6、再会
教壇でひとり芝居を続けている入澤章裕の言葉など、ボクの耳には届いていなかった。
彼女がこの教室に居るなんて、そんな妄想じみた事があるはずはない! そうは思いながらも、ボクの視線と心はその後ろ姿に支配されていた。
生徒達が席を立つガタガタという音が響いた。どうやら入学式のために講堂へと移動する時が来たようで、生徒達は整列するために廊下へと移動を開始したのだ。
ボクの見詰めていた後ろ姿も他の生徒と同じように立ち上がり、ゆっくりと振り返った。そしてボクを……、その澄んだ大きな瞳で見詰めたのだ。頬にはほんのりと天使のような微笑みをたたえて。
彼女だ! 本当に彼女だった。
彼女が茫然と立ちすくむボクの方に、ゆっくりと歩み寄ってくる。微笑んでいた彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ出す。彼女はボクの直前まで進んでも、その動きを止めようとはしなかった。そのままボクの胸に突き進んでくる。ボクは彼女の柔らかな身体を抱き留めた。
「会いたかった」
彼女はそう言いながら、潤んだ瞳でボクを見上げた。
ボクと彼女は抱き合ったまま視線を絡み合わせる。かのじょの目が閉じられるのを合図に、ボクたちは唇を重ねた。
教室中の生徒達が歓声をあげた。この瞬間、ボクと彼女が恋人同士であることは既成の事実へと昇華したのだ。担任教師の入澤章裕も、「おお、初日からかよ! まあ、こればっかりはどうしようもないよな」などと言いながらボクたちの関係を認めてくれた。ここはなんと住みやすい世界なんだ!
ボクと彼女は互いの手をしっかりと握り合い、同級生たちの羨望の視線を浴びながら講堂へと向かった。
講堂の入り口に整列して、新入生入場の時を待っていた。
「ボクがこの学園にいることを知っていたの?」
「ええ、苦労して探したのよ」
「よく見つけてくれたね。嬉しいよ。カサブランカの香りだね」
「カサブランカリリーって言う香水よ。この香りならきっと見つけてくれると思って……」
「素敵な香りだ。この学園にボクがいることは両親も知っているんだろう? よく許してくれたね」
「あのときはごめんなさい。あれから色々あったけれど、私のこと……両親もやっと理解してくれたわ」
彼女がボクに笑顔を向けたとき、地面に落ちた桜の花びらを舞上げながら、春風がボクたちにいたずらを仕掛けてきた。風と共に生徒たちのスカートが一斉に吹き上げられたのだ。
「キャ!」
華やいだ悲鳴と共に、入場を待っていた生徒達は一斉にスカートを押さえる。ボクと彼女もしっかりと手をつないだまま、空いている方の手でスカートを押さえた。
いたずらな風が通り過ぎるとボクたちは、笑顔で見つめ合い軽い口づけを交わした。
講堂の扉が開かれ、アナウンスが聞こえてきた。
『桜坂女子学園高等部 新入生たちの入場です』
講堂から大きな拍手の音が流れ出てきた。ボクと彼女は手をつないだまま、希望に向かって歩き始めた。
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