身体洗おうとしたら世界を救った
「へぇ。まーたこんなとこに顔出しやがって。邪魔なんだよ席開けろ!」
「あ…」
鎖帷子姿の大男が、椅子に座る私を強引に掴むと、片手で持ち上げられそのまま地面に叩きつけられた。
今どいたはずなのに。
「ぐう…」
「いい気味だ。おいお前ら!席が空いたぞ!」
ぞろぞろと男の仲間らしい人達が集まり、あっという間に私の席は無くなってしまった。
「おいお前達、ここは冒険者以外立ち入り禁止だぞ。」
ギルド職員が止めに入る。
「うるせえ!俺はこいつなんかよりもずっと冒険者に相応しい!そうだろ?」
周りから賛成の声が上がってくる。
私は立ち上がろうとする。
「おい!」
「?」
振り返り際、男に思いっきり右の頬を殴られる。
鈍い音がして、危うく意識が飛びそうになった。
「出てくのはお前だ!この汚ねえガキめ!」
ギルド職員は何も言えずに、黙ってその様子を眺めていた。
痛みで涙が滲むのをこらえながら、私はギルドから逃げる。
「はあ…」
ため息を吐きながら、陰鬱な帰路につく。
今日も、クエスト一つ満足にこなす事も出来なかった。
思えば、私の14年の人生、ずっとこんな感じだ。
物心ついた時には、もう既に孤児院暮らし。劣悪な環境だったし、暴力やら虐待やらも酷かった。結局告発されてその孤児院は無くなったし、他の子は引き取り手が見つかったけど、私はいくら待っても見つからなかった。結局、特例として無理やり冒険者にされて厄介払いされた。
帰路と言っても、別に私の家があるわけでは無い。
夜を明かすのは、決まって路地裏か空き家の中。まあ、環境は孤児院とあんまり変わんないけど。
「………」
おもむろに手を広げてみる。
いつも通り、白っぽい靄が少しだけ現れただけだった。
私のスキルは、【闇魔力吸収】。闇魔法はもう数千年も前に消え去ったらしい。
つまり、実質私は無能力者。なんの役にもたたない。
…仮に闇魔法が現存してても、この力は一回きり。
…もう死んでやろう…いつもそう思う。
今日は手近な路地を見つけると、私がいつも羽織っている外套を布団がわりに眠りについた。
汚いガキ…今の私にぴったりだ。
◇
朝日が昇り、私は目を覚ます。
十中八九身体は汚れているので、町外れの森の中の池に出かける。知っているのは私ぐらいの秘密の場所だ。
『ガン!ガン!ガン!』
「あーあ…」
池は埋め立てられ、付近の地面には無数の大穴が開いていた。
森もすっかり荒らされて、見る影も無かった。
孤児院時代からの付き合いだったため、若干心に引っかかる所はあった。
仕方なく立ち去ろうとした瞬間だった。
『ボゴン!』
「きゃ!」
地面が抜けて、その下の空洞に落ちてしまった。
『ドシャ!』
かなり深く落ちたらしい。
骨が折れたかと思った。
「……?」
深い割には随分と狭い部屋だ。
まさかこんな遺跡が隠れていたなんて。
後ろにはかなり弱った結界が張られており、私の前には一つの石棺があっただけだった。
『ゴロゴロゴロ…』
私の落下した衝撃によって、近くの石柱が一つ倒れる。
倒れた石柱は石棺にあたり、石棺の蓋が砕ける。
「ご…ごめんなさい!」
せっかく安らかに眠ってたのに…
あれ…?なんか石棺から黒い靄が溢れてくる。
『スー…ハー…数千年振りだ…外気に身を交わらせるのは』
「…ごめんなさい。」
その靄に許しを請う。
『我を解放した褒美だ…世界を闇と絶望に染める前に、貴様を一番に冥土に送ってやろう!』
「……」
この世に未練は無い。そういう事なら運命を受け入れるしか無い。
『ギイイイィィィィイイイ!』
黒い靄は魔人の様な形になり、指先から赤紫色の光線が放たれる。
これなら即死だろう。
「……?」
私とその光線の間を、白い靄が挟んでいた。
まさか…この光線って…
『何故だ…何故闇魔力を防御出来る!』
「……あ。」
私のスキルは、光線を全て吸い尽くす。そのまま、その黒い魔人も吸い始める。
『ぐあああああ!くそぉ…こんな小娘にぃ!我が叶わぬと言うのかぁ!」
「なんか…ごめん…」
魔人は跡形も無く、魔力となって私に吸収された。
一回きりの能力の、最高の使い方だ。
誰にも見つからない様に、落っこちた穴からよじ登っていった。
なんだか自信が持てた。
根暗な考えはやめよう。
早くには今日にも冒険者なんてやめて、そうだな…森で自給自足なんてどうか。
「ん?」
何か、肩に乗っかってる。
黒い塊に見えるけど、実体は多分無くて、ギザギザの白い歯みたいな物がついてる。
『くそ!こんな屈辱は7万8000年で初めてだ!』
「あれ…君って…」
『俺は…気高きイービルスピリットキング!ディゼイだぞ!』
「ねえ、そろそろ離れてくれない?」
『無理だ。貴様の吸収魔法を受けた今、俺と貴様は運命共同体だ。』
「なにそれ…気持ち悪い…」
『こっちの台詞だ小娘!数多の次元を渡った俺が、こんな所でお前の老衰をを待つだと!?なら、多少時間がかかってもあの封印が消滅するまで待つ方がまだ良い!』
右肩で喚き散らすディゼイを見ている。
なんだか面倒なことになった。