黒炭
見慣れたものでないとはいえ、黒曜石の石器を出して、切れと言われた瞬間、僕は絶句した。
何故? 何故僕は自ら貴女を傷つけなければならない? そんな道を貴女が敷くのか?
ああ、
思えば簡単なことだ。
赤黒い薔薇。
殺したいほど愛している。
貴女は、僕を試しているんですね? 僕を疑っているんですね?
その言葉が本当なのか? お前に私を傷つけることができるのか? なあ、なんだ、できないのか? ははは、法螺吹きめ。
そう、疑っているんですね?
それなら、証明しなければ。
証明することで、貴女の信頼と……好意を、手に入れられるなら。
彼女に与えられた刃を握る。
先程吐血した影響もあってか、体力はそれほど残っていないが、冷たい石が意識をはっきりさせてくれる。意志を持って、貴女を見つめる。
貴女の真黒い瞳を覗く。けれど貴女が思うところは僕には到底計れない。しかし、今、その奥に僕への期待と満足があるのは確かな気がする。
それだけで充分なほどに嬉しかった。
僕は今貴女の瞳の中にいる。ずっと望んでいたことが、今叶っている。
それが永遠のものになるとしたら、どんなに素晴らしいことだろう。
僕の目はきっと、淀んでいたことだろう。きっと、煤を撒き散らすだけの光ない黒炭のように。
歪んだ欲望を希望と履き違えたまま僕は、
彼女の頸動脈を切り裂いた。