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嵐の夜1 アイリス


嵐の夜と言えば、サーシャが酔っ払った夜。

酔った彼女は何をしたのか……。

本編第二章、お酒・頭痛の間の小話。

「……うふふっ……」

 隣ではサーシャがサラダのオレンジをフォークで突きながら一人で楽しそうに笑っている。

 少し前からずっとこんな調子だった。彼女は酔うと楽しくなるタイプらしい。

「これじゃあいつもと大して変わらないなんじゃないか?」

 ロレンスの言葉に思わず笑ってしまう。

「確かにそうかも」

 笑った私を見たサーシャがまた声を上げて笑う。顔はほんのり赤くなっているし目もいつもより潤んでいる。完全に酔っ払いだ。

「おい、もうその辺にしておけ」

 ずっと苦々しい表情のジェラルドがグラスにワインを注ごうとしたサーシャを止める。さっきからジェラルドが何度声をかけてもサーシャは全く聞こうとしない。

 それもそのはず、サーシャがワインを飲んでいるのはジェラルドへの当て付けのようなものだった。彼は、サーシャが初めてワインを口にして「甘い匂いなのに思っていたより苦くてちょっと渋いわ」と少し顔をしかめて言うと、ほら見ろといった顔で「子供の飲み物じゃないんだ」と返した。わざとやっているのかと思うほど絶妙なタイミング。再び子供扱いされたことにムッとしたらしいサーシャはその後しばらく無言で飲み続けた。

 その結果が今の状態だった。

「ワイン飲むだけで楽しくなれるんだったらいいじゃない」

 思わず本音を漏らす。それにサーシャは飲んだといっても大した量じゃない。ボトルの4分の1飲んだかどうかだ。

「まあ、悲しくなるよりはね」

 ロレンスが曖昧に笑いながら言って私を見る。睨み返すとあっさり視線を逸らされた。

「あら、どこ行くの?」

 サーシャは一人グラスを持ったままふらふらと隣のリビングへ歩いていく。

「別に向こうには何もないし大丈夫だろう」

 ロレンスの言葉にとりあえず私たちは食事を続けた。しばらくしてサーシャの笑い声が聞こえて来るまでは。

「何をやっているんだ」

 ジェラルドが呆れたように言う。

「見て来たらいいだろう。君の責任は大きいよ」

 反論できなかったらしいジェラルドは立ち上がった。

 でも、彼が行ってからも笑い声は止まない。なんだか楽しそうに話している声が聞こえて来る。酔っているせいかいつもより声が大きくてよく響くのだ。

 ……ジェラルドとあんなに楽しそうに話しているのかしら。

 気になった私は立ち上がった。

「私も様子を見てくるわ」

「向こうで飲むか」

「そうね」

 頷きグラスとボトルを持ってリビングに向かった。


 リビングでは床にぺたりと座り込んで嬉しそうに植木鉢に話しかけるサーシャがいた。ジェラルドはその向かいに片膝をついてしゃがみ、何やらなだめている。

「……ぷっ……」

「……くっ……」

 同時に吹き出した私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。

「これは、なんと言うか……」

 ロレンスは笑いながら首を振る。どう表現すればいいのか分からないらしい。

「あんなに嬉しそうに何を話しているんだか」

 私も笑いながらソファーの真ん中の低いテーブルに持っていたグラスとボトルを置き、腰を下ろす。ロレンスも隣に座った。


「おい、それは止めろ」

「どうして?」

「鉢植えだぞ」

「植木さんも飲むわよ、ねぇ?」

 サーシャはグラスを傾けてワインを植木鉢の中に注ごうとしていた。私とロレンスはさきっからずっと、二人の可笑しなやり取りを笑いながら見ているだけだ。

「あっ!ダメっ!」

 ジェラルドは無理やりサーシャからグラスを取り上げ、中身を飲み干した。

「もう部屋に戻って寝ろ」

「……イヤっ!!」

 サーシャはぷいと横を向いてぱっと立ち上がった。そのまま食堂に小走りで戻って行ってしまう。

 ジェラルドに向かって嫌って……。

 私はもう完全に傍観者だった。ジェラルドがどう相手するのかすごく気になる。

 逃げていくサーシャの姿を呆然と眺めていたジェラルドは額に手をやって首を振り、一度大きく溜息をついた。それから立ち上がって床に下ろされていた植木鉢を窓辺に戻す。窓の外では雨と風がかなり激しくなっている。

