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嵐の夜2 ジェラルド


 嵐の夜1をジェラルドサイドから。

 完全にサーシャのペースです。

 彼がサーシャに言えなかった苦悩の訳は……。

「……うふふっ……」

 目の前ではさっきから娘が一人で楽しそうに笑っていた。頬を染めて、目もいつもより潤んでいる。完全に出来上がっていた。

「これじゃあいつもと大して変わらないんじゃないか?」

「確かにそうかも」

 二人の呑気な会話に思わず鼻を鳴らした。

 まあ、確かに酔って殴り合いを始める軍の男共に比べたら、一人で笑っているだけの娘は可愛いもんだ。ロレンスがそのうちの一人だと聞いたときには俺も密かに驚いたが。

 そんな事を考えていると、娘がまた瓶に手を伸ばした。

「おい、もうその辺にしておけ」

 声をかけると、娘は一瞬だけ怒ったような顔を俺に向けて、ふいと顔を背けた。潤んだ目で睨まれても全く迫力はないが、これはこれで厄介だった。彼女はそのまま俺を無視して自分のグラスにワインを注ぐ。グラスの半分までワインを注ぐと瓶をテーブルに戻し、俺に向かってにっこり笑った。

 悪意のない満面の笑みを向けられて、本気で止める気がなくなっている自分に気づいた。この顔をされると弱い。そう思い、俺は心の中で大きく溜息をついた。

 すると、彼女は突然立ち上がった。グラスを持ったまま覚束ない足取りでリビングの方へ歩いていく。

「あら、どこ行くの?」

「別に向こうには何もないし大丈夫だろう」

 ロレンスの言葉に、それもそうかと納得し、俺たちはそのまま食事を続けた。しばらくして、また、彼女の楽しげな笑い声が聞こえてくるまでは。

「何をやっているんだ」

 心で思った事を、口にしてしまっていた。

「見て来たらいいだろう。君の責任は大きいよ」

 隣の男に他人事のように言われた俺は立ち上がった。

 仕方がない。俺にも責任があることは否定できない。


 

 俺はリビングに入り目にした光景に呆れ果てた。

 娘は床に座り込んで何やら熱心に、植木鉢に話しかけていた。窓枠に置いてあったはずの植木鉢をわざわざ床に下ろしたらしかった。酔って植木鉢に話しかけるなど聞いた事がない。

 俺は彼女の向かいに片膝をついてしゃがみ、目線を合わせた。

「あ、ジェラルドも来たの?」

 彼女は嬉しそうな顔を向けてきた。

「植木さん、ジェラルドが来たわよ」

 娘には植木鉢が人に見えているらしかった。

「ジェラルド、植木さんよ。今さっきお友達になったの。もうすぐ花が咲くんですって」

 彼女はそう言いながら植木鉢を指差した。確かに、つぼみが付いている。

「植木さん。こちらはジェラルド。私のお友達なの」

 頭痛がしそうだ。俺はお友達だったのか。

「おい、もう寝たらどうだ?」

 俺はこの行く先の知れない話し合いを止めさせようとした。俺に植木鉢の声は聞こえない。

「どうして?」

 目を丸くしてきょとんと首を傾げて聞いてくる様子は、何とも愛らしかった。

「酔っているだろう。それにいつもならもうそろそろ寝る時間だろう?」

 まだ大分早いが俺は適当に丸め込もうとした。

「酔ってないもん!また子供扱いした!」

 彼女は気に入らなかったらしくそっぽを向いて頬を膨らませた。そして俺へのあてつけのように持って来ていたグラスから一口飲んだ。

「ジェラルドはいっつも私を子ども扱いするのよ。すぐに早く寝ろって言うの」

 俺に対する不満を鉢植えにこぼす。普段からそう思っているのが酔っているせいで口に出たようだった。

 しかし、俺が早く寝ろというのにも理由があった。彼女は夕食を終えてしばらくするとすぐに眠そうな顔つきになる。朝が早く夜も早いという元の生活習慣のせいだと思うが、本人はそれに気づいていないらしく眠そうに目をこすりながらも俺たちに合わせて起きていようとする。その頼りなげな姿は愛らしく、ずっと見ていたいと思う一方で、無理に起きている必要もないと思うと次の日に支障が出ないよう早く寝ろとに促してしまう。

