1、坂道
青空を覆い隠すように頭上に広がる桜の枝。満開を過ぎた今、花びら達はむなしく路上に横たわり、散り残った花弁と芽吹いたばかりの新葉の隙間から、春の日差しがこぼれてくる。
この桜並木の坂道を通り抜けた先に、今日からボクが通う高校がある。そう、今日は入学式なのだ。
真新しい制服に身を包んだ生徒とその両親たちの群れの中、ボクはひとりで坂道を上っていた。
この学園は小学校から高校まで併設されていて、小学校と中学校は坂の下にある。新入生の約半分は小学校からこの学園に通っている者たちで、残りの半分が高校から入学する生徒たちだ。ボクはと言えば、中学二年の秋にこの学校へ編入した為、ちょっと特殊な存在だった。
高校からの入学者は、入試や面接などで既にこの坂を経験済みなのだが、付属中学で選考を済ませたボクにとって、この坂道を上るのは初めてだった。
春とはいえ日差しは強く、冬の制服で坂道を上るには暑すぎるくらいだ。もう少し満開が遅れてくれれば、梢から舞い降りる花吹雪が壮観なる風景を創り出すのだろう。などと想像しながら坂道を上っていた。
しかし、そんな美しい光景を想像し続けるには、この坂は長すぎる。毎日この坂を上るのかと思うと気が重くなる。何時しかボクの想像はネガティブな妄想へと移行していった。
真夏の坂道で全身から汗を吹き出しながら坂道を上る。頭上の桜の葉が日陰を作ってくれているが、酷暑の中では『焼け石に水』と言うヤツだ。まるでボクの登校を阻止するかのように、汗にまみれた制服が足にまとわりつく。
妄想はさらにエスカレートして行く。
雪の積もった真冬の坂道。頭上の桜の枝から落下する雪の塊に驚いたボクは、凍り付いた路面に足を滑らせ、折角上ってきた坂道を麓まで滑落する。雪まみれになったボクは、坂の頂上を恨めしげに見上げ、世の不条理を恨むこととなるのだろう。
ボクの妄想が極限に達した頃、やっとの思いで学園の門へとたどり着き、最悪の精神状態と疲労した身体を抱えながら校舎の入り口へと向かった。
初めての校舎に戸惑ったボクは、やっとの思いで教室にたどり着いた。教室内を見渡すと、ほとんどの生徒は既に到着しているようだ。他の生徒たちは迷うことなく、ここへたどり着いたのだろうか? ボクは自分のネームプレートの置かれた机を見つけ着席した。
教室内は友人と楽しげに話している生徒達によってざわめいていた。しかし、そんな生徒は全体の約半数で、残りの半数はひとり静かに座っている。前者は中学から上がってきた者たちで、後者は高校から学園の生徒となった者たちなのだろう。
ボクは中学からこの学園にいるわけだから、友人たちと楽しそうに話している側のはずなのだが、中学二年生の秋にこの学園へと編入したボクは、学園に馴染めぬまま中学を卒業したのだ。だから、楽しげに話せる友などひとりも存在しなかった。
高校の三年間も同じような状況になるのだろう事が想定される。ボクはそういった人種なのだ。中学二年生の夏の日、そのことを思い知らされた。