23-19話
ベンガルーの父親も兄も借金を返済できるくらい十分稼いでいる。心配は無用だろう。
「だけどすべての借金がすぐに返済可能というわけでは無いのです」
ベンガルーがそうつぶやいた。
「ベンガルー自身が研究生の二人から借りたお金だな」
ベンガルー名義の借金が残っている。研究生の二人を通して彼女達の親(グレー商会関係者)から借りたお金だ。
「研究生の二人の言う通りに私が動くことで借金の返済を猶予してもらっていましたの。少しづつ返しているのですが平凡な序列に居るプリンセス娘メンバーの給料は多くありません。順位を上げれば給料も増え返済額も増えるのですが、もう年増と言われる年齢ですしあまり人気を得る手段はありません。スキャンダルをでっち上げて話題作りもしましたが取り上げられたのは最初だけでした。
というわけでヨシオ様に少しお金を工面して頂きたいのですが。これまで敵対していた私が言うのはおかしいとお思いでしょうが。全額とは言いません、一部でもいいですから」
「いいよ全額。いくらなの?」
「そうですよね、ダメですよね。あんなに敵対しておきながら今更・・・」
「いや、だから俺が立て替えるから」
「えっ、いいの!?」
「さっきからそう言ってる。多分足りると思うけど一応金額教えて」
「ぜ、全部で一千万HPDなんですけど、ほんと、無理なら一部だけでもお借りできれば嬉しいです」
急に頭を下げ、しおらしくなるベンガルーであった。元貴族としてのプライドもあるし、俺達に敵対してきた立場もあるだろうから、素直に頭を下げるのは難しいはず。なのに。家族のためなのか。
いいだろう一千万HPD、約一千万円。どうせ俺にとってははした金だ。
「全額貸していいけど、俺に協力してくれるなら返さなくていいよ」
驚いたようにベンガルーは顔を上げた。
「協力したら返さなくていいの? 本当! 本当なのね! 何をすればいいのかしら?」
「二つある。一つ目はこれから俺を地上へ連れて行くこと。途中、シャム姫達に会えればそこまででいい。二つ目は俺の仲間になることだ」
帰り道を知っているベンガルーがいなければ再び捕まってしまうだろう。このダンジョンからの脱出は最優先事項だ。さらに仲間になってもらえば魔王軍側の情報を得ることができるはずだ。ベンガルーがどこまでの情報を持っているかは不明だが、今後の役に立つだろう。
「わ、分かかりましたわ。一つ目の条件、地上まで責任をもって案内しますわ。ちょっと恥ずかしいけど二つ目の条件も受け入れます! というか元からそのつもりです。それでは少しお待ちいただけますか。動きやすい服装に着替えてきますわ」
金髪ツインドリルとミニスカートではダンジョンの移動は難しいだろう。ベンガルーは顔を赤くして隣の部屋に着替えに行った。それにしても仲間になるのがなぜ恥ずかしいのだろうか。もしかすると、敵に寝返るというのは貴族的には恥ずかしい事なのかもしれない。
しばらくすると白いワンピースにリュックサック、大きなリボンのついた麦わら帽子をかぶったベンガルー? が現れた。
「え、べ、ベンガルーだよね」
俺は唖然とした。貴族の山ガールだ。
「おかしいですか? 汗をかいたら崩れるから化粧は落としてきましたの」
金髪ツインドリルだった髪はほどかれ、自然な感じで一つに束ねられサイドに流されている。化粧で真っ白だった厚塗りの肌は自然な色に。強烈だったギャル仕様の付けマツゲは外され優しい目元に。はっきり言って同じ人物とは思えないほど可愛らしい。さすが元貴族、本物のお嬢様だ。
「や、やっぱり化粧していないと変ですわよね」
唖然とした俺を見て、ベンガルーは恥ずかしそうに顔を隠した。
「いや、びっくりしただけ。今の方が良い! 凄く良いと思う!」
「そ、そうですか。何だか素顔を晒すのは落ち着きませんわ。でも研究生の二人は貴族らしく強気なメイクの方が良いって言ってましたのよ」
たぶん、取り巻きの二人にはその方が都合が良かったのだろう。育ちが良いベンガルーは二人の悪意に気付けなかったのだ。
「化粧や髪型でガードしなくてもベンガルーは十分綺麗だから、このままでいいと思うよ」
「嘘でもそう言って頂けると嬉しいですわ」
ベンガルーはそう言って恥ずかしそうに微笑んだ。
「そろそろ移動しましょう。魔王軍に見つかると面倒ですわ。ヨシオ様が入ってきた床の穴から脱出しましょう」
恥ずかしさをごまかすかのようにベンガルーは言った。だが、二人が動き出す前に部屋の扉が勢いよく開いた。
「「裏切り者ですわ」」