 戻ってきたサーシャの手には新しいグラスが握られていた。そのままにこにこと私たちの前にやって来る。

「どうぞ」

 にっこりそう言って私のグラスにワインを注ぐ。

「ありがとう」

「ロレンスも、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 それから最後に自分のグラスにも注いだ。

「おい、もう飲むな」

 投げかけられたジェラルドの言葉にサーシャは彼を振り向いた。でも、何も言わずに首を傾げてにっこり笑うと見せつけるように一口飲んだ。

 それを見て諦めたらしいジェラルドは私たちの反対側のソファーに体を投げ出して座った。

「お前らでどうにかしろ」

「お手上げね」

 疲れた様子のジェラルドが珍しくて笑っていると、隣のロレンスの視線を感じた。

「なに?」

「君も酔えばいいのに」

 私を見てふっと笑って言う。

 この男はどこまでが本気でどこまでが冗談なのかいまいちよく分からない。だって、今の台詞だって時と場所によれば口説き文句だ。そう思いながらいつものように軽く返す。

「冗談言わないでよ。私が酔ったらもっとややこしいわよ」

「私の胸くらいならいつでも貸すよ」

「なに言ってるの。部屋の隅に丸まってぐずぐず泣くからややこしいんじゃない」

 それを聞いたロレンスは静かに笑い出す。

 その時、窓の外が短く光った。

「あ、雷だわ」

 私の声に窓の側に立って再び植木鉢と話していたサーシャは顔を上げて動かなくなった。窓の外を凝視している。

 するともう一度短く光り、今度は微かな音が聞こえた。それを見たサーシャは窓の外を見つめたままゆっくり後ずさり始めた。

「雷が苦手みたいね……」

 呟くとロレンスが頷いた。次にどうなるのかみんな興味津々だった。ジェラルドまで面白そうな顔をしている。

 それにしても、雷が苦手なんて本当に可愛い。

「笑っているけど、君は怖くないのか?」

「怖いわけないでしょ」

 きっぱりと否定する。私はサーシャとは違って可愛くない女の子なのだ。

 案の定、ロレンスは何かを言いたげに肩をすくめた。

「なによ?」

 私はそれが気に入らず、喧嘩腰で聞き返した。彼の言いたいことは分かっているけど。

「何も」

 ロレンスは笑いをかみ殺したような顔で答えた。

「きゃっ……!」

 その時、どーんという音がした。窓のガラスが振動する。

 サーシャは悲鳴を上げて慌てた様子でジェラルドの座っている二人掛けのソファーに駆け寄り、彼のすぐ横に座った。

 雷には驚かなかったジェラルドが少し驚いたように眉を上げる。

 サーシャの目は怯えた様子で窓の外に向けられたままだ。

 ……怖かったから誰かの横に座りたかったの?

 確かに、ロレンスと私が同じソファーに座っているせいでジェラルドの横以外はすべて一人掛けだ。外が光る度に無意識なのかジェラルドに擦り寄って行っている。

「ひゃぁっ……!」

 ガーンという今までで一番大きな音で、サーシャはついに両耳を塞いでジェラルドにぴったりとくっつき、彼の肩口とソファーの間に顔を埋めるように縮こまった。小さく震えているのがまるで小動物みたいだ。 

 その様子にふっと小さく笑ったジェラルドはサーシャの頭を見下ろして静かに自分の方に抱き寄せた。

 あらあら……と思う。まあ、この距離で手を伸ばすなっていう方が無理よね。

 サーシャは抱き寄せられるがままジェラルドの胸にしがみつき、顔を埋めて小さくなっている。私はそれを見て、怖いと言っていたジェラルドに自分から近づかせるお酒の力ってすごいわと変な感心をしてしまった。目を細めたジェラルドはそのまま子供にするように優しく髪を撫でている。

「ねぇ、なんだかお邪魔ね」

 ロレンスの方を見てそっと言うと彼は小さく笑った。

「片付けようか」

「えぇ」

 私たちは飲んでいたグラスとボトルを手に食堂へ戻った。並べてあった料理や食べた後のお皿はもう綺麗に片付けられていた。誰もいない台所に入り、使ったグラスを水で洗う。

そのまま雷が通り過ぎるまで、私とロレンスは食堂でとりとめのない話をしていた。


 リビングを覗くとサーシャは眠っていた。抱き寄せられた姿勢のまま、手はジェラルドの服をしっかり握り締めて。

「死にそうだな」

 ロレンスが笑う。確かに、ジェラルドはすごく疲れた顔をしている。

「右の奥の部屋で良かったか?」

 彼はロレンスには答えず、私を見上げた。

「えぇ、お疲れ様」

 ジェラルドはそのままサーシャを抱いて部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見て、二人は案外上手く行くんじゃないかしらと考えた。ジェラルドは前よりもずっと表情が分かりやすくなった。

 でもその前に、明日のサーシャは大変なことになりそうと明日を想像した私はこっそり笑いを堪えた。



本編の更新が遅れていて申し訳ありません……!

とりあえず、今回はこれだけ。

いつも読んでくださっている方、ありがとうございます!!

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