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第三話 よろづのことに

 牡留ほたるさんは意外にも、と言っては失礼だろうが、

 距離が近くなってみれば、心の何処かに暗い影がポツリとは落ちているものの、

 普通の、素敵な、明るい女性だった。

 甲斐性も無く俺自身も彼女を〝友達〟だと思い始めていた。


 ちょっと前に燐太郎りんたろうの奴に相談したことがあった。

「なになにー、しゅうちゃんあの子と仲良くなってんのかー?」

「いや、そういう訳でもなくて、それがちょっと重い話で――……」

 燐太郎に彼女が阿字観に来た理由を話したら、彼は何も知らなかったようだ。

「……なるほどな。なぁ、秀ちゃん、この話俺以外にしてないよな?」

「え、ああ、まぁ腐っても坊主だろ? こういう話し聞いて貰うには……」

 行きつけの呑み屋で、彼は大仰な仕草で頷いた。

「秀ちゃんにしては正解だな。さて、と、親父、大吟醸持ってきてくれ。

 話し聴いてやったからお前の奢りな?」

「なっ、えっ、どうしてそうなるんだよ!?」

 燐太郎は呑み屋の親父が持ってきた大吟醸の一升瓶を大事そうに抱えながら、

 坊主らしく説教を垂れた。

「うちはな、もとは駆け込み寺だったんだ。

 由縁あるわけじゃ無いだろうが、その子がそういう訳(・・・・・)で来たのもまぁまぁうなずける訳だな。

 でだ、俺ら坊主は阿字観にあたって当人から言い出しでもしない限りどういう理由で来たのか、なんて訊かねぇよ」

「お前も知らなかったのか」

「ああ、オヤジには話したかも知れないけどな。いや、しかしだ、重要なのは、

 お前にだけ(・・)その話を打ち明けたってことだよ」

「……」

「友達になったんだろ? ふむ。お前が彼女をどうするかは知らないが、

 彼女はお前に(・・・)相談に乗って貰いたかったんだろうなぁ~、

 昨今、阿字観だろうがどこだろうがそんな出会いもねぇって。

 大切にしろよ」

 へべれけ半分で的を射ないが、

 言いたいことはなんとなくつかめた気がした。


 ――友達か。

 そう思いながら、彼女の体の温かみが少し伝わるような距離で座って、

 今日も阿字観をしていた。

 その日の帰り道も一緒に帰り、お昼ご飯を一緒に食べた。

「――秀さん? どうしたんですか? 今日はちょっと上の空みたいな……」

 巷で流行ってるパスタ屋に二人で行って、彼女はカルボナーラで、

 俺はミートソースのパスタを食べていた。

 パスタは美味しかったが、何より人と食べることが楽しくて嬉しかった。

 もう友達なんだからそんなこと気兼ねする必要もないや、

 と内心呟いて、

「いや、牡留さんが美味しそうに食べるの見てたらなんだか楽しくって」

 と声量は抑えめに伝えると、

 彼女は改心の笑みを浮かべて、

「私も、秀さんとご飯食べるの楽しいですっ」

 と応じてくれた。

 さすがに周りからは恋人に見えるんじゃ無いだろうか、とかこのやりとりに赤面してしまったが。彼女はそんな俺の様子ですら楽しいようで、その日は機嫌が良かった。

 別れ際、

「秀さん、あの、お話があるんですけど」

「なあに?」

「うん、その、私前々からやってみたかった勉強があって。

 男の人も、おかげさまで大丈夫になってきたので、これから勉強して大学に行こうと思うんです」

 決意の籠もった瞳だった。

 そうか、彼女にはやりたいことがあるんだ。

 素直にそれがすごいと思った。

「すごいな、牡留さん、やりたいことがあるなんて……」

 なぜか、どこか、無意識に嫉妬めいた言になってしまって、慌てて、

「友達として――、うーん、もうちょっと近い仲として、応援させてよ!」

 思わず出てしまった自分の下心にどぎまぎしつつもそう付け加えた。すると、

「はい。ありがとうございます! 秀さんに応援して貰えたら私頑張れそうですっ」

 快活にそういって両の拳を前に上げて喜ぶ彼女の手を取って、

 一緒に喜び合いたいなーとも思って手のひらを上げ損なってしまい、

 あと15センチのところで空を切って、自分も拳をグーに握って、

「頑張って! 俺もやりたいこと見つけなきゃな!」

 と笑い合った。

 彼女との今の(・・)距離はそのくらいが丁度良いのかも知れない。

 彼女の中には俺との出会いから何かが、いろんなことが、

 始まっていったんだなぁーと思った。

 俺も彼女から貰った物が沢山あるはずだ。

 そろそろ足がかりにして歩き出す頃合いなのだ。

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