「初めから怪しいと思っていたんだよそのエセ貴族の女は!」
部屋に入ってきたのは見覚えのあるスク水樽体型のおばちゃん、サキュバスのクララである。そして後ろにはドレスを着た二人、ベンガルーの取り巻きだった研究生だ。
「お前がヨシオを逃がしたんだね。やるじゃないか、私を騙すなんて。だが、そこまでだよ。あんたの取り巻きもあたしの手下になったからね」
いや軟禁部屋からの脱出にベンガルーは関係ないのだが。
「ふん! 騙されたあなたが間抜けなのですわ。それにそんな役立たずの二人の協力など、こちらから願い下げですわ」
ベンガルーも適当に話を合わせたようだ。そして研究生の二人を睨みつけた。だが二人は余裕があるのかニヤニヤしている。
「まさか忘れたわけではないですよね」
「あなたは私達からお金を借りているのですよ」
「返すあてがあるのかしら」
「お父様に言ってすぐに借金を取り立ててもらおうかしら」
二人はそう言ってクスクス笑った。しかしベンガルーは慌てることなく言い返した。
「ええ、ダンジョンから帰ったら借りたお金は全額お返しいたしますわ」
「「えっ?」」
研究生の二人はベンガルーの回答が意外だったのか、戸惑っているようだ。
「ま、まさか金で婚約者を買っているという噂のビジネス勇者を取り込んだのか!」
「金満ハーレム構築中のハーレム勇者ヨシオから借りたのか!」
酷い言われようである。戸惑う二人を前に、ベンガルーは近づいてきて俺と腕を組んだ。そして俺の肩に頭を乗せながら言った。
「もうお金に関しては問題は何もないのよ。父も兄もこのヨシオ様のおかげでグレー商会と手を切ることができたしお金にも困っていないの。そして私の借金もヨシオ様に立て替えてもらえるわ」
「そんな! せっかくベンガルーを利用して私達の人気が出てきたところなのに」
「裏工作がバレたら私達はプリンセス娘をクビだわ」
研究生の二人はがっくりと肩を落とした。それを見てクララがベンガルーに話しかけた。
「こちらも長い時間をかけてジャガ男爵家を取り込んだのに、このままでは勇者ヨシオのせいで台無しだよ。そこでお嬢ちゃん、取引しないかい? これまで通り魔王軍に協力するなら、取り巻きの二人への借金は帳消しにしてやろう。さらに、元ジャガ男爵家の領地も取り戻してやろうじゃないか。どうだい、どうせ勇者ヨシオにお金を借りても返さなければならないだろう?」
クララは胡散臭い笑顔でそう言った。
「残念だけど、その提案はすでに無意味ですわ」
「「「無意味?」」」
「そう。ヨシオ様から提供された資金は返済不要なの」
「ほう。さすが。確かにビジネス勇者にとってははした金かもしれないね」
うむ、その通り。ま、本当に大した金額ではないし。
「だが、領地はどうするんだい。子供の頃すごした住み慣れた家も領地も、そこにいる勇者に横取りされたままでいいのかい。勇者軍に寝返ったからと言っても、それらは取り戻せないんだよ」
まあ、その通りだな。館はもう俺の家、というか婚約者達が住んでいるし勇者軍の拠点にしたし。これについてはベンガルーには諦めてもらうしかないな。
「あっはっは! 領地を取り戻す? そんなことする必要はすでにありませんわ」
ベンガルーも理解している。肝心のジャガ男爵が領地を取り戻すつもりが無いのだから。
「意味がわからんな。いったいどういう事だ。ま、まさか!」
クララが驚いた眼で俺を見た。ふっふっふ、もう遅いのだよ。ジャガ男爵は”天使のマヨネーズ”の幹部。そして兄は俺の持つ関連会社のイケイケ社員。二人とも新しい人生を歩んでいるのだ。領地など過去の話だ。さあ、言ってやれ。俺が頷くとベンガルーも頷いた。
「いいですか。よくお聞きなさい。ヨシオ様は私に熱く語ったのです。仲間になれと。勇者の仲間と言えばあの有名な婚約者ハーレム! 仲間になるとはつまりハーレムに加入すること! そう、すでに私にとってヨシオ様は身内なのです。だからヨシオ様の財産は私の財産、ヨシオ様の領地は私の領地! 取り返す必要などすでにありませんのよ!」
「「「 ええええええ! 」」」
クララと研究生の二人が驚いている。俺も驚いている。聞き間違いかな。
「はっきりと言いましょう。この私ベンガルーは勇者ヨシオ様の婚約者になったのですわ!」
「「「 ええええええ! 」」」
クララと研究生の二人が再度驚いている。俺も再度驚いている。
「「「「「「 ええええええ! 」」」」」」
クララと研究生の後ろで、タイミング良く(悪く)部屋に入ってきた俺の婚約者達六人も驚いている。なぜこのタイミング・・・