14-7話
引き続きヨシオが召喚される数年前の話です。
ラブ姉妹がハートフル・ピース王国に来てから一か月が経とうとしていた。その間、ヒツジキング三世王子によるブートキャンプとスワン妃によるダンス訓練は毎日行われていた。ラブ姉妹は全ての課題をほぼ完璧にこなせるようになっていた。
ラブ姉妹はヒツジキング三世王子と一緒にグラウンドに来た。
「一か月の間、よく頑張った!重要なことは全て教えた!国に帰っても自主的に訓練を続けるように。そして筋肉に感謝するように」
「「ありがとうございますボス!」」
「これから、お前達の成長を確認する」
最終目標は本国のダンス審査だ。そのために必要な基礎体力とダンス技術が身についているか確認するのは当然であろう。
「ぜひ私達のダンスを見て下さい」
「一か月前とは別人のように踊れるようになったのじゃ」
ラブ姉妹は自信をみなぎらせている。厳しい訓練を耐えてきた結果だ。
「お前達の気持ちは良く分かった。ゴールドとシルバー来い!」
ヒツジキング三世王子の後ろに見える崖の上にそれぞれ金色と銀色の衣装を身に着けた冒険風の人が出てきてポーズを決めた。顔にはマスク、背中にはマント、首にはマフラーが装着されている。
「この国のダンスの正装は派手なのですね」
「でもかっこいいのじゃ!ちびっこ人気が凄そうじゃ」
お助けヒーロー的な何かをイメージしているに違いない。
「メグとスジーク。お前達には俺の直属部隊ゴールド&シルバーと戦ってもらう」
ヒツジキング三世はそう言って金属製のグローブ、いわゆるガンレットをラブ姉妹に渡した。
「戦うって!?私達はダンスのための訓練をしていたはず!なぜ?しかも、いきなり戦いで勝てるわけ無いです!」
「無茶なのじゃ!そもそも戦ったこともないし、女には無理なのじゃ」
「戦いに男も女も関係あるまい。なに、剣などの武器を使うわけでは無い。お前達には十分に戦える筋肉があるだろ。スジークは前に出ろ。シルバーが相手せよ」
「イエス、ボス!」
会話の間に崖の横の道を猛然と走っていたゴールド&シルバーが、やっとこちらにたどり着いていたようだ。スジークは仕方なくシルバーの前に出てガンレットを両腕に装着した。
「三十分以内にお前達がゴールドまたはシルバーの体に攻撃を当てることが出来たら勝ちだ。時間切れ、あるいは動けなくなったらお前達の負けだ」
シルバーは近づいてきて握手を求めた。
「スジークさん。私はこんな格好ですが実は正式な騎士です。ですから女性でしかも素人のあなたが私の体に攻撃を当てることができるとは思えません。三十分間逃げ回ってもいいですよ。そうすれば怪我をすることもないでしょう」
シルバーは見かけによらず真摯な態度でそう言った。確かにその通りだろう。しかし、その上から目線の言葉にスジークはカチンときた。
「いえ、せっかくの機会です。全力で戦いたいと思います」
「それでは私の攻撃で早急に意識を失ってもらいましょう。それが最もあなたのダメージが少なくなる方法です」
スジークとシルバーはお互いに礼をした。
「始め!」
「一気に決めてやろう『流星パンチ!』」
シルバーが派手なアクションで連続的な高速パンチを仕掛けてきた!番組の冒頭でいきなり水戸のご老公達が印籠を掲げるようなおきて破りの展開だ!スジークはそれをガンレットでどうにか防御している。
「ほらほら、段々と速くなっていきますよ。いつまでも腕で受け止めていると体にダメージが蓄積しますよ」
ガンレットで攻撃を防いでいるとはいえ、シルバーより体の小さいスジークにとってダメージは少なからずある。スジークの額には早くも汗がにじんでいる。
「お腹の防御を忘れていますよ」
「ぐはぁ!」
シルバーによる腹への攻撃をまともに受け、スジークは後ろに吹き飛んだ。
