【不定期エッセイ】のんびり異世界放浪記
かの有名なネオァ=カンタービレ地方のスピクル=ドラゴンは、毎年冬を越すとその巨大な卵が孵化し、人々を食い千切らんと嬉々として真紅の体を青空に舞い上がらせている光景がよく目撃される。だが実は彼らは赤い個体だけでなく、一定の条件下で焦げ茶色の竜も生まれるということはあまり知られていない。
初めまして。私の名前は一二三四五六。日本でいう約五年くらい前に、皆さんご存知の例の流行に巻き込まれ異世界に飛ばされた。そこでやれスローライフやらチートハーレムやら悪役令嬢やらを押し付けられた後、物語部分が終わったのでようやくかたっ苦しい規範の強制から解放されたのだった。
それ以来、私は異世界を渡り歩く研究者として、本物のスローライフを楽しんでいる。要は昔で言う高等遊民のような立場になってしまったわけだが、あれほど苦労して魔王を討伐したのだから、これくらいのオマケはついてきても文句は言われまい。いやあでも、あの戦いは本当に、すごかったよね……魔王の角を折る時、まさかあの丸メガネの小娘が……。
……話が逸れてしまった。魔王討伐の素敵な小話はまたいつかの機会にとっておくとして、今はスピクル=ドラゴンだ。彼らは赤い体に尖った黄色い眼差しを持った肉食獣で、魔王にも負けず劣らずの立派な角で人々を突き刺して捕食する。この地方の第一級危険種として認定されている彼らだが、実は知られていないもう一つの姿がある。
私がそれを発見したのは、去年、彼らの孵化をこの目で見ようとネルグル山脈の奥地まで出向いた時だった。下手すればその場で親竜に食われて死んでしまうかもしれなかったが、どうせ異世界に転生している時点で一度死んでいるんだしもう慣れっこだ。
異世界で死んだら、次はまた別の異世界にでも転生するのかもしれない。次は是非鳥類か魚類でお願いしたい。空を飛ぶのはさぞ気持ちいいだろうし、私は人間である時金槌だったから、青く透き通った広い海を悠々と泳いでみたいものだ。人間として社会の枠組みの中で生きるには、どうにも私には魂のステージが高すぎた。まずどの世界も、人間関係が面倒臭すぎる。全く何が悪役令嬢だ、あのちょび髭野郎!
……話が逸れてしまった。私が異世界初の男の悪役令嬢になった時の素敵な小話はまたいつかの機会にとっておくとして、今はスピクル=ドラゴンだ。彼らの卵は、温めると赤くなって生まれてくるが、冷やすと焦げ茶色になって生まれてくるのだ。初めて発見した時は、光の当たり具合か、見間違いかと思っていた。だが同じ山に出来た他の巣も観察し、よくよく研究を続けているうちに、どうやらこの個体差は気温の差であると分かってきた。
赤くなった個体は皆さんにもよく知られている通り、非常に好戦的である。私の友人も、焼き鳥よろしく何人もその立派な角に貫かれてしまった。哀れにもローストチキンみたいな肉塊になってしまった友人がスピクル=ドラゴンに連れ去られるのを見るたび、私は彼らの無事を祈りつつ、故郷の串物の味を思い出し密かにお腹をすかせていた。どうか次は彼らが、鳥類に生まれ変わりますように。さすれば私達は、立場は変われど運命に導かれ巡り巡って再び出会えるであろう。多分居酒屋とかで。
……話が逸れてしまった。私が居酒屋で友人の顔そっくりのハラミを見つけた時の話はこの際置いておこう。スピクル=ドラゴンだ。赤い個体と違って、焦げ茶色の個体はあまり戦闘を好まない。もちろんドラゴンであるがゆえに友好的とはいかないが、いきなり人をローストチキンと見間違えることはない。
赤い種が街に飛び立つのと違って、焦げ茶色の種はネオァ=カンタービレ地方のさらに北の、ノースカロロイナ地方にまで飛んでいく。彼らはそこで焦げ茶色同士の群れを作って、魚などを食べて暮らしている。世界広しといえども、このようなドラゴンは非常に珍しい。魚類に転生した友人達も、きっと今頃優しい笑顔を見せているに違いない。
私達は年を取るたび道別れ、それぞれの転生先で一人一人の人生を歩んでいくわけだが、このスピクル=ドラゴンの珍しい生態に、きっと学ぶこともあるだろう。生まれた色は違えども、同じ種であることには変わりない。そして彼らは素直にその色を受け入れ、住み分けができている。
私はここにきた時、異世界転生が嫌だった。流行に流されるのが嫌だったのだ。望んだ通りに転生できなかったのももっと嫌だった。だが彼らを研究するうちに、今はこれでよかったのだと思う。たとえどんな色に生まれたとしても、生きる道はある。私も人間を終え次に生まれ変わる時があったとしても、素直にその時の自分の色を受け入れ、生きて行けたらいいなと思う。主に居酒屋とかで。