23-28話
「お嬢様、おかえりなさいませ」
アンゴーラがペンちゃんと一緒に豪華な魔動馬車に乗り込んだ。馬車の中で彼女を迎えたのはグレー商会の元幹部アクドーイ。アクドーイはグレー商会のダンジョン自治区支店長だったが、ヨシオに潰されたため商会をクビになった。そこをアンゴーラに拾われたのだ。
「ジャー少佐の裏切りのせいで、少し手間取ったわ。でも想定の範囲内。コンプリートコレクションは手に入れたわ。計画通り進めて」
「了解」
馬車はダンジョン自治区中央の街中を静かに走り始めた。
「それにしてもジャー少佐もこのコレクションを目にすると我慢できなくなったようね。奴は切り捨てるつもりだったからいいけど」
アンゴーラはそう言って微笑んだ。彼女はジャー少佐を利用して婚約者のネックレスを集めることを計画した。ダンジョンの支配権と引き換えに。だが、アンゴーラは最初からダンジョンの支配権を彼に渡すつもりは無かった。
「お嬢様も人が悪いですね。はなからジャー少佐をポイ捨てするつもりなんて。それにしても、そのペンギンがダンジョンコアですか」
アクドーイがペンちゃんを見ながら言った。
「そうよ。この子がいれば、ダンジョンはいつでも作れるのよ。逆に、コアの無くなった中央ギルドのダンジョンは機能停止している頃よ。この子にはもうひと働きしてもらわなくちゃ」
「古代文明の文字が読めると、ダンジョンを作ったり停止させたりできるのですね。凄いものですね」
「大したことでは無いわ」
中央ギルドのダンジョンには各階から地上に向かう一方通行のエレベーターがある。しかし、これには裏技があって、エレベーターに付いている階ボタンを手順に沿って押せば逆方向、つまり地下に向かって行けるのだ。
アンゴーラは地球に居た頃、この世界に似た乙女ゲームをやり込んでいた。マルチエンディングなのでシナリオは現在の状況と一致しないが登場人物の名前と顔は一致。トリックやパスワードなども同じだった。なのでそれを利用した。
アンゴーラは最下層に行き、ダンジョンコア部屋の出口から中に入り、システムが出すクイズ(日本語)に答えてまんまとダンジョン支配権及びダンジョンコアのペンちゃんを手に入れた。
(しかし気付いたときにはシナリオが変な風に進んで焦ったわ)
アンゴーラは異世界人だがヨシオ、天井、筋肉、無限野とは立場が異なる。アンゴーラはこの世界唯一のゲームプレイヤーなのだ。本来はアンゴーラが主役となって、ヨシオのハーレムの中で力を示し、ライバル女性を蹴落としながら勇者ヨシオの第一王女を目指すというストーリーだ。
(きっとヨシオと共に巻き込まれて転生してきた三人の影響よね。あの三人のうちの誰かがこの乙女ゲームの知識を持っている。だからゲーム開始前にハーレムが形成され、準備の整っていない魔王を倒すという流れになっているのでしょう)
アンゴーラは魔動馬車に揺られながらゲームのシナリオを思い起こしていた。
(しかし、このルートで魔王を倒しても、地球に帰れるのは勇者であるヨシオだけ。他の三人と私は地球に戻れない。あの巻き込まれた三人はきっとそれを知らない。結局のところ、裏ルートの逆ハーレムでしか地球に戻れない)
逆ハーレムルートとは主人公であるアンゴーラが各婚約者を全て奪うルートである。その場合、以下のような状況からゲームが始まる。
シャム姫の婚約者はヨシオ(異世界人の勇者)
マンチカンの婚約者はジャー少佐(〇リコン、ジェーンの元婚約者)
ミケの婚約者はハイエーナ(ミケ推しの金持ちトップオタ)
ジェーンの婚約者はキッコリー(幼馴染、ラグドールの元婚約者)
ラグドールの婚約者は鬼瓦権左衛門(ジュエリー店ルイルイ・バトンの従業員)
メンクイーンの婚約者はイケメン・ブリーダー(傭兵)
ベンガルーの婚約者はチャールズ・エドワード(キタノオンセン帝国 前帝王の息子)
タベタリーナの婚約者はジャガ男爵(ベンガルーの兄)
ロッソR=アカネの婚約者はアオゾラ・ツバサ(銀行のイケメン従業員)
アンゴーラの婚約者はアクドーイ(グレー商会幹部)
(ヨシオ達の行動のせいで各自の立ち位置がかなり変わっていたのよね)
逆ハーレムルートの場合、各男性から婚約者のネックレスが主人公であるアンゴーラに贈られる。
(いくら頑張っても狙った逆ハーレムルートに入れないし、ストーリーも知らないものに変わるし、しかたなく強硬手段に訴えたけど。ルートは異なるけどネックレスは全て手に入れたから結果的には逆ハーと同じと言えるかな)
アンゴーラはコレクションの入ったアタッシュケースを見つめた。
「しかしアンゴーラお嬢様は実はお金持ちだったのですね。落ち目とはいえグレー商会を丸ごと買収するなんて」
グレー商会は元々はキタノオンセン帝国の前帝王カイザーが密かに始めた商会。他国を経済的に侵略したり弱らせる目的で設立された。
「運よくエルフに売ったレシピがいいお金になったのよ」
「あれは、お嬢様が仕掛けたのですか!? さすがだ。おかげで最近はエルフ領でも美味い食事ができます」
現在エルフ国およびダークエルフ国では食の大革命が起きている。それらの原因はアンゴーラ。地球の知識を使ってレシピを高額で売却しているためだ。
「それからTV局に脚本を持ち込んだこともあるわ。高く買ってくれたけど書くの面倒なのよね。知らないかしら『渡る世界は美少女ばかり』、『唐揚げ美少女戦士~カラット唐揚げ~』、『帰ってきた唐揚げ美少女戦士~カラット唐揚げR~』、『水戸のご老公のグルメ宝石箱』とか」
アクドーイは驚いた顔でアンゴーラを見た。
「え、全部知ってます! 特にグルメ宝石箱に必ず出てくる地方のお姉さんの入浴シーンが良かったです。入浴シーンだけ集めた未公開映像付き総集編『グルメ宝石箱総集編~ポロリもあるよ~』は家宝として大切に保管しています。あれ、デビュー前のまだ地方仕事をしていたプリンセス娘のメンバーが何人か出ているんですよね。いやーありがたやありがたや」
拝まれている。アンゴーラが神になった瞬間である。実際のところ、ゲーム知識を使っただけである。
「目的地に着いたら起こしてちょうだい。ほんと、この体は疲れすぎ」
「魔力を体に貯めすぎると太るなんて初めて聞きましたよ。無理しないで下さいよ」
アンゴーラは目的があって体内の魔力を増やすトレーニングをしている。ゲーム知識で。
「ええ、心配しなくてもそろそろ終わりにするから大丈夫」
魔力は体に蓄えられる。だがある程度以上蓄えると脂肪細胞が肥大化して太るのだ。魔術師シバは腹に魔力が貯まりビール腹になっている、ラブ・メグは胸と尻に魔力が貯まり圧倒的なナイスバデーとなっている。対してアンゴーラは体全体に貯まり相撲取りのようになっている。
「理不尽だ」
そう言いながらアンゴーラはそっと目を閉じた。