23-18話
「見ましたわね」
「見てないです」
「お気に入りのイヌさんぱんつでしたのに」
「いやネコさんぱんつで、あっ」
「やはり見ましたのね! うえーん、お嫁に行けないー」
あからさまな嘘泣きをしているのは金髪縦ロール厚化粧の悪役令嬢ベンガルーだ。俺が顔を出した場所は、偶然にも床に寝転んでいたベンガルーのスカートの中だったのだ。狙ったわけでは無いのだが。
「ベンガルーさんでしたっけ? ぱんつくらい見られてもお嫁に行けるから大丈夫。それより何か飲み物無いかな」
「セクハラした上、要求とは! ほんと私の周りはろくでもない奴ばかりですわ!」
そう言いながらも嘘泣きをやめ立ち上がったベンガルーは部屋の隅に設置されている冷蔵庫まで行ってペットボトル入りの水を持ってきてくれた。見かけによらず面倒見が良い? 本当は良い娘なのかもしれない。水を飲んで一息ついた。
でも何故彼女がここにいるのだろうか。ここで働いているのか? ならば魔王軍の関係者? いやいや彼女はプリンセス娘のはずだし。何か理由があってここでアルバイトをしているのかもしれない。あまり詮索するのは悪いかな。でも五階につながる通路を知っていそうだし。この際、素直に話をしてみよう。
「実は魔王軍につかまって下の階に閉じ込められていたんだ。何とか逃げ出してきたんだけど帰り道が分からないんだ。良ければ道を教えてほしい」
ベンガルーはこちらを見てイラっとした顔をした。
「あなたは私と違って重要人物だし何より金持ちなのだから日ごろから気を付けなさいよ! すぐにまた攫われますわよ! 帰り道は知っていますわ。このダンジョンはゴーレムだらけで危険だから案内して差し上げますわ。私もここにいる理由がなくなりましたもの。丁度良いですわ」
やはり面倒見が良いのかもしれない。
「以前、ダンジョン自治区中央のホテルで会ったよね。どうしてここにいるの? アルバイトでもしていたの?」
以前、ヨシオがラグドールとジェーンと共にエルフ国に婚約の挨拶をしにいく途中、ダンジョン自治区中央ギルドのホテルに押しかけてきて婚約を要求してきたのがベンガルーである。
「はぁ? あなたそんなこともご存じないのね? 私は魔王軍七天王の一人ですのよ。でも心配しなくていいですわ。私は先程仲間達に見捨てられましたの。今更あなたを捕まえて魔王軍の幹部に引き渡すなんて意味が無いもの。むしろ逃がすことで嫌がらせしてやるわ。今頃、あなたを必死に探しているでしょうね。いいざまですわ、くっくっく」
悪役令嬢が悪い顔をして笑っている。怖い。シャム姫、ジェーン達との戦いに敗れたため、取り巻きのみならず他の魔王七天王達にも見捨てられたらしい。そもそも魔王軍に参加したのも、家の借金返済、お金儲けのためのようだ。
彼女はプリンセス娘のメンバーであるがそれほど人気も無く上位に入ることはなかった。それでも真面目に頑張り、当時はシアターの女神と呼ばれていたらしい。だが実家のジャガ男爵が領地経営を失敗し損失を重ねた頃から彼女の運命は暗転した。当時偶然知り合った二人の研究生、スコティッシュフォールドとアメショ、さらにはグレー商会からお金を借りたためだ。
借金が原因でこの二人の研究生に逆らえなくなり、二人の指示でトップオタ達に金を出させてパーティーを開催したり、意図的に写真雑誌にスキャンダルを取り上げてもらい話題作りをするようになった。取り巻きの二人は悪い先輩の被害者であり、それでも頑張っているということで最近は人気上昇しているらしい。実際には遊んでいるのはそのその研究生二人であり、ベンガルