13-5話
美しい冬山、綺麗な水、野生動物や魔獣が多く暮らす自然豊かな森林。そして火山に由来した温泉がいたる所から湧き出している。温泉の質も非常に良い。それが皆のイメージするキタノオンセン帝国だ。
一方、この国は火山に囲まれた大地の中にあるため、数十年に一度はどこかの山が噴火して大地震が起きマグマと火山灰がまき散らされる。それらを受け入れ、人々は自然と共存して暮らしている。
だからといって勘違いしてはいけない。キタノオンセン帝国は発展途上の民族国家ではない。文化レベルも軍事レベルも非常に高い国家なのだ。指導者の強力なリーダーシップの元、国力を増強しながらも、人間の生活と自然のバランスをとりながら国家運営をしている先進国である。
とはいえ他の国から見るとそこは寒くて自然災害の多い国という扱いである。したがって、ここを訪れる観光客はかつてはほとんど居なかった。
近年、他国は近代化に伴い自国の自然を破壊していった。そのため手付かずの自然を保っているキタノオンセン帝国の価値は急上昇していった。
自然を求めこの帝国にも徐々に観光客が訪れるようになってきた。しかし安易な開発は許さず、未だに厳重なルールの元で自然を保護しながら開発を行っている。
豊富な樹木、マグマの噴出で生成される特殊な鉱石、綺麗な湖や川でとれる魚、森に生息している野生動物。自足自給ができるし、もちろん輸出も出来る。だから、観光客相手に無理してお金を儲ける必要はないのだ。この国は裕福なのだ。これまでは経済をめぐって周辺国家と争うこともなく、かといって積極的に交流もしない自主独立国家。
そんな帝国が十数年前から、いくつかの拠点に超絶豪華な宿を設置し始めた。それまでの温泉は飲料として利用されていたが、温泉水に浸かる風呂、露天風呂を設置したのだ。自然と一体化した風呂は大人気となった。
隣接するニシノリゾート共和国の北部にも温泉やホテルがあるが、それはキタノオンセン帝国の劣化コピーにすぎない。ニシノリゾートが民宿ならば、帝国はセレブ御用達の高級リゾートホテルのレベルにある。すでに庶民が気楽に予約が取れるレベルではない。
この高級リゾートホテル計画を推進したのがキタノオンセン帝国の女帝であると言われている。女帝の名前は知られていない。ただ、この世界では『女帝』といえばキタノオンセン帝国の女帝を示しているので名乗る必要が無いのかもしれない。
女帝が高級リゾートホテル計画を推進したのは、火山の影響で壊滅した地域を再生するためだと言われている。数年前、ニシノリゾート共和国との国境で起きた地震のせいで小さな村が壊滅した。そのうち、そこにも高級リゾートホテルが建設されるだろう。
そんなキタノオンセン帝国がなぜハートフルピース王国に宣戦布告したのかは未だに謎である。
◇ ◇ ◇
数年前
「スジーク、あなたに特別な任務を与えます」
「今度は何?面倒なことは嫌よメグちゃん。私は自由に生きたいの。姉だからって無茶言わないでよね」
「貴方の才能を無駄にするわけにはいかないわ。貴方ならきっとやってくれるでしょう」
「かいかぶらないで。それで何よ」
「先日の地震で生き延びた子供達が隣国ニシノリゾート共和国オモイザワ村で孤児となっています。保護してほしいの」
「そういうことなら仕方ないか。国の組織ではできないの?」
「すぐには無理なの。少し時間がかかりそう」
「ああ、ガリペタね」
「ガリペラです。しかも彼女のせいじゃない。お金は準備してあるから、オモイザワ村で児童養護施設を設置して数年間運営してほしいの」
「数年間?また地道な計画ね」
「捜索もしてもらうけど、キタノオンセン帝国の施設があると知って集まってくる子供達がいるかもしれないからね」
「わかった。適当な中古物件を購入するわ」
「期待しているわ」
◇ ◇ ◇
ツバサが居なくなった。あれほど建物から出るなと言っておいたのに。管理人としての私の責任も問われちゃうな。全くついてない。面倒な事に巻き込まれてなければいいけど。
「姉ちゃん、ただいま!」
「どこ行っていたのツバサ!危険だからしばらく建物から出ないでって言ったでしょ!」
「ごめん。でも大丈夫だよ。ヨシオに助けてもらった」
そこには知らないカップルが居た。ちびっこハウスから居なくなったツバサを連れてきてくれたようだ。
「ヨシオ・・さん?ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
「いえ、偶然通りかかっただけです。こっちはロッソ、二人で観光に来ているんです」
「ロッソです。こんにちわ。こんな住宅地の中に養護施設があったんですね」
ヨシオは特徴の無い顔をしている。育ちも普通っぽいし、お金も持ってなさそうに見えた。服は変な模様の服だ。街で流行っているのかな?一方、ロッソの方は可愛らしくてびっくりした。芸能人レベルだ。しかも所作が美しい。高貴な出の娘なのは一目でわかった。
ヨシオとロッソは観光客だと言っている。しかし、こんな不釣り合いなカップルが居るわけない。たぶん貴族の娘のお忍びだ。何か目的があるのだろう。いずれにせよ、ヨシオは単なるお付きの人だろう。