15-6話
壁画内では女神が新聞紙丸めて魔獣ゴキ退治をしている様子が描かれている。しかし、そのゴキのサイズは故郷と同じくらいの数センチに見える。ゴキだけでなく、アルマジロも、テッポウ魚もかなり小さい。
「この頃はきっと魔獣が小さかったから丸めた紙で撃退できたんだ。しかし、この壁画が描かれて以降に何らかの理由で魔獣が巨大化した。たぶん生存に有利な体の大きな個体が生き残り、その子孫の中からさらに体の大きな個体が生き残り、そうやって魔獣は何万年もの長い時間をかけて進化した…進化論的にはそうなるな」
俺は得意げに故郷の知識を披露した。
「壁画が描かれたのは推定では約千四年前と考えられています」
「まじ!?」
アンゴーラ村長代理が手元の資料を見ながら回答してくれた。意外と短い期間で大きくなったようだ。千年でここまで進化できるのか。いや、壁画が描かれた時代をそもそも正確に推定できていないのかもしれない。
「千四年前に描かれたとのことですが、どのように調べたのですか。放射性アイソトープの半減期とか、いや、この世界なら魔法的な何かかも。特に千四年、千年はいいとしても四年とか、そこまで正確に計測できるのでしょうか」
「それに関しては、この洞窟内に証拠が描かれています。こちらです」
俺とロッソRはアンゴーラ村長代理の後について部屋の壁沿いにしばらく移動した。しばらくして、村長が一つの壁画を指さした。
「これですか?」
俺はまじまじと壁画を見た。これはかなり大きな壁画だ。女性が踊っていて、その周りに人々が集まっている。巫女か? いや、よく見ると踊っている女性の後ろには百名程度の女性がいる。踊っている女性の前には数千人くらいの人々がいる。コンサート?
「ヨシオ! ここに説明がある!」
説明文らしき文字が描かれているところを見て俺は衝撃を受けた。
「第十九回 ハートフルピース王国王女選抜総選挙!!!」
「そうです。今年は隣国で第千二十三回 ハートフルピース王国王女選抜総選挙が開催されていますので、それから差し引くとこの壁画が描かれたのは千四年前となります。すなわち、この画を描いたのは千四年前のオタク・・・熱狂的なコアサポだと考えられるのです」
恐るべしオタ・・・コアサポ! 恐るべしハートフルピース王国! 恐るべしプロデューサー、ナツモト・タカスィー!
その後、俺達はアンゴーラ村長代理の説明を受けながら一通り壁画を見た。結果、千四年前は現在と大きくは変わらない世界であることがわかった。そしてロストテクノロジーの理由は不明のままだ。
「最後にヨシオ様、この部屋の中央の床を見て下さい」
アンゴーラ村長代理は壁面を離れ、部屋の中央に向かった。壁には色々と描かれているが、床は真っ白で何も描かれていない。しかし、部屋の中央部の床、直径1メートルくらいの中に模様が描かれているのが見えた。近づくとそれが何かわかった。
そこにはラッパ? を吹いている美しい女神が描かれていた。
「ここの画だけクオリティが違う!作者が違うのか」
「ホントですね。ここの女神は丁寧に描かれていますね。なにか楽器を奏でている? さっきのコンサート壁画と関連あるのかしら」
ロッソRと俺はそのクオリティに感心していた。
「私には魔獣を笛で追い払う女神のように見えます」
アンゴーラ村長代理はそう言った。そうか、女神と呼ばれていた人も犬笛を知っていたのかもしれない。しかし、それにしては犬笛が現代に伝わっていないのはおかしい。
「言い伝えによると、この不思議な笛は異世界で作られたもののようです。ヨシオ様の笛と同じように」
「「!!!」」
アンゴーラ村長代理は話を続けた。
「言い伝えの最後にはこうあります。『魔獣を退けし勇者が現れた時、女神は復活する』と」
アンゴーラ村長代理が真面目な目で俺を見ている。
「ヨシオ様。あなたはハートフルピース王国で召喚された勇者ですね。我々が一か月以上かけて撃退する魔獣を一日で撃退。只者ではないと思い、調べさせて頂きました」
「え、いや俺は単なる旅人のヨシオだよ。そうだよねロッソ」
「え、ええ、ヨシオハワタシノコイビトヨ」
ロッソRが壊れたロボットのようにそう言った。バレバレである。
「いえ、大変失礼いたしました。周りに誰もいないとはいえ、大っぴらにお尋ねすることではありませんでした。勇者様と言えば王族も同様。大人数の護衛も付けていないことから、訳あってのお忍びでの行動であることは理解しているつもりです」
勇者って王族同様の立場なの!? 初耳なんだけど。しかも勇者なら強いから護衛とかいらないだろ普通。俺は弱いから危険な場所では護衛を付けてほしいけど。
「私は村長代理なのに何も気づいていなかったのです。しかし先代村長の叔父は気付いていたようで、それで私にヨシオ様達を博物館に連れて行くよう指示し、洞窟にも案内するようほのめかしたのです」
アンゴーラ村長代理は床に描かれた女神を見つめている。
「笛を吹いている女神の壁画、魔獣を撃退した勇者ヨシオ様、そして言い伝えの内容、それが今ここでつながりました。ヨシオ様こそが女神を復活させて下さる勇者であると。女神がいて下されば私達の村はもう魔獣に怯えて生活する必要が無いのです」
できれば協力してあげたいが、極秘任務中だし。いや、アンゴーラ村長代理のムチムチタイプもいいかなーとか思った訳ではなく。いや、アリなのか。いや、やっぱり任務中はマズいだろ。
「その通り、ヨシオ様こそが勇者なのです」
「え、ええーー?」
ロッソRがいきなり俺の正体を暴露した。
「仕事も終わったし、ここだけの話にして下さるなら協力してもいいかなって。てへ!」
気のせいか、ロッソRがあざとくなっている気がする。
「しかし、俺は何をすればいいのだろうか。全然思い当たる節が無い。なにしろ、壁画とはいえ女神のことを知ったのは今日が初めてだし」
俺は何の気なしにポケットに入れた。犬笛? 俺は試しにと犬笛を手に取り吹いてみた。相変わらず笛の音は聞こえない。メロディーが必要なのかな。でもこれ音程変わらないし。そもそも人間には聞こえないし。何となく頭に浮かんだ有名コンビニの入店音楽を奏でてみた。
(ゴゴゴゴ・・・)
いきなり何かの機械音が部屋中に響きだした。同時に、床の中央に描かれた女神の壁画が浮上を始めた。
「うおー!」
「なにこれー!」
「神よー」
どうやら筒状の物体が女神の壁画の下からせり上がってきているようだ。しばらくして、浮上は止まった。
それは、直径1メートル、長さ3メートル程度の透明な氷でできた円筒状の物体だった。そして中には美しい女性が凍ったまま閉じ込められていた。
「女神様・・・」
アンゴーラ村長代理は氷に閉じ込められた女性を見てひざまづいた。