神隠し
ーー マイラ ーー
「クゥ……クゥ……」
………?
窓際で昼寝をしていたが、郵便受けのガサリとなる音で目を覚ました。
「新聞?」
そろそろ昼刊の届く時間かな。
コーヒーを尻尾で持って、一通り目を通してみた。
イドネア王国で大地震、死者は無し。そんな見出しが目を引いた。数枚の写真が挿入されていたが、その光景にどこか見覚えがあった。
どこもかしこも瓦礫の山ばかりであったが、ところどころに不自然な焦げ目や損壊があった。
これも天来なのかな?
「あとは…禁忌破りの大罪人シェティ=ダロ、今夜に刑が執行…」
…
私は新聞を閉じる。こういう記事はあまり好じゃない。
魔法って難しいね。どこまでが良くてどこからがダメなのか。私には良く分からない。
ーー エインツィア ーー
「………」
『【魔法暗刃】。本来は、ヴァルハラどもが闇魔力の真似事をした時の為の物なんだがな。』
踊り子…の様な暗殺者の格好をさせられる。口は布で覆われて、頭にも布がフードの様に被さっている。髪は伸び、全体的に露出は多め。砂国を連想させた。両手には妙にうねうねとした形の刃を持っていた。
「これは…闇魔法…」
シェティはあっけにとられた様な顔で私を見る。
「ねえ、ディゼ…」
『とっととやるぞ!』
巨獣の爪をひらりとかわした次の瞬間、私の体が消えた…!?
『闇の中では、闇を捉えられない。奴の魔力を消失させる力を利用したんだ。』
ステルス状態になった私は、地面にめり込んでいる爪から巨獣の体に乗り込む。
そして、軽く、風を追う様にすっとその刃で獣の首を撫でる。
“グオオオオオオオオオオオオ!!!!”
獣は一つ、耳を割くほどの巨大な咆哮を上げると、そのまま崩れ落ちていった。
刃によって刻まれた線からは、黒い霧の様なものが吹き出していた。
『二時間も経てば完全に気散するだそう。おい、帰るぞ。』
「……うん。」
シェティの方を見ると、…巨獣の骸にキスをしていた。
「すぐに会いに行きますから。待っていてください。ハインツ様…」
シェティは立ち上がると、直ぐに元来た道を引き返していく。
「置いていきますよー。」
「あ…うん…」
私の心配とは裏腹に、シェティは凄く嬉しそうだった。
「そういえば、エインツィアさん…でしたっけ。見に来ますか?」
「?」
「今日の夜の処刑ですよ。あ、エインツィアさんはそういうのは苦手ですか?」
「…………」
まるで他人事の様に、まるで何かの劇にでも誘うかの様に。シェティは微小混じりにそんな事を話した。
「…シェティは、本当に悪い人なの?」
「ん?はい。とっても悪い人ですよ。人を怪物に変えるこわーい魔法使いですから。」
結局、その後は会話は無いまま、その牢獄を後にした。
茜色に染まったさっきの平原まで戻る。
「それでは、今日の夜までには帰るように言われていますので。」
「…そう。それじゃあね。シェティ。」
そのやり取りの次の瞬間、シェティの真下にゲートが現れる。シェティがその場で軽く飛ぶと、そのままそのゲートの中に彼女は消えていった。
「…ねえ…ディゼイ…」
『…なんだ、観に行きてえのか?』
「いや…違うけど…」
『なんだよ。最高のショーだと思うぜ?俺は行くからな。』
「?」
『ま、お前はゆっくり休め。天来はいつだって起こりうるからな。』
ーー イシュエル ーー
「…………」
闘技場を改造して造られた刑場はすでに人で埋め尽くされており、その大衆の殆どが胸を躍らせているようだ。
…同族の死を享楽とするとは…人も堕ちたものだ…
「おっとすまねえ。お嬢さんの綺麗な翼に当たっちまった。」
「…?」
我の隣に、小柄な中年の男が座った。