「ふふ。勝負あったようですね。僕の必殺の『流星パンチ』によく耐えましたね。そこだけは褒めてあげましょう」
シルバーはその場を立ち去ろうと後ろを向いた。その時。
「まだだ・・・まだ戦える」
「なんだと!」
スジークは立ち上がった。体にダメージは受けているようだがその目にはスポ根ドラマお約束の炎が揺らめいている。スジークは諦めていなかった。
「なかなか諦めが悪いようですね。それではもう一度『流星パンチ』を受けて頂きましょう」
スジークに向かって再びシルバーの流星パンチが降り注いだ。スジークは注意深くガンレットで攻撃を受け止めながら分析していた。シルバーの攻撃の特徴は速さだ。一つ一つの攻撃に壊滅的な力は無いが、隙を見て急所に攻撃を加える戦術のようだ。
「ほらほら。受け止めてばかりじゃあなたは攻撃できないよ」
シルバーの攻撃がもう一段早くなった。ガンレットを使って必死に耐えているスジークだが、このままでは倒れるか時間切れだろう。その前になんとか一撃を与えたいと考えているが、シルバーの言う通りパンチを受け止めることで精いっぱいのスジークだった。
「さあ、今度こそ終わりですよ。ガードの上からでもダメージは与えられるのですよ」
より体重の乗ったシルバーの決めの一撃がスジークを襲った。
「ぐぁ!」
そのパンチをガンレットで受け止めたスジークだが、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
もう手段が無い。スジークは地面に大の字になりながら空を見上げ、肩で息をしている。残された体力はあと少しのようだ。どうやったら勝てるのか。方法が浮かばない。
ふいに風が吹き、赤いバラの花びら飛んできた。そしてバラの香りが辺りをつつんだ。バラの咲く季節じゃないのに。
「あなたの力はその程度なのかしら」
「「スワン先生!」」
そこには煌びやかなドレスを着た金髪縦ロールのスワン妃がいた。スワン妃の背後にはバラの花びらが吹雪のように舞っている。花びらはどこから飛んできたのか。そしてなぜ金髪縦ロールはびくともしていないのか。
「日頃のダンスのトレーニングを思い出しなさい。わたくしは全ての技をあなたに伝えたはずだわ」
「!!!」
戦うことに囚われすぎていた。何も素人が騎士の真似事をする必要は無いのだ。スジークは立ち上がった。そして再びシルバーに立ち向かった。
「行くわよ!」
「何度やっても無理ですよ。せっかく意識を刈り取って怪我無く早く終わらせてあげようとしたのに」
「手加減は不要です。本気で来てくださいね。私もそろそろ本気を出しますから」
「はっはっは。面白い冗談だ。防御するだけで精いっぱいだったあなたに何ができるのか。見せていただきましょう。『流星パンチ!』」
さらに高速な連続パンチがスジークを襲った。しかし、今度はスジークはそれらを華麗なステップで避けた。
「な、なんだと。パンチが当たらない。そんはずは無い『流星パンチ!』」
パンチがさらに高速になった。しかし、それらのパンチもスジークは前後左右のステップで華麗に避けている。ダンスで練習した高速ステップのおかげだ。
「くそう、なぜだ!なぜ騎士である私の『流星パンチ』が当たらないのだ!」
シルバーは先程とは異なり焦りの表情を受かべている。
「この一か月の成果を見て頂きます!」
今度はヒップホップのリズムと動きで体をひねりながらパンチを避け、前進ムーンウォークという謎の動きでシルバーの懐に飛び込んだ!スジークはシルバーのみぞおちに一撃を加えた。
「うわぁ!」
シルバーは尻もちをついた。
「終了!勝者ラブ・スジーク!」
「「「「「うぉーー!!!!」」」」」
いつの間にか周囲にはプリンセス娘のメンバーや練習生達が集まっていた。
「か、勝った!」
勝者を讃えるかのように、赤いバラの花びらが太陽の光を受けながらキラキラと舞い降りてきた。