魔女
ーー エインツィア --
一見すると物静かな少女だが、その服装は、なんというか少々奇抜であった。長い鳶色の髪の毛を下ろし、赤色の瞳。大きな魔女帽子に、二の腕から始まる袖。通常の魔女法衣だが、お腹の部分には大きな何かで引き裂かれた様に空いており、それをそのまま着ていた。当然お腹は見える。
買い換えるお金が無いのか、はたまた気に入っているのか、色々な憶測が私の中に生まれては消えた。
『…よっと、戻ったぜ。』
「どこに行ってたの…?」
『ちょいとあの天使のとこだ。天来に…って、今のお前には必要ない情報だな。ん?』
すると、ディゼイは戻って早々、シェティちゃんの首元に近ずいた。特に何もないけれど…
『おい…こりゃ…』
「あ、貴方には分かるんですか。でしたら、どうか今は内緒にしていて下さい。お願いです。」
『………なかなか肝座ってるな。』
シェティさんはディゼイに少し微笑むと、私の方に向き直る。
「ここであったのも何かの縁ですし、ちょっとクエスト手伝ってくれませんか?私一人では無理みたいなので…」
「……いいよ。」
特に何も考えもせず、私はその答えを導き出す。
『……いいぜ。一緒にいてやれ。』
「?」
怒られるかと思ったけれど、ディゼイの反応は意外なものであった。
「あ、ありがとうございます。私、仲間がいたのでAランクまでには上がれたんですが...一人では何もできなくて.....」
「…?」
何か訳がありそうだが、とりあえず私は、彼女のクエストに同行する事にした。
「ジズーチ、貴女はどうする?」
「う…うちですか!?うちはここに居ますよ。訳わかんないクエストで死んじゃいたくは無いですからね。」
「そう、わかった。じゃあ言ってくるね。」
ーー イシュエル ーー
「ひー…ひー…やっと、終わったか…」
『ガガ…ご苦労さん。天使さん。』
「これは…あと何回続くんだ…?」
『心配するな。3回目で逆流のくすぐったさが完全に取れるー…はずだ。』
「ほお。」
我は今、まだ黒煙の立ち込める瓦礫の山の上に居た。人間は皆逃げ去り、天使の骸、神の残滓が、そこらに転がっているだけであった。
「…堕天と言うのも、悪くはないものだな。」
『なあ、ちょっと頼みがあるんだが。』
「?お前が我に?奇怪だな。我が主に頼めばいいだろう。」
『お前にしか出来ない事だ。頼む。』
ディゼイの態度は、いつもの威張り散らかした物とは違った。
我は少し、興味が湧いた。
「…成る程…聞いてやろう。」
ーー エインツィア ーー
クエストの場所に案内をすると言って、彼女は私達を案内し始めた。
町を出て、しばらく何も無い平原を歩くと、そこには巨大な湖と、その真ん中に建つ見慣れない建物が現れた。
「私、もうすぐ焼かれちゃんです。」
「?」
ふと、シェティがそんな事を呟いた。
「焼かれる?一体どう言う…」
すると、シェティは自分の首筋を軽く撫でる。指が触れた瞬間、黒い薔薇の刺青が首筋一杯に咲き誇った。
「!…これ…」
「はい、なんて言うか、私、死刑囚なんです。あんまり大勢の前では言えないですが。」
「………」
「そんなに警戒しなくっても良いですよ。採って食べたりはしませんから。」
すると、シェティは担いだ杖を手に持ち、軽く氷魔法を唱える。
湖に氷の道が現れ、私たちはその上を歩き始めた。
「ねえ…怖くないの…?」
「何がですか?」
「その内死ぬって決まってるんだよ?」
シェティはくすくすと笑いながら答えた。
「そんなもの、誰だってそうじゃないですか。貴女も、私も。ただそれが早いか遅いかの違いだけですよ。」
「…でも!……でも…貴女が悪い人には見えない…」
「人は見た目が全てじゃないですよ。それこそ、貴女だってそうじゃありませんか?」
私はそれ以上何も答えられないで、しばしの沈黙が氷の橋の上を包んだ。
そして、そのまま私達は、湖の真ん中の何やら厳しい建物の門の前に立った。
シェティは、その重厚な鋼のドアを軽く叩くと、ドアはギシギシと重苦しい金属音を立てながら徐々に開いていった。
「行きましょう。心配要りませんよ。ただの魔物退治ですから。」
その錆びた鉄の匂いが立ち込める巨大な建物の中に入っていく。どうやらここは、今は使われていない牢獄のようだ。
空っぽの牢屋を、一つまた一つと通り過ぎ、螺旋階段で下へ下へと降りていく。
すると、次第に何処からか轟音が響き始めた。何かをぶつける音、咆哮、それはシェティについていく程に強まっていき、その鉄の壁の前に立った時、その轟音は最高潮に鳴り響いていた。
「………」
「こちらです。この先に、彼が待っています。」
シェティはそういうと、短刀で軽く指に傷を付ける。一滴の血を、壁にトンとつけた瞬間、轟音がこちらの壁に向かっているのが聞こえた。
ボコンボコンと、分厚いであろう鉄の壁にコブが現れ、次の瞬間には、巨大な鉄板が宙を舞った。
「グルルルルゥゥゥゥ…」
赤い眼光、漆黒の体毛、大きな翼を持つ雄獅子。大きな家をを二つ並べても余るほどの巨大なそれは、まっすぐと私達を見下ろしていた。
「…ただいま戻りました。さ、後であの世で会いましょう?地獄に行くのは私だけかもしれませんが。」
微笑混じりで、シェティはその怪物に語りかける。
『……嫌な予感がして戻ってきたは良いが…』
「戻る?移動できるの?」
『どうやら、契約者の元に移動できるらしい。この姿も不便ばかりじゃねえな。』
ディゼイはその怪物の方を見る。
『虚無…』
「え?」
『闇魔力の3つの構成要素の1つだ。虚無、万物以下の力。全てを虚無に帰す。理由は解らない、ただあの獣から、僅かだがその力を感じるんだ。』
シェティは少し落胆した様子でディゼイの呟きを聞いていた。
「なるほど…所詮は因子の一つを再現しただけだったのですか。」
『お前…何者だ…?』
その時、獣が咆哮と共に黒い瘴気を放つ。瘴気に触れた金属は、魔導保護が解けたのか、次第に錆び、風化していった。
「つまり、あれは私達と同じ…」
私は思いついた事をディゼイに話してみるが、すぐにシェティがいることに気づいて躊躇する。しかしディゼイはためらう事無く説明を始めた。
『本来ヴォイドは性質だ。金属が電気を通すとか、水は放っておけば蒸発するとか、それと同じだ。ただあれは違う。あれは性質を性質ではなく、技としてでしか出せない。それも微弱だ。』
と、不意に獣はその巨大な爪を私達に向かって叩きつける。その獣の爪は僅かに紫色に光ると、周囲の鉄は溶解した。
『ただ、あのでかい図体と尋常じゃない火属性魔力が合わされば、厄介なことにゃ変わらねえ。』
シェティは魔法を唱え、無数の氷槍をその獣に飛ばす。しかし獣の放つ瘴気に触れた氷槍は、瞬く間にただの水と化して周囲に降り注いだだけであった。
「やっぱり私ではダメみたいです。」
シェティは私の方を見る。その瞳には期待の様な光が宿っていた。
『どーせあいつは死ぬんだぜ?隠したって仕方ねえだろ。』
「…ディゼイ、なんか変。」
『お互い様だろ?』