 俺は子供じゃないか、と呆れながらも彼女をなだめにかかった。しかし、彼女は全く聞こうとしない。

「早く寝ないと明日が辛いぞ」

「明日は歩かないもん」

「あまり飲みすぎると、明日頭痛がするぞ」

「今は大丈夫だもの」

「……どうすれば、お前の機嫌が直る?」

「ジェラルドも飲む?」

 下手に出た俺を無視した彼女はグラスを目の高さに掲げた。

「あ、植木さんも飲む?」

 思いついたように目を輝かせると、グラスの中身を植木鉢に注ごうとした。

「おい、それは止めろ」

「どうして?」

「鉢植えだぞ」

「植木さんも飲むわよ、ねぇ?」

 全く……。

「あっ!ダメっ!」

 俺は無理やりグラスを取り上げて中身を飲み干した。

「もう部屋に戻って寝ろ」

 そう言うと、娘は潤んだ目で俺を睨みつけた。

「……イヤっ!!」

 それだけ言ってぱっと立ち上がる。彼女はそのまま食堂に逃げるように行ってしまった。

 ……嫌、とは……。

 もう俺にはどうしようもない。彼女の後ろ姿を呆然と眺めていた俺は額に手をやって首を振り、大きく息を吐いた。それから立ち上がって床に下ろされていた植木鉢を窓辺に戻す。

 窓の外では雨と風が激しさを増していた。

 戻ってきた娘の手には新しいグラスが握られていた。彼女はそのまま嬉しそうに笑いながらソファーに座る二人の前に立った。

「どうぞ」

 そう言って、二人のグラスに順にワインを注いでいく。それから最後に自分のグラスにも注いだ。

「おい、もう飲むな」

 近寄りながら声をかけると、娘は振り向いた。しかし、何も言わずに首を傾げてにっこり笑うとまるで俺を挑発するかのようにゆっくりと一口含んだ。

 もう、好きにしてくれ……。

 俺は彼女の相手を放棄して手前のソファーに沈んだ。

「お前らでどうにかしろ」

 さっきから面白そうに傍観しているだけの二人に後を託す。もはや俺の手には負えないのは明らかだ。



 変に疲れたような気がして、しばらくの間深くソファーに座っていると窓の外が短く光った。

「あ、雷だわ」

 アイリスが声を上げる。もう一度短く光り、今度は微かな音が聞こえた。それを見た娘は鉢植えとの話し合いを止めて窓の外を見つめたままゆっくり後ずさり始めた。それは明らかに不自然な動きだった。

「雷が苦手みたいね……」

 俺が思ったのとほぼ同時にアイリスが呟きが聞こえた。

 これで子ども扱いするなと言う方が無理だろう。近くに落ちたらどうなるのか、俺は面白半分で娘を観察していた。

「きゃっ……!」

 雷が音を立てて落ちた途端、娘は短く悲鳴を上げて慌てた様子で俺の座っているソファーに駆け寄り、すぐ横に座った。予想していなかった反応に眉を上げる。何故ソファーに座ったのか、俺には理解できない。

 娘の目は怯えた様子で窓の外を真剣に見つめている。そして、外が光る度にびくっと肩を震わせ、俺の方へ少しずつ寄って来ていた。もう服が触れそうな距離だ。

「ひゃぁっ……!」

 ガーンという今までで一番大きな音で、娘はついに両耳を塞いで俺にぴったりとくっついてきた。俺の肩口とソファーの間に顔を隠すように縮こまっている。体が小さく震えているのが直に伝わってきていた。どうやら本気で怖がっているらしい。

 助けて欲しくてここに来たんだと自分に良いように解釈した俺は、腕を伸ばして震える体を抱き寄せた。

 抱き寄せられた事に気付いたら酔いが醒めるかもしれないという心配を他所に、彼女は俺の胸の辺りにしがみつき、自分から頬を寄せてきた。その愛らしい仕草に気を良くした俺は、長い髪に手を伸ばした。前にも触れてしまった彼女の柔らかな髪は、上等な絹のような手触りだった。

 しばらく、ゆっくりと髪を撫でていた俺は、次第に善からぬ衝動を覚え始めていることに気付いた。雷鳴が轟くたびに、ぴったりと寄せられた体がびくっと震える。その度に、柔らかな胸が押し当てられる。立ち上るワインの甘い香り。そして、娘の口から漏れる熱い吐息のせいで、ただでさえ熱い体に、服まで蒸れて熱を持ち始めていた。

 確かに、体は子供じゃないな……。

 片腕で娘を抱えたまま、俺は天井を仰いだ。馬鹿な事を考えるな。酔っているとはいえ、自分を信じきっている娘を怯えさせるような事をするわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、必死に欲望を押さえ込む。

 しばらくの間、天井を仰いだまま片手で目を覆い気分を落ち着かせようとしていると、腕の中の娘が小さく身じろいだ。我に返ったかと思い、視線を落とすと、彼女の手はまだ俺の服を握り締めたまま、あどけない表情で俺を見上げていた。

 その紫の瞳を見た途端に、自分ではどうしようもない感情が胸の底から湧き上がってきた。

 ……愛しい。

 もうこの感情は偽れない。諦めにも似た気持ちでそう思った瞬間、それを受け入れることに対する躊躇や戸惑いが嘘のように消えて行った。出会った時からこうなる事が決まっていたのだとすら思えた。彼女を愛しく思うのはごく自然な事なのだと。

