5、後ろ姿
前の学校ではひどい扱いをされていた。いわゆるイジメが公然と繰り広げられていたのだ。教師達は見て見ぬ振りと言うより、当然の結果だと言わんばかりの対応だった。
この学園に編入して、そのようなイジメは無くなった。この学園では、ボクと彼女のような件に対してかなり寛容な面が見られたのだ。
校内での恋愛もあちらこちらで見かけられた。公然と手をつないだり、腕を組んで歩いたりする姿はごく普通に見かけられた。戯れ事なのか本気なのか不明だが、校内でキスを交わす者までいる始末だ。転校当初は、まるで異世界に迷い込んだ気分だった。
ボクに興味を示してくれる娘も幾人かいた。その中のひとりは、学園でもトップクラスの人気を博する美少女だった。しかしながら、ボクは彼女の事を忘れたわけではない。引き離され、彼女への想いはますます大きくなっている。いわゆる『寝ても醒めても……』と言う状態だった。そんなボクの心が彼女以外の娘に動くはずもなかった。誰もが憧れる美少女の誘いに動じないボクは、何時しか変わり者と言うレッテルを貼られてしまったのだ。
レッテルのおかげで煩わしいお誘いはなくなったのだが、同時に友人となるような人間もいなくなった。そんなわけで、高校初日の教室で話をするような相手すらいない状況となったわけだが、それでもこの学園は天国のような環境だった。彼女が居ないことを除けばだけれども……。
ボクは目を閉じて大きく息を吸い込み、春風に混じるカサブランカの香りを嗅いだ。
『このカサブランカの香りはどこから漂ってくるのだろうか?』
風向きから察すれば斜め前方からだろう。ボクは目を開き、香りの漂ってくる方向に視線を移した。周囲の状況を漠然と眺めようとしただけのはずだったのに、ボクの視線と思考はひとりの女子高生の後ろ姿に引きつけられた。
ボクの席から一列左の二つ前、カサブランカの香りはそこに座っている女子高生から漂ってきているようだ。
制服のセーラーカラーにかかる、ほんのり茶色がかり柔らかそうに緩くウェーブした髪。その後ろ姿にボクの心はざわめいた。
『あの後ろ姿は……』
当時は腰まで届きそうな長さだったが、斜め前方に見える後ろ姿はセーラーカラーを隠す程度の長さになっている。だが、ボクには彼女の後ろ姿であるとしか思えなかった。