15-9話
俺の体の拘束が突然解かれた。
「あ、もうこんな時間!養護施設の子供達がカツ丼アルマジロから帰ってくる時間だわ。私は晩御飯とか明日の準備とかあるのに抜け出していたの忘れていたわ」
スジークは急に用事を思い出したようで、説明的な口調で独り言をつぶやきそそくさと帰って行った。カツ丼用の出汁に魔力を注ぐ以外の仕事は全て他人任せだったはずだが。
「そ、そう言えば本部に送る資料のまとめがまだ残っていました。任務完了とはいえ毎日の報告は必要なのです。宿に帰って仕上げなきゃ。あ、私一人でまとめるから大丈夫です」
ロッソRは突然、仕事モードになり帰って行った。任務完了したので、休暇を楽しもうとしていたはずなのに。
「私としたことが、お祈りの時間を忘れていました。こう見えてもスイーツ女神教の熱心な信者である私はお祈りを欠かさないのです。それでは失礼致します」
アンゴーラ村長代理も、一人お祈りのために教会の中へと入って行った。教義が緩いはずのスイーツ教にお祈りの時間があったっけ。
「ダンスの練習がまだ終わってませんでした。急いで振りを覚えなきゃ。まったねー!」
ミケは手を振りながらどこかへ去って行った。相変わらず、突然現れ突然去っていく天然100パーセント。
そして仮設ステージの前に一人取り残された俺。
「女性に囲まれてモテモテですね、リア充勇者殿」
聞こえてきた冷たい声。久しぶりの時間が止まる感覚。急に冷や汗が。足もガクブルしてきた。
「この感覚は・・・」
感謝祭用に設置された仮設ステージの奥から天使のような悪魔が現れた。
「シャム姫様!」
シャム姫が冷たい視線を俺に浴びせていた。そして、仮設ステージを降り、俺の側に近づいてきた。命の危険を感じる俺。
「ロッソからの報告によるとヨシオは色々と巻き込まれ・・・活躍し大変だったみたいだから、心配して様子を見に来たのですが。なのに、まさかのリア充生活ですか。いい御身分ですね。心配して損したわ」
まずい!機嫌が悪い。完全にツンデレのツン状態だ。これなら反女神派に命を狙われた方がましだというレベルだ。とりあえず言い訳せねば!
「いえ、アンゴーラ村長代理とは遺跡に関する報告のため訪れただけなのです。また、ロッソとは任務終了とはいえ、急に設定を変えると周りに怪しまれるのでついて来てもらっただけで。スジークには養護施設の関連でお手伝いすることになり知り合いまして。あと、ミケちゃんはここでばったり出会って、あ、もしかして明日の魔獣撃退記念祭りにプリンセス娘も!?」
「そうよ。私もミケも、プリンセス娘の主要メンバーも来ているわ。それより! 今の説明じゃ全然分からないわ。洗いざらい白状してもらうわよ。来なさい」
俺は連行される犯人の気分で、シャム姫の後を歩いた。ここで俺、何か悪い事したっけなどと思ってはいけない。男子諸君、理屈ではないのだ。「気分」の問題なのだ。シャム様が気に入らないと感じたら気に入らないのだ。理屈とか理由とか必然性とか合理性とか、そんなモノは「気分」の前では何の役にも立たないのだ。忘れるな。いつか役に立つ時が来るだろう。
「ここよ、入りなさい」
しばらく歩いて到着したのは造りの良い隠れ家的なホテル。入口に衛兵が立っている。中に入りロビーを通過し、これまた趣のあるカフェの奥にある個室に通された。ここはたぶんシャム姫が泊まっているホテルなのだろう。
「ここならゆっくりと話を聞けるわ。関係者しかいないので安全よ。ちなみに、今、紅茶を用意してくれているのも城から来てもらった侍女よ」
侍女が軽く挨拶した。プリンセス娘のセンターとはいえ、ハートフルピース王国のプリンセスでもあるシャム姫様なのだ。セキュリティーが厳しいのも当然である。
「すいません、俺がやりました。俺が犯人なんです!」
「あなたいつから犯人になったのよ。私はヨシオから直接、任務の報告を聞きたかったから来ただけよ。皆は急に忙しくなったみたいだけど」