「綺麗な色……」

 まだ俺の胸に頬をつけたままの娘が、惚けたように呟いた。

 それにふっと笑いが漏れた。どこを見ているのか焦点の結ばない瞳。自分の言っていることが分かっているのかすら疑わしい。

 彼女は少し体を起こすと、俺の顔を下から覗き込んだ。

 その近さに息を呑む。潤んだ薄紫の瞳、上気したなめらかな頬、淡い紅色に色づいた艶やかな唇。全てが俺を誘っているようだった。また体が疼き出し、俺は息を止めた。

 酔っているとはいえ無防備に過ぎる。これで何も思うなと言う方が無理な話だ。

「ねぇ、すごく綺麗な色ね。私が知っている中で一番綺麗な青色」

 青、と聞いて自分の目の事を言われているのだと分かった。綺麗などとこの娘に言われるとは。苦笑が漏れる。

「お前の方がよっぽど綺麗だ」

 神秘的で最も高貴な色の瞳。目が合うたびに綺麗だと思う。いや、瞳の色だけじゃない。子供っぽい無邪気さが先に立ち、普段は忘れてしまいがちだが、彼女は飛びぬけて美しい。道行く男たちが振り返るたびに思い知らされるのだ。

 娘は驚いたように何度か瞬きすると、柔らかく笑った。

「ううん、ジェラルドが一番綺麗」

 それだけ言うと、また俺の胸に顔を埋めて目を閉じた。

 俺は放心して、呆然と娘を見下ろした。

 彼女は安心しきったように穏やかな顔で俺に全ての体重をもたせ掛けている。彼女が自分の物だと錯覚してしまいそうだった。

 しかし、最後に見せたあの笑顔がひどく胸を乱していた。何の汚れも知らない無垢な笑顔。

 ……狂わされる事になりそうだ。

 俺はその笑顔に、僅かな不安と恐れに近い感情を抱いていた。


「死にそうだな」

 俺を見るなりロレンスは面白そうに笑った。なるほど自分は酷い顔をしているらしい。耐え抜いた自分を褒めてやりたい気分だった。次を耐えられる保障はどこにもない。

「右の奥の部屋で良かったか?」

 俺はアイリスを見上げた。彼女は笑いたいのを堪えているような顔をしていた。

「えぇ、お疲れ様」


 ベッドに寝かせても、娘は身じろぎ一つしなかった。わずかに口を開いて静かに寝息を立てている。その横に腰掛けて、前にもこうして彼女を運んだことがあったなと懐かしく思い出した。その時はほんの子供だと鼻で笑ったのだった。それが今はどうだ。

 ……どうかしてるな。

 そう思い、安らかな寝顔に目を細める。彼女は誰にでもさっきのように縋りつくのだろうか。酔っていたら、雷が怖かったら、そこに居る誰にでも?それとも、自分は気を許されていると思ってもいいのだろうか。俺には外から見ているだけでは判断できない。この娘は誰にでも簡単に無邪気な笑顔を見せるのだ。

 まだほんのり色づいたままの頬に触れようと手を伸ばすと、彼女はまるでそれが分かっていたかのように、タイミング良く寝返りをうった。うつ伏せになり反対側を向いてしまったせいで表情が見えなくなる。娘はそのまま嫌々というように枕に押し付けた顔を小さく動かした。

「んん……、ダメ……、しょ……」

「くっ」

 俺に向けられた寝言だった。出鼻をくじかれた俺は思わず噴出し、中途半端に伸ばした手で仕方なく頭を撫でてから、立ち上がった。また静かな寝息を立て始めた娘を見下ろして、彼女に触れなくて良かったのかもしれない、と思う。自分でもほとんど無意識で何をしようと手を伸ばしたのか分からないのだ。これ以上ここに居て起こしてしまうのも忍びないし、寝ぼけて抱きつかれでもしたら今度は冗談では済まされなくなる。

 それでも、笑いが収まらなかった。本当は全部分かってやっているのかと疑ってしまう。締まりのない顔のまま部屋の外に出た俺は、その後、吹き荒れる風の音を聞きながら一人で飲み直した。




 ええっと、ごめんなさい(とりあえず謝ってみる)。

 自分で書いておきながら、ひぇぇっとなりました。アップしようか大いに迷いました。もう、恥ずかしすぎて……!笑

 それでもアップしたのは、ここがジェラルドの苦悩の始まりだったりするからなのです(笑

 いえ、でも。これで手を出さなかった彼は大人ですよねっ!?

 ……あぁ、彼のイメージが崩れないことを祈ります。

 以上独り言でした。


 本編の更新が遅くてすみません……。楽しみにしてくださっている方、申し訳ないです。なるべく早く頑張ります。

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