「いやー参ったよー。こんなに人が多いなんてな。…お嬢さん、背も高いし随分とべっぴんさんだねぇ。うちの家内にはそんな綺麗な顔も翼も無いからねぇ。お嬢さん、鳥人さんかい?」
「…おま…貴方も、処刑見物がご趣味で?」
「おうよ。特にな、麻布の服が焼け落ちて、そこから肌が焼け始める間がたまんねえんだよなぁ。」
随分と気さくな男だ。酔狂な趣味を除いてだが。
「きさm…貴方には先に謝っておこ…きますね。」
「ん?何をだい?」
何かが軋む音が聞こえたかと思えば、中心の台座に木製の十字架が掲げられた。そこには麻布の服を纏った少女が張り付けられている。
…あの娘、随分と落ち着いた顔をしているな。むしろ眠そうにまで見える。
少し経てば、台座の下に松明を持った少女が現れる。
「…久し振りね。シェティ。」
「あらアイリムさん、どうも。いやぁ、貴女の婚約者の事は本当に残念で…」
「…っ!…この悪魔め…やっぱり話す事は無い。」
そう呟くと、少女は松明を十字架の下に組み上げられた木材に放り込む。
炎は瞬く間に燃え上がり、夜空を照らし始めた。油かなにかを仕掛けてあるのだろう。
「お、始まったみたいだゼぇ。さーってと、ビールビール…って、お嬢さん?どこに…」
「…その享楽は、また今度にとっておいてくれ…ださい。」
我は柵を乗り越え、その台座の目の前に躍り出た。
ーー とある牢獄管理人 ーー
囚人の処刑の立会人として、刑場の最上部からその様子を眺めていた。
「何だ?」
観客席から、有翼の女性が囚人の前に現れた。その人物が軽く指を振ると、あれほど燃え盛っていた炎はピタリと消え去ってしまった。
「…………」
女性は両腕を赤黒く実体の無い剣に変えて、囚人を縛る鎖を断ち切った。
「…くふふ…あっはっはっはっは!」
女性は笑いながら、その囚人を抱き抱える。
「あの…どちら様…」
口を開いた囚人の目に手をかざすと、囚人は一瞬で眠りについた。
「あは…いひひ…悪いな!彼女はまだ代償を払っていない!よって死なせるわけにもいかないのだ!あはは!」
俺はたった今状況を理解し、すぐに援軍を呼んだ。
囚人を抱える女性を衛兵が取り囲むが、女性の片腕だけで屠られ続ける。
「ちょっと貴女!どこのどいつか知らないけど、それをこっちに渡しなさい!」
今回の執行者に志願した冒険者、アイリムが、女性の前に立ちふさがる。
「それ…か…ははは…仮にも同族だろ!?」
女性は狂った笑い声を上げながら、その翼を広げる。
「いい度胸だ…顔は覚えておこうか…はは!」
「待って!逃がさない!」
刑場全体を包み込む程の巨大な魔法陣が現れる。しかし、女性が一歩踏み出すと、魔法陣は溶けるように崩れていった。
「な…なんで…」
「今の百万倍の魔力を注ぎ込んでも構わないぞ。我の前ではゼロだがな。」
女性は客席を乗り越えて、そのまま夜闇の空に溶けていった。
「看守長!増援が来ました!…看守長?」
「奴は逃げた。と言うより、攫われた。恐らく何らかの悪魔と契約していたのだろう。白兵専門のこの国の軍の手には負えない。」
俺はただ、奴らの消え去った夜空を睨む事しか出来なかった。
ーー シェティ ーー
「………」
「起きたか、禁忌の魔女よ。」
目を覚ますと、目の前には灰色の翼の生えた背中が見えた。
「ひゃ!地面が動く!…って、これは…鯨?どうして上空に鯨…上空!?」
「落ち着け。あまり騒ぐと酸欠になるぞ。」
その言葉を聞いた瞬間に頭を何かで殴られたような感覚がして、その空飛ぶ鯨の上に仰向けで倒れてしまう。
「あ…もう一匹向こうに居るのね…」
「ああ。大人数でも大丈夫な様にな。」