4、離別
彼女の部屋で二人きり、見つめ合ったボクたちは他の恋人同士と同じように、ごく自然な流れで唇を重ねた。なんとも表現のしようのない幸せがボクの中に流れ込んでくる。
何度も何度も唇を重ねた。抱き寄せた彼女の身体は柔らかく、まるでボクの中に染み入ってくるようだった。カサブランカの香りが充満する彼女の部屋で、ボクと彼女の幸せな時が流れていた。
突然ドアが開かれ、冷えた空気と共に悲鳴に近いお母さんの声がボクたちの耳に響いた。
「あ、あなたたち……何をしているの!」
ボクと彼女は慌てて身体を離した。真夏の暑い部屋の中で、冷房も無いまま抱き合っていたボクと彼女のシャツは、互いの汗でびっしょりと濡れていた。そんなボクたちを茫然と見詰めていたお母さんは、我に返って慌てた様子で階下へと去って行った。
すぐに彼女のお父さんが部屋にやってきて、「ふたりともリビングへ来なさい」 そう言うなり、再び階下へと消えていった。一秒たりともこんな場所に居たくないと言った様子だった。
リビングへと降りていったボクたちを待っていたのは、永遠に続くのではないかと思われる叱責だった。その内容は、ボクには全く理解の出来ないものだった。いったい何がいけないのか? まだ中学生だから? それとも……。
濡れたシャツがエアコンの冷気で冷え、やがてすっかり乾いても叱責は続いた。彼女のお父さんは僕たちの愛を完全に否定した上、ボクの両親までをも悪し様に罵った。その間、彼女は泣きじゃくっていたが、ボクはお父さんの目をまっすぐに見詰めたまま、ボクたちの愛が認められない不条理を嘆いていた。
やがて解放されたボクは、今後一切の彼女との接触を禁止されたのだ。お父さんの怒りと憎しみに満ちたボクへの叱責を思えば、その程度の罰は仕方がないのかも知れないが、彼女の両親の行動はそれだけでは済まなかった。学校のみならず、街中の至るところでボクやボクの家族のことを悪く言いふらして回ったのだ。
おかげでボクは、学校でも街中でもまるで異常者扱いをされるようになった。今まで仲の良かった友達からも無視され、ボクの居場所は無くなった。
そんな状況が数ヶ月続いた後、ボクはこの町を出て行くことになった。母方の祖母の家に預けられることになり、祖母の家に近いこの学園に編入することとなったのだ。
厄介払いという形での転校で彼女と離れ離れになったわけだが、ボクが辛い毎日から解放された事は幸いだったのかも知れない。あのまま前の学校にいたなら、耐えきれなくなったボクの精神は壊れてしまっただろう。