あなたのプレッシャーのせいですよ!とは言えず、話を続ける俺。
「そ、そうだったんですか! てっきりリア充的な場面を見られたのでムカついて殺されるのかと」
俺はホッと胸をなでおおろした。
「ムカついていたのは確かだわ。私も温泉に行きたかったのに我慢して働いていたのよ。なのにヨシオはイチャイチャと。まあ、それは後で追及するとして、まずは仕事の話ね」
やっぱイチャイチャなところもムカついていたんだ。やばいっす。俺は冷静な振りをしてお仕事モードに突入した。仕事とは、もちろんキタノオンセン帝国が、突如ハートフルピース王国に宣戦布告し戦争を始めようとした理由の調査だ。すでに概略は伝えてあるが、これまでの調査結果を元に詳細な報告をした。
「つまりガリペラによって、そそのかされた一部の貴族達による反乱ということね」
「はい。そしてその反乱はほぼ鎮圧されています」
「おかしいと思ったのよね。メグちゃんと戦う理由が無いもの」
「そうですね。ナイスバデーのメグちゃんと戦う理由があるのは貧乳な奴らぐらいですからね。シャム姫様のような完璧なプロポーションな方が戦う意味は・・・って女帝のメグちゃんと知り合いですか」
「そうよ。言ってなかったっけ。昔、まだ私がプリンセス娘の正規メンバーになったばかりの頃に、メグとスジークが一か月ほど王国にダンス留学にきたの。それ以来、仲良しよ」
「スジークもですか!」
「当時、ちょうど暇を持て余していたヒツジキング三世王子とスワン王子妃が指導したのよ。この二人はともに体育会系だからメグとスジークは大変だったみたいだけど」
シャム姫は楽しそうに当時の事を話してくれた。
「いずれにせよメグが元気なら戦争は解決するでしょう。当面の危機は去ったようね。だけど、まだ全てが終わったわけではないわ。反乱を首謀したのがガリペラなのか、あるいはガリペラを操る誰かがいるのか」
「そうですね。俺はまだガリペラに会ったことが無いので判断できません。そちらは、これから調査するのでしょうか」
「そうなるでしょう。しかし調査にあたるのはヨシオではないわ」
「え! も、もしかして俺、クビですか?」
「どうしてそうなるの。クビではありません。心配しているのは勇者であるヨシオがガリペラにそそのかされて王国の敵になることよ」
「うー、絶対そそのかされませんと言えないところが辛い」
「だから、別のメンバー。たぶん女性が対応するでしょう」
「安心しました。しかし戦争を止めるために召喚された俺は今後どうなるのでしょうか。もとの世界に帰れるのでしょうか」
戦争が無くなれば勇者には用が無くなる。そうなると、王や貴族よりも人気のある勇者は邪魔になり殺されるのがテンプレなストーリーだ。
「ヨシオはガッツリ稼いでいるみたいだからこの世界でセレブ生活を満喫してもいいし。一夫多妻制も一妻多夫制も国に認められているからリア充生活もOKよ」
「え、妻が複数居てもいいの!」
「むしろ推奨されているわ。お金がある人は出来るだけ多くの女性を幸せにし、有能な遺伝子を持つ子供を増やして金をかけて教育し、その結果王国を発展させるのが義務よ。今までの最高は妻が百人を超えていた人がいたわよ」
「そ、その人は貴族や王様ですか」
「一般人の金持ち。ナツモト・タカスィーよ」
「プリンセス娘のプロデューサーだった人じゃないですか! くそう! うらやましい」
「それから元いた世界、故郷に帰りたかったら帰ってもいいし」
「元の世界に帰っていいの?」
「言ってなかったっけ。こちらとしてはお願いして働いてもらっているわけで、召喚された本人が嫌がっているのに無理やり働かせるなんてできないわ。魔術師のシバが帰還方法を知っているわ。でも、私としては、せっかく仲良くなれたのに、このまま離れ離れになるのは嫌よ」
シャム姫はまっすぐに俺を見つめそう言った。もしかして、俺と一緒にセレブ&リア充生活をしようって誘っているってこと? そうだよねきっと!(たぶん違う)