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後夜祭

作者: かわまさ

 先生、お元気ですか。俺は元気です。

 今日は文化祭最終日です。覚えてますか?俺が生徒として学校に通っていた時、アンタに無理に出演させられた音楽フェス。今となってはいい思い出ではあるが、当時は本当に嫌でした。なんなら、先生のことを心底恨んでました。呪ってもいました。先生に教わったアニソンメドレー、世代が古いです。観客のみんなからの『あーなんか聞いたことあるわー』みたいな微妙な空気、二度と味わいたくないので、これでも一応、毎回更新してます。そんな無駄な技能が、再び発揮されることのないように。心から祈っています。


 文化祭の終わりを告げる、巨大な焚き火の周りには、すでに大きな人だかりが出来ていた。

 3日間に渡って開催された祭典。その終わりを惜しむかのごとく、皆はその火を囲み、楽しげに踊っている。

 俺はといえば、その踊りに参加するわけでもなく、しかし立ち去ることもせず、校庭の隅で皆の様子を眺めていた。

「こんなところにいたんですね、先生」

 突然掛けられた声に顔を上げると、ベンチに腰掛けた俺を見下ろすように立っている、一人の女子生徒の存在に気付く。

「あぁ、オマエか。委員会の仕事は終わったのか?」

「えぇ、まあ一通りは。と言っても、後夜祭が終われば、その片付けが残っていますがね」

 働き者だねぇ~大変だ、なんて適当に相槌を打っていると、彼女は深くため息を吐いた。

「そういう先生は、こんなところにいて大丈夫なんですか?さきほど職員室を覗いたら、何人かの先生が慌ただしく動いていましたが」

「あー、そりゃあれだ。有志の先生方が、サプライズで演奏するんだってよ」

「あぁ、なるほど。サプライズですか、いいですね」

 彼女の反応は、なんとなく予想していたのだろうか、思ったよりも薄かった。

 まぁ、先生がサプライズで演奏ってのはわりと定番ではあるが、定番になるからこその良さがあるという意味でも・・・・・・などと言おうと思ったのだが、どうやら彼女の関心は別のところにあったらしく。

「演奏なら、先生は出ないんですか?」

「言ったろ?有志がやるんだよ、あれは。俺がそんなのに積極的に参加すると思ってるのか?」

「好きそうですけどね、サプライズとか」

「・・・・・・まぁ、嫌いじゃあないけど」

 なんだこの子。俺のことを良く見てるじゃないか。ファンか?ファンクラブとか入ってるのかな?会員ナンバー113番で先生の誕生日と一緒ですね、とか言ってんのかな?

 言わないよなぁ、この子は。そもそもファンクラブなんてないだろうし。

「嫌いじゃないけど、なんだ。気が乗らなかったとか、それだけだ。そもそも楽器なんて出来ないしな、俺。タンバリン叩けるくらい」

「飛び入りでフェスに参加してた人が、何を言ってるんですか。ギターソロでアニソンメドレーって、よくそんな度胸がありましたね」

「たとえアニソンでも、盛り上がればいいじゃないか。変に気取ったもん弾くよりも分かりやすいだろ」

 そもそも、急な要請でしっかり仕事をしたことを褒めて欲しい。あのときの緊張具合、有給休暇3ヶ月分程度にはなるのでは?

「ま、同じようなことされたくないなら、今度からはしっかりと前準備をしとけよ?なんだ、あのグダグタは」

 そう言って、俺は立ち上がる。

 こうしてお互いが立っていると、彼女がずいぶんと小さく見える。

 いや、事実。彼女はその身を小さくしていた。

「・・・・・・ごめんなさい。そうですよね。今回は、完全に私の不手際です。まさか、フェスに参加するグループ数を勘違いするなんて」

 突然の辞退だったそうだから、仕方ないといえばそれまでだが。

「そのせいで、先生の手を借りてしまって。委員長の私が、なんとかしないといけなかったのに」

 失敗することは悪いことではない。責任を感じて反省することも大切だ。ああすれば良かったこうすれば良かったと後悔だって必要だ。

 彼女はそれを分かっている。だから、責めはしない。

 しかしこの子は、俺の大切な生徒は、大事なことを見落としている。

「でも、ちゃんと俺に頼れた。そこは、褒められてもいいと思うぞ」

「いや、でも・・・・・・私には委員長としての責任が」

おさだからって、別に何でもかんでも出来ないといけない、ってわけじゃないだろ?大事なのは、どうすればいいか、考えられることだ」

 その点で言えば、彼女は十分に素晴らしかった。

 問題を認識し、解決方法を考え、必要な能力・人材を見つけ出し。

 すがり、頼り、自分の言葉で『お願い』をした。

「オマエたち学生の仕事は、挑戦してとにかく考え、そして動くことだ。自分で決めて行動し、成功して喜んだり失敗して後悔したり。そんで、生徒の手で解決できない問題が出来ちまったときには、それを何とかしてやるのが、先生である俺の役目だ」

 そういって、彼女の肩を軽くたたく。

「肩の力は抜いとけよ。そんで、困ったことがあったら、これからも人を頼れよ?」

 たぶん、いやきっと。この程度の言葉では、彼女は変わらないだろう。これまでの人生、彼女がどう考え、何を感じ、どうやって生きてきたか。18年のその積み重ねを簡単に覆すことは出来ない。

 だからきっと。俺は繰り返す。何度だって言ってやるのだ。


 追伸

 先生。アンタに教わったギター、とりあえず役には立ちました。

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