめんなさあああああい!!!ハインツさまあああ!おにいざあああああ!!!」
「…よしよし…」
多分私より年上のシェティにこんな事するのも変だけど、他に特に思いつかなかった。
「うぐ…ひっぐ…」
年上の筈なのに、何故か母性本能が働いている気がする。
シェティの事が…何というか愛おしいのだ。
「ねえシェティ…」
「ぐす…はい…」
「結社…私の仲間にならない?嫌なら良いn」
「…はい!」
私は、シェティの顔を指で微かに持ち上げる。
シェティはまだ若干泣いていたけれど、私はその震える唇を、
「はふ!?」
「……接続……」
奪った。
ーー イシュエル ーー
「ディゼイ、お前は解放されたのか?」
我と、その肩の上のディゼイは、山の中腹の丘から天の星々を眺めていた。
『契約者がエインツィアの近くに居れば、行動範囲が拡大するだけだ。』
「ふ…そうか…」
我はディゼイの提案で、小屋の外に出ることにした。
ディゼイ曰く、この流れには覚えがあるらしい。
「でだ、ディゼイ。シェティが出会った図書館とやらに心当たりはあるのか?場合によってはヴァルハラとの戦いにおいてかなり有用やもしれぬ。」
『ああ、その図書館については俺も寝耳に水だったが、完全な未知の要素って言やあ嘘になるな。』
「と言うと?」
『闇魔法ってのは、今でこそ雲の上のお話だが、太古の昔は他の魔法…って程でもないが、割と珍しいものでも無かったんだ。当然闇魔法を学ぼうとする生き物も居れば、闇魔法についての知識を書いた本も出た。そんな本をどっかの教団が纏めて隠したとしても、何の不思議もねえ話だ。』
「成る程…ヴァルハラは確か、お前が封印されたのと同時に、闇魔法に関する魔導具を接収し処分したと聞いた。もしそうなら、恐らくはその時期だろう。」
『だとすると、その図書館には他にも魔導具がある可能性もあるが…あくまで推測だ。実際に見てみない事にはわからないな。』
「ふむ…ならばシェティにその洞窟…いや、まずはシェティが持ち出した魔導書の捜索か?」
『はっきり言うと両方切迫している。魔導書は、古代文字とは言え、古代オタクか政府のインテリ担当の手に渡れば直ぐに内容が割れる。そして図書館は、既に封印は使い物にならない上に、放っておくと他の奴も入ってくるかも知れん。』
「ふむ…どうする?」
『同時進行でやろう。幸い、お前含め俺たちには契約者が4人、エインツィア入れれば裂ける人員が5人も居るからな。』
「?契約者は我と…獣人と…機械娘オタクとやらの…」
『ほら。小屋に戻るぞ』
ーー エインツィア ーー
「ま…まさか…ファーストキスが貴女になるなんて…」
「…ごめん、やっぱり不満だったかな…」
「いえいえ。…その…最高でした…」
ボソボソと何かを呟いていたが、私には良く聞き取れなかった。
“ガチャ”
と、ドアが開き、外からイシュエルが戻ってきた。いつの間に外に出たのだろう。
『よお。すっかり慣れたな。相棒。』
「…まあね。それより2人で何してたの?」
『ま、星空の下でデートってとこか。』
イシュエルがディゼイ…というか私の方をチョップで叩く。
「たわけ。それよりもディゼイよ、後日、他の契約者と連絡を取る事は出来るか?」
『へへへ、任せとけ。』
イシュエルは窓の外の様子を眺める。
銀白で包まれた夜闇に、次第に雪が舞い始めていた。
「ふむ、今夜は鯨を飛ばすのは危険か。我が主、それにシェティ。せっかくだ、たまには泊まってくか?」
私は答える。
「イシュエルが良いなら喜んで。」
「そうか、我が主は…」
と、シェティも口を挟む。
「あ…あの、出来れば…その…エインツィアさんと一緒のお部屋が良いかな…って。」
「ッチ…そうか、ならば2人部屋の方を使え。」
今イシュエル舌打ちした気g
『そうだ相棒、お前にも事前に計画を話すべきだな。』
ーー ジズーチ ーー
「ただいま帰り…なんだ帰ってきて無いんだ。」
うちは明かりを付けて、自室に入った。
「すー…はー…ただいま、うちの愛しい機構達。」
鋼と油の匂いをお腹いっぱい吸い込んで、うちは作業に取り掛かった。
線と線を繋ぎとめ、鋼を繋ぎ合わせて、マザーボードに色々叩き込む。
またあの脳筋共に無理言われても大丈夫なようにね。
“ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…”
ーはあ…噂をすれば何とやら。
うちの机の上のアラームが鳴る。
あーあ…反射的に気疲れしてくる…
“ピ、”
「なんなんですかこんな夜中に、」
丸い円盤みたいなホロ装置が、見慣れた奴を投影する。
ぴっちり系戦闘服を着たJK…もといメーラ・ベルモンド。
『あら?何言ってるの?今は昼間でしょ?ジズーチ。』
「時差って知ってますか、なんなら今から授業でも始めますか?」
『そんなに怒んないでよぉ。ついでに、このか弱い女の子の頼みを聞 い て ♡』
「それじゃ、おやすみなs…」
『ご…ごめんって!今ほんとに切羽詰まってるんだから!』
「はあ…何ですか?メーラ。」
『…ウロボロスの使用許可が欲しいの…』
「!」
こいつは…一体何言ってるの…?全く理解できな…
そうか、こいつは昔っからそうだっけ。
「まずあれは試作品ですよ。まともに動くか分からないし、動いたとしてもバグが無い保証もない、仮に全部が上手くいっても、あんたの身体が持つか分からない。うちは警告しましたよ。」
『あたしは一介の兵士。この命が惜しいなんて思わないわ。』
「ふふ…こんな事聞くまでも無かったね。武運を。メーラ。うちはもう寝る。」