13-3話
わびしい歌声、フォークギターの演奏、そして激しいダンス。一人で歌って一人で演奏して一人で踊る、しかもそれらが全然融合していない。新しい!新しすぎてよくわからない!新しいジャンルの音楽だ。
「ええと、この喫茶店のマスターですよね。心に浸み入る歌をありがとうございます」
「俺のコンサートに来て頂きありがとうございます。ここの喫茶店のマスターをしている大物ミュージシャンのミ・ユーラーデーチと申します。デーチと呼んで下さい」
自分で大物とか言っているよ。しかもコンサートに来た覚えも無いよ。とりあえず疑問を確認しておこう。
「デーチ、ミランダクーっていうのが奥さんの名前ですか」
「ええ、そうなんです。『ミ』が名字でミ・ランダクーっていう名前なんです。どこかでお会いすることがありましたら俺が探していたと伝えておいて下さい」
「わ、わかった。前向きに善処する気持ちで頑張る所存です」
無理ですごめん。伝えられないです。
「ところでお願いがあります。実はここの店は大赤字なんです」
「そうでしょうね」
「先ほど話が少し聞こえてきました。いきなりで申し訳ありませんが、セレブなあなたにこの店を買って頂きたい。勢いで借金して店を買ったものの客が全然来なくて、借金は返せないし、生活費は稼げないし、妻だけが頼りだったのに居場所がわからなくなったし」
「こんな路地裏で喫茶店。素人が考えても無理だとわかるよ」
「そうですよね。やはり、妻を意地でも探し出してお金を工面させるしかないか・・・」
やはりダメ夫の典型だ。こいつの更生も必要だな。
「俺が買い取ろう。いくらだ」
「本当ですか!借金の分だけ肩代わりして頂ければいいです。それでも500万HPDなんですが」
「ああ、大丈夫だ。ちびっこハウスの件もあるし、後で一緒に手続きにいこう。よければ、俺が店を経営するから従業員として働いてみないか」
「「「「えええ!」」」」
皆が驚いている。思いの外お金も貯まったし、ちょっと思いついたことがある。ミランダクーとその子供達のためにも父親には頑張ってもらわねばなるまい。
「スジークには店長をしてほしい。出来れば施設の子供達にも手伝ってほしい。もちろん当面の運営資金は俺が提供する」
「私はちびっこハウスの管理人の仕事があるのですが。それに子供達が手伝うとは?」
スジークが困った顔でそう言った。
「スジークは店長なので、ずっと店にいる必要は無い。実際には今まで通りデーチに働いてもらう。店の仕入れや金銭管理などをスジークに、そして配膳などの手伝いを子供達にやってもらいたいと考えているんだ」
「ヨシオ、何の店をやるの?」
ロッソRが心配そうに聞いてきた。
「カツ丼屋だ!」
「それいいですね!絶対!絶対!絶対!やりましょう!」
ロッソRは先ほどの心配はどこに行ったのかノリノリだ。たぶんカツ丼を食いたいだけだろう。
「だろ。食い物屋なら地域の皆も喜ぶし、金も儲かるし、合間に子供達のまかない飯も作れる」
「でも、喫茶アルマジロではサンドイッチしか作ったことが無いんだ。ここには厨房はあるけど俺がカツ丼なんて作れるかどうか」
「それに、私も長年ちびっこハウスで管理人しているけど、ここら辺は人通りが少なくて人集めが大変だと思います」
「さらに、元刑事の俺から言わせれば、カツ丼なんて平凡な料理を食いにここまで来る物好きはいないだろうよ」
俺のカツ丼を食べたことの無いデーチ、スジーク、ヨコピロシは心配しているようだ。
「ふふ、心配するな。俺がカツ丼のスペシャルレシピを作ってやる。素人でも計量をきちんとして調理時間を守れば超絶美味いカツ丼が作れるはずだ。大人気店になるぞ!」
皆、顔を見合わせている。
「わかった。俺はこれまで失敗ばかりで家族に迷惑をかけっぱなしなんだ。金を稼いで家族にいい暮らしをさせてやりたい。全力で頑張る。作り方を教えてくれ」
「ああ任せろ。材料を準備して明日から特訓だ。スジークはやってくれるか?できればすぐに食料の仕入れと金銭管理をお願いしたい」
「オーナーのヨシオの言うとおりにするわ。私は店長をやれば良いのね。仕入れ先などは心当たりがあるから大丈夫。お金のことはさらに得意よ。この後すぐ準備するわ。でも客集めはどうするの」
「それは俺に任せてくれ。心当たりがある。それから店名だが、カツ丼アルマジロにするから」
「アルマジロなんだ・・・」
ロッソRが不服そうだが、デーチがせっかく付けた名前だ。生かすことにしよう。
「色々とやることは山積みだが、まずは借金を清算しに行こう、今すぐに!」
手続は今朝俺達が立ち寄った銀行で行うらしい。俺とロッソR、そしてスジークとデーチは手続きを行うため銀行に向かった。ヨコピロシはちびっこハウスで留守番だ。
◇ ◇ ◇
ただいま銀行で担保や借金の清算手続きをしている。俺の故郷と違って、金さえ払えば簡単な書類を書いて手続きは終了のようだ。取り急ぎ魔動ATMで俺が支払い手続きを行う。
しかし、本当に口座にお金があるのだろうか?朝見たけど心配になってきた。まずは、魔動ATMで口座の残金を確認することにした。
「えっと、カードを置いて、手をかざして、残高をタッチと」
(100,000,000 HPD)
「あれ?一千万円に減ってる・・・いや、増えてる!一億HPD!」
本人の意図とは関係なくセレブへの道まっしぐらのヨシオであった。