黒髪
女性の黒髪というのは古来より強い呪術の道具とされ、丁重に扱われた。
つまりは髪の一筋でも人を呪うことができたわけだ。大抵呪う相手の髪として使うことになるため、髪を取られないように、と昔の女性は髪をあまり切らなかったのだとか。散髪しても、髪は燃やすなり何なりして、徹底的に滅却されたとかなんとか。
髪は女の命とは、つまりそういうことなのだろう。
例えばだが、失恋したときに女性は髪を切るとかいうのも、そこに由来するんじゃないかと思う。命をもうなくしてもかまわないくらいの失意の中、という表現なのだろう。
戦国の世、戦で夫を亡くし、尼僧になった者は皆出家の際に髪を切ったと聞く。
つまり僕が何を言いたいかというと、
昨日殺しかけた彼女が、髪をばっさり切ったことに対して考察がしたいのだ。
昨日、僕は躊躇うことなく彼女に石の刃を突き立てようとした。
しかし、彼女の首を抉った刃は浅かった。
大量の出血はあったものの、彼女は一命をとりとめた。
代わり、僕があげた黒水晶が砕けた。身代わりとでも言うかのように。
僕は、それを見て──そこから、記憶がない。気がついたときには、首に包帯を巻き、髪をばっさり切った彼女がいた。
彼女は、僕と言葉を交わしてくれなくなった。……嫌われたのだろうか。僕を見てすらくれない。
ただ時折、涙をこぼす。声もなく。泣いている自覚があるのかどうかもよくわからない。
そんな彼女の泣き顔が、どうしようもなく胸を締め付ける。
けれど、僕がさせてしまった顔なのだろうと思い、手を伸ばすことも躊躇ってしまう。
……僕は、意気地なしだ。
声をかける勇気もない僕は、一人下らない妄想をする。
もしかしたら、あの髪は、僕のために切られたものなのだろうか、なんて。
本当に愛しているのなら、切らないと思っていたんじゃないか。だから切られて、ショックで、もう、何もかもどうでもいい、と女の命とも言える髪を、捨てたのではないか、なんて。
馬鹿だなぁ、それなら彼女は僕を嫌いになるはずだろう? それなら失恋は僕の方じゃないか。もっとも、僕は切るほど長い髪をしていないのだが。
噂とか伝聞に準えて、自分の都合のいい想像を生み出しているだけだ。
髪を切ってもらえるほど、僕は彼女に相応しい人間などではないんだ。