出会い1 ジェラルド
時系列的には本編第一章:命令の後。
ジェラルドと王の出会いの物語。
その夜、部屋で王との出会いを思い出していた。
そう、俺は王に恩がある。
あの時出会っていなければ、今俺はここにはいないのだから。
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俺は一人、森の中をさ迷っていた。
出会ってしまった敵の兵から身を隠そうとばらばらの方向に逃げたが、そのまま仲間を見失ったのだ。
みんな、殺されてしまったのかもしれない……。
それが、5日前。もう2日以上何も食べていない。水も底をついた。このままだとまずい……。
夜、意識が朦朧としかけた頃、俺は馬に乗った兵士と遭遇してしまった。相手は明らかに敵だった。兵士の胸には敵国オスレイと同盟を結んでいたイスニアの紋章が縫い付けられていた。
「子供がいるぞ!」
兵士は叫んだ。
もう駄目だ。すぐに仲間が集まってくる。相手は馬だ。おそらく逃げ切れない……。
俺は覚悟を決めて腰にぶらさげていた剣を取り出した。すると、木の陰から別の兵が次々に現れた。絶望的だった。
こんな小さな剣では何の役にも立たない。
とっさに魔法を放った俺は、残り少なかった体力を奪われ、その場で意識を失い倒れこんだ。
目を開けると白い天井が目に入った。体の下には白く清潔なシーツ。怪我をしていた体には丁寧に包帯が巻かれていた。
音が聞こえない。
今まで常に共にあったはずの爆音や人々の悲鳴、怒号が聞こえなかった。
代わりに聞こえるのが鳥のさえずり。それがやけに不思議で、不気味だった。
ここはどこだろう。自分は死んだのではなかったか……。
そうぼんやり考えていると男が一人部屋に入ってきた。その男の手には湯気を立てた皿があった。
「気づいたか。弱っているのに魔法を使うから倒れた。食べるといい」
それはスープだった。慌てて手を伸ばしてかき込んだ。
「ゆっくり食べろ、誰も取ったりはしない」
生き返るようだった。温かいスープが喉を通って体全体に染み渡る。
助かった……。
俺は食べ終えると息をついて聞いた。
「ここは、どこだ?」
「イスニア国だ」
俺は男の答えに目を見開いた。
敵じゃないか……なんてことだ。
慌ててベッドから降りようとして倒れこんだ。体が上手く動かなかった。
「落ち着け、お前に危害を加えるつもりはない。お前はどこの生まれだ」
その男は落ち着いた声に穏やかな目をしていた。こんな表情の大人を見たことはなかった。
俺はおかしなことに、敵国の人間を目にしていながら安堵を覚えた。そして気がつけば、今までの出来事をぽつぽつと話し出していた。
俺はカーナで生まれ、その孤児院で育った。
親は知らない。生まれたときからずっと戦争は日常だった。食べるものと言えば豆や穀物、ひどい時には名の知れない雑草も食べた。乾燥させた肉や固いパンは滅多に食べられないごちそうだった。
生まれてから今までこんなに親切な扱いを受けたことはなかった。自分にとって、大人とは戦うべき相手だったのだ。毎日を生き抜くために。孤児院は4歳になれば追い出された。もう国のどこにも子供を養うだけの力は残っていなかった。
この力のおかげで戦力と数えられた俺は、兵士に従っていれば最低限の食事にありつくことができた。
しかし、それだけだった。きっと動けないほどの怪我をすればその場に捨てていかれただろう。逆らえば殺されただろう。
自国の兵士も国民を守る余裕などなかった。みんな自分のことで精一杯だったのだ。国中、どこに行っても戦禍と貧困と絶望から逃れることは出来なかった。
しかし、ここはどうだろう。
自分の国にこんなに静かで穏やかな場所があっただろうか。
こんな国を相手に勝てるわけがなかったのだ、と俺はやけに冷静に思った。
「お前は強くなる。私にお前の力を貸して欲しい。約束しよう、平和な国を作ると。これ以上、お前のような目に遭う子供を増やさないために」
男はそう言った。
そうだ、どこにいても同じ事だ。
弱い者は死に、強い者だけが生き残れる。この大人は自分を強くしてくれるという。そして、自分を必要としてくれると。
今まで、誰かに必要とされたことがあっただろうか。
きっと今より悪くなることはない。
それならば、信じてみるのもいいのではないか。生まれて初めて人間的な扱いをしてくれたこの男を。
「私はイスニア国第一王子、オリバー・イスニア・ヴァレンシュタインだ。お前の名前は?」
「俺は、ジェラルド」
7歳だった。
その3ヵ月後、カーナは滅びた。
その後、俺は代々続く軍人の名家、キーナンの養子として迎えられた。名家と言えども軍人だ。力がなければ評価されることはない。
俺は無我夢中だった。生き残るには強くならなければならない。力がなければ自分を守ることもできない。12歳で見習い兵として城に上がった俺はただひたすらに剣の腕を磨き、魔法の力を伸ばした。
時が経つのはあっという間だった。気づけば王子は王になり、俺は繰り返される戦争で力をつけ、中佐にまで出世していた。
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王との出会いからもう20年以上が経った。
あの時の約束どおり、イスニアには平和が訪れた。
今まで、目の前の敵にただひたすら剣を振るっていた俺は、ふいに訪れた平和な日常に戸惑った。もう、戦う必要がなくなったのだ。
だが一方で、争いが終わってもあの娘は国のために自由を奪われるという。
国とは何だろうか。国のための犠牲とは本末転倒ではないのか。
平和とは、誰かの犠牲の上にしか成り立たないものなのか。
分かっている、あの人は王だ。
俺とは違う。
国を守り、育てる義務を負う者。
――――答えは、見つかりそうにない。