まあ、番人が主人に勝てる訳が無いか
「ん…んん…」
『無駄だ、今の俺は魂だけの存在、三次元物質の干渉は受けない。お前の肩を傷つけるだけだぞ。』
引きなはそうとしたけど、やっぱり駄目らしい。
掻きむしった肩を落とす。
『言ったろ。俺たちを分かつのは死だけだ。それに、今のお前が俺と同等の力を持ったとすれば、不摂生を重ねても2000才はその姿で余裕だな。』
「…お前じゃない、エインツィア。」
『とは言え、』
ディゼイはひょいと、私の体から飛び降りる。
『ある程度までなら離れられる。しかし…』
ディゼイはピョコピョコと私から離れていくが、ある地点から壁の様なものに阻まれていた。
『この様に、お前からある程度以上は離れられない。』
「…じゃ、せめて…」
ディゼイは無い目で私の方を見ると、口をぽっかりと開く。
『なんだその見窄らしい姿は!俺の宿主として相応しい格好をしろ!』
「はぁ…?」
絹のワンピースに皮のサンダル、そこに大人用の外套を羽織る。
私のいつもの姿だ。
『待っていろ!シンデレラの魔女顔負けのコーデを見せてやる!』
「しん…でれら…?」
ディゼイの口からは、いつもよく分からない単語が度々出てくる。
私は、ディゼイのいた部屋から少し離れた岩の丘の上に移動する。
ーー ディゼイ ーー
真っ黒だった少女の腰まである長い髪と瞳は、魔人の力の影響で薄い赤紫色に染まっていた。
俺は少女の皮膚から体内に飛び込む。
「!」
『ちょっとじっとしてろ。』
少女の体に宿る膨大すぎる魔力を少々拝借する。
減った魔力は一瞬で再生される。
「…ねえ…何してるの…?」
『もうちょいだ!』
俺は少女から抜け出し、そいつの様子を見ていた。
少女の服は光を放ち始め、数々の変化を見せた。
「!」
『どうだ…我ながら自信作だ。』
黒に赤いラインの入ったセーラー服だ。計算をミスって上部は少々短めで、ちょっとした動きでへそが見えてしまうが、まあいいだろう。
外套は分厚い皮の黒いコートに変わっている。
「ねえ…何これ…」
『俺の故郷を思い出すな。完璧だ。』
これなら“変真“にも対応出来そうだ。
ーー 再びエインツィア ーー
なんだろう…この格好。
確かに前よりは暖かいし…なんとなくお洒落には見えるけど…
「スカート…短い…」
『あん?寸法はそれで合ってるぞ?』
「………」
そのセーラー服と呼ばれた奇妙な服装を、ディゼイは満足そうに眺めていた。目も付いてないのに。
『まあ、お前のスキルを把握しなかった俺も悪いとは思っている。苦しませず一瞬がポリシーなんだがな…』
「?」
『いや、数日経てば分かるさ。それよりも、宿主が家無しじゃ格好がつかん。』
「ねえ…なんで、私に協力するの?」
『言ったろ。運命共同体だってな。』
その時、発掘作業中の地面から巨大な石の塊が現れる。
『ストーンゴーレムか、俺の封印機構の番人の生き残りだろうな。』
眼下の作業現場の空気は一気に変わる。
「モンスターが出たぞ!」
「魔力を帯びた石には用心しろと言ったろ!」
悲鳴や怒号が響く。ストーンゴーレムの性質上、ここまでは上がって来れないけど。
「……」
『おい、なんだその目は。掘り返したあいつらの自業自得だろ。』
「………」
『はあ…これだから人間は…おい、今から俺はお前の体の事を全っっっっったく考えないぞ。』
ディゼイはその姿を、一本の刀に姿を変える。
その刀からは、数本の黒いリボン布の様な物が放たれる。
「ひえ…」
元着ていたセーラー服が瘴気の様になり、そのリボンと共に私を包み込んで行った。
服装が変わり、さっきよりだいぶヒラヒラした格好になる。
『真崩刀巫エインツィアだ。気に入ったか?巫女服と武士装束の要素を足してだな…』
「………」
今は細かい事を気にしている場合では無い。
刀を構えて丘から飛び降りる。
どうやら体格も少し変わったらしい。いつもより少々大人な身体だ。
「あ…貴女は…」
「ここは引き受けます。皆さんは逃げて下さい。私は冒険者です。」
作業員たちは逃げて行く。
ストーンゴーレムの拳…もといただの巨岩が振りかざされるが、私はそれを刀で受け止める。
キチキチと音をたてて、拳は地面に着く前に静止する。
『すまん…まさかそいつと戦うとは思っていなくってな、もうちょい相性の良い形態でも良かったんだが…』
なんだか、とても嬉しい気分だ。
無力な私じゃ無いって、そう思えた。
私は少し離れて、ストーンゴーレムの姿を確認する。
本当に簡素な作りらしく、ただ掘り出した岩をくっつけて人型にしただけに見えた。くすんだ茶色で、私の二十倍は大きかった。
『へっ。一体どんだけ手ェ抜いたらこんな粗大ゴミが出来上がるだよ。』
刀の姿のディゼイが毒を吐く。
いや、モンスターを作れた事自体凄い事なんだけど…
『よく聞け、ストーンゴーレムってのは、動かすのに必ず核が必要だ。この様子じゃ、あの大胸筋のつもりらしい岩だ。雑なメッキだが、あの中に魔石がある。』
ストーンゴーレムの拳が再び振り下ろされる。
今度は受け止めずに、バックステップで回避する。
巨大な地鳴りと共に、その拳は地面にめり込む。
破られる様に隆起した地面と、巨岩の拳を順に飛びつぎ、岩石の腕を一気に駆け上がる。
『危ねえぞ!』
刀が叫ぶと同時に、巨岩の頭からは白い光線が放たれる。
私は光線を刀で受け止めるが、衝撃が強く吹き飛ばされる。
バク転で受け身を取り、腕にあたる部分の半ばに着地した。
『お前バカか?どう考えても普通じゃない!』
「馬鹿で…結構!」
再び光線のチャージを始めた巨岩に向かって駆け、思いっきり刀を差し込む。
不可解な高音の破裂音と共に、ゴーレムの頭は吹き飛んだ。
巨体がよろめいた隙に、その魔石があるらしい胸部の岩を一刀両断。
『おい…本当にやりやがったぞこいつ。』
「駄目だった…?」
『普通峰打ちで砕くだろ!何考えてんだ!』
「そうなの?」
ガラガラと崩れていく大岩を眺めながら、とある決心をする。
「ねえディゼイ…嫌なら良いんだよ…?その…」
『何だ?告白か?』
「違うよ…その…この力って、君の…だよね。」
『ああ、勿論だ。お前にこんなスキルはないだろう。』
「冒険者、続けてみたいな。君と一緒に…だから、君の力を貸して欲しいな。」
少しの静寂の後、ディゼイは文句を言う。
『お前、本当に図々しい奴だな。そんなの…いや、待てよ?』
次の静寂の後は、随分と違う反応を示した。
『良いだろう。喜んで引き受けようか。』
こんなにすんなり行くと、逆に怖くなってくる。