ルナティック
『ああ、そう言う事か。悪い、それはきっと“戻し”だ。』
伸びたジズーチと、ディゼイの暴走に巻き込まれて倒れたミノタウロスを運んで街まで戻った。
納品を済ませて家に帰ったところだ。
「も…戻し?」
『俺みたいにうん万年生きてると、ふとした拍子で記憶とかが100年単位で戻る事があってな。』
ディゼイは、絆創膏だらけになった私を見ながら何食わぬ顔でそう語る。
いや、顔が読み取れる訳じゃないんだけど、何となく分る気がするんだ。
「で、ベルゼブブって何?ローグって誰?」
『あーっと…恐らくだが2300年前の俺に当たったらしい。その頃はまだ人が暴れ回ってた時代でな。ローグってのは、まあちゃらんぽらんな人狩りの獣人だったな。』
「人狩り?それって…」
その時、奥の部屋からゴソゴソと音がしてきた。
痛む身を起こして、その部屋の様子を見に行く。
「ひゃあ!ま…またあの化け物になったりしないですよね!?」
「ごめんね…あれは事故みたいな物だから。」
ジズーチが目を覚ましていたが、かなり取り乱している様だ。
「ひい…憂さ晴らしついでに、遺跡で見つけた武装のテストじゃなかったら、一体どうなっていたか…」
部屋の隅に置いてある数々の武具の塊に目をやる。
手当の為にジズーチから取り外したが、その重量にはかなり手こずった。
何に使うかわからない鉄板の様な物から、貫禄ある古びた銃などの塊で、バッグの様に背負う仕組みらしい。
ジズーチはこの細い体で、一体どうやってこの重量に耐えていたのだろうか…案外力持ちなのかもしれない。
『うお、これ以外とうめえじゃねえか!』
ディゼイは、ジズーチの腰に巻いているコートのポケットから土色のブロック状の物を食べていた。
霊体は三次元に干渉出来ない筈だが、ディゼイ曰く“食い物は理屈とは別”らしい。
「あ…あんまり食べすぎないで下さいよ、それ一個で一週間は何も無くても大丈夫ですからね。」
コートのポケットから膨れたディゼイが出てくる。
多分全部食べたんでしょう。
『むしゃむしゃ…ほう、身体能力増強のバフがかかるのか。これならあの重武装も使いこなせるな。』
一体どこに消したのか。
ディゼイの質量が戻るのを、ジズーチは苦笑い混じりで眺めていた。
「あの、うち一体ここで目を覚ますの何回目でしょうか。あれ…?うち、失神キャラになってるのって全部あんた達のせい…」
『気のせいだ。』
「…ですよね。あの、色々考えたんですけど…あれ…あの…あれですよ。」
突然ジズーチは縮こまり、もじもじしながら話し始めた。
心なしか赤面している様に見える。
「ん?どうしたの?」
「だから…あれですって、その、うちも入ってみたいんですよ…結社…」
『ああ、そういう事か。だってよエインツィア。どうする?』
流石に3回目ともなると、この流れには慣れたものだ。
ただ一つ違う事は…
『………』
「………」
真夜中、開け放たれた窓からは夜風が舞い込み、真っ白なカーテンはひらひらと踊る。
真っ暗な部屋を月光が照らし、空には一回り大きな満月が登っていた。
『まぁ雰囲気出るにも程があるなぁ。』
ジズーチはベッドから出ると、私の前に音も無くゆっくりと歩み寄る。
そして、二本の指で眼鏡をつまむと、そのまま外してベッドの上に放り投げた。
「なんと無く、よく見えない方がいいと思ったので。」
ジズーチがさらにもう一歩近づいた時、まだ疲れが抜けていないのかよろめいてしまった。
前のめりに転びそうになったのを、私は体で受け止める。
私の胸の辺りにジズーチの顔が当たって、彼女は慌ててそこから顔を離した。
何故か両手が恋人繋ぎの様になり、ジズーチはそれを外そうとしなかった。
「………」
私はジズーチに顔を近づけようとしたけれど、ジズーチは何かに怯える様に顔を離す。
一歩進み、一歩下がり、月光に照らされたそれは、静かなダンスの様だった。
恐らく本人は気付いていないが、彼女の体に巻かれた包帯が緩み始め、あちらこちらから白い肌が見えてしまっていた。
ジズーチの手に、ほんの少しだけ力が入る。
「ん…」
「ふぐ…」
接続は完了。あとは…
「ぶはっ!」
不意にジズーチは唇を離してしまう。
倒れ込み、ジズーチは咳き込みながら紫色の電雷の走る唾液を吐き出す。
「ず…ずみません…初めてなもんで…」
ジズーチは再び立ち上がり、私に向かい合わせになる。
若干涙目になっており、先程のトラウマで前に踏み出せずにいるらしい。
私はだんだんとじれったくなってきた。
「んん!」
「ふぐ!?」
ジズーチの頭を後ろから手で押さえて、ちょっとだけ無理矢理接続した。
一瞬だけ離そうとしたけれど、直ぐにその後ろ向きの力は消える。
そのまま伝授…そして、乖離。
「ぷはっ…」
「くふぁ…」
やっぱり、一人一人血の味は違う物なのかもしれない。
私は自分の唇を拭う。
ジズーチはフラフラと目を回してベッドに飛び込む。
「ふう…」
私もなかなか疲労したので、ジズーチと同じベッドで眠った。
大きな家の割には、ベッドが一つしか無かったからだ。
◇
ーー ジズーチ ーー
「ん…?」
あれ…うち、昨日どうしたんだっけ…
隣で寝息をたててる美少女は誰…って、エインツィアだった。
「ん?という事は夢じゃ無い…?」
うちは慌てて近くの鏡の前で、自分の舌を確認する。
光る軌跡で、鰻のモチーフがしっかりと刻まれていた。
『まあいくつか忠告すると、舌に大怪我を負ったりすれば、刻印が消えちまうからな。あと、例え心臓を差し出してでもその舌は守れよ。絶対だからな。』
「うわ!エインツィアの使い魔!」
『誰が使い魔だ!全く…それは鰻の印。まあ見ての通りだ。』
「ええ…ウナギ…?もっとかっこいいのが良かったです…」
『何言ってんだ、“巡り滑り操る者“お前にぴったりじゃ無いか。少し練習すりゃ…』
すると、うちらの話し声が大きかったのか、エインツィアがもぞもぞと動き始める。
「ううん…くう…」
ディゼイはそれを見計らうと、エインツィアのおへその辺りから入り込んでいった。
エインツィアの動きが少し止まったかと思うと、パッチリと目を開けた。
「『ふはははは!これで自由に動き回れるぜ。』」
「え?あの…」
「『俺だよ、ディゼイだよ。エインツィアが少し休んでる間に身体の主導権を借りただけだ。』」
「へ…へえ…」
エインツィアの身体…二人分の疲労を溜めてるんだ…
「『んじゃ取り敢えず、まず服でも包帯でも着直せ。それはもうダメだぞ。』」
「ん…?わああ!」
い…いつのまに解けて…
「ぎゃあああ!見ないで下さいぃ!」
えっとえっと、どうすれば…
「『ようし、そういう事だったら俺に任せておけ!』」
上着を着せた後、ディゼイはうちの手を引いて外に連れ出した。
ふぎゃあ…人多い…気分悪い…
「『おいおい、お前、せっかく可愛い顔してんのにフードで顔隠しちまったらもったい無いだろ?』」
「コミュ障はそういう問題じゃ…か、可愛い!?嘘言わないで下さい!」
「『嘘じゃねえさ。お前の何千倍も生きている俺が言うんだから間違いねえ。だろ?』」
そう言って、ディゼイは指でうちのフードを弾いて払った。
「うわ!」
「『なあ?そうした方が視界も広がるし、むしろ目立たないぞ。ほら、こっちだ。』」
手を引かれて、たどり着いた先は…
“カラカラーン…“
「いらっしゃいませ。ごゆっくりお選び下さいね。」
アンティーク調の室内。木造りの柱。そこはかとなく香る香水の香り。
立ち並ぶは着飾ったマネキン達…
「『さてと、俺のコーディネート術、見せてやるぜ。』」