14-10話
引き続きヨシオが召喚される数年前の話です。
ラブ姉妹はハートフル・ピース王国での一か月にわたるダンス修行を終えた。そして、やっとキタノオンセン帝国ラブ領内にある超高級温泉旅館まで帰ってきた。旅館の敷地は人工的に管理された森に覆われている。魔動馬車は優雅に旅館敷地内の森の中を駆け抜け、やがて現れた神々しい巨大な金閣寺に似た建物、つまり特別宿泊棟の前に停車した。
この建物は最近作られたものでありスジークの転生前のあやふやな金閣寺の記憶を元に作られている。オリジナルとの大きな違いは屋根も壁も含め外壁の全てが本物の金で作られていること、そしてオリジナルと比べ縦横三倍の大きさなところだ。急な来賓用のための建物を作るときにスジークが冗談で言ったことが現実になってしまったのだ。
そしてオリジナル金閣寺の庭の池が、こちらでは温泉になっている。金で出来た巨大な金閣寺の前に温泉。全くもって落ち着けない設計だがこちらの世界の王族、貴族達には大好評だ。
「「「お嬢様お帰りなさいませ」」」
出迎えてくれたのは、以前、この付近で起きた地震によって家を失った人達だ。ラブ姉妹はそんな人達をここの従業員として雇っている。スジークが転生前の筋肉好代だった頃の知識を彼らに叩き込んだおかげで、今となっては『おもてなし』のできる一人前の従業員となっている。
ラブ姉妹は従業員に案内され特別宿泊棟のリビングルームに移動した。
「出迎えありがとう。変わったことは無かったかしら?」
「相変わらず予約で数年先まで埋まっています。従業員達も慣れてうまくこなしていますが、人手が足りません。拡張しまくっているので、ほんと人手が全然足りません」
「拡張して人気が落ち着くと思ったのにさらに人気が出たらしいわね」
「拡張するたびに新しいタイプの温泉と宿泊棟を作るからだと思います。何しろスジーク様のアイデアは斬新すぎて新しい物ばかりですから。リピート客も半端ないですし」
「ちょっとスジークがやりすぎたようじゃのう。まあそれは人を雇えば良いではないか」
「そうね。良い人材を集めるのは大変だけど人を増やすしか無いわね。他には何かある?」
「あと最近になって、予約が取れなかったけど泊まらせろと無理強いをする人がたまに来ます」
「そうは言っても予約で埋まっているから貴族でも直ぐに泊まるのは無理じゃろ。無理強いとは困ったのう」
「今のところ、他の宿泊客には見つからないように追い返せていますが、今後も来るようなら警備の強化が必要かもしれません」
「わかった。警備も含め増員の件、何とかするわ」
その後、軽い食事をしながら打ち合わせをして解散した。明日はラブ家に戻って両親に顔を見せる約束をしているので朝も早いのだ。
「眠いのじゃ。睡眠不足はお肌の敵なのじゃ。大好きな温泉に入ってすぐに寝るのじゃ」
「私は運動不足の方が気になるわ。少しトレーニングしようかしら。折角身に着けた筋肉を維持したいもの」
メグは女性らしくお肌を気にしているようだが、スジークの方は筋肉が心配なようだ。筋肉オタクであるヒツジキング三世の影響をかなり受けているのだろう。そこへ従業員がかけこんできた。
「お嬢様!すみません!フロントで予約していない人が来て揉めています!」
「最近来ている人達ね。私が暴れてみようかしら。良い運動になるかもしれないし」
「眠いのに、このままでは心配で眠れないのじゃ。お肌の恨み、そいつらにぶつけるのじゃ!」
二人ともヤル気満々でフロントへ向かった。すると、派手な衣装を着た、いかにも成金商人風の男が玄関前で文句を言っていた。
「ふざけんな!こっちは泊まることろが無くて困っているんだ!」
「そうは言われましても今日はご予約で一杯です。予約の無い方はお断りしております」
すでにセバスチャンが駆けつけて対応してくれていたようだ。
「じゃあ飯を食わせろ!宿泊を断ったんだからタダで食わせろよ!」
「すみませんが宿泊のお客様にしか食事は提供しておりません。少し行った先に別の宿も食事処もありますので、そちらはいかがでしょうか」
「俺様に対してそんな庶民向けの所に泊まれというのか!いいか、俺はこの国のエドワード王子と知り合いなんだぞ。断るとお前らのためにならぬぞ!責任者を出せ!」
そう言って、剣を抜いてこれ見よがしに振り回した。すると商人の後ろから小汚い用心棒らしき人達が10人ほど現れた。皆、剣を構えている。
「セバスチャンならすぐに全員倒せると思うけど、運動がてら私に任せて」
「わらわも温泉と睡眠の邪魔をされて機嫌が悪いのじゃ。奴らに怒りをぶつけたくてしかたがないのじゃ」
ラブ姉妹は相手の武器を見てよけいに殺る気を出した。
「しかたないですね。相手はそれほど強くはなさそうですが、武器を持っているので十分注意して下さいね」
「「ありがとうセバスチャン」」
ラブ姉妹は武器も持たず商人の前に出て行った。
「「私達が責任者よ」」
「ほほう、こんな小娘達が責任者とは」
成金の商人はラブ姉妹の事を知らないようだ。そしてラブ・メグの元婚約者がエドワード王子ということも知らないようだ。これはこの商人が貴族のお抱えでは無いということを表している。
「目的は何なの。この宿が人気でなかなか宿泊できないことは庶民なら知らないかもしれないけど、あなたのような大商人なら当然知っているでしょ」
「も、もちろん知っているぞ!しかし貴族ばかりを優遇して商人や庶民を泊まらせないではないか!けしからんことだ!この極悪経営者め」
「予約すればすぐにではないが、誰でも宿泊できるのじゃ。商人も庶民も泊まれるのじゃ」
「騙されないぞ!商人や庶民を泊まらせないようにするため形だけの馬鹿みたいな宿泊料を要求しているではないか!そして貴族のみを安い値段で泊まらせているのだろ!」
「高いのは確かだけど、その馬鹿みたいな金額を本当に宿泊客から頂いているわ。当然、貴族からも。皆喜んで払うのだから、こっちがびっくりよ」
「安いところなら別の宿もあるのじゃ。そちらに行くのがいいのじゃ」
「うるさい!俺を馬鹿にするとは!行けお前ら!」
用心棒らしき奴らが一斉に襲ってきた。従業員達は悲鳴を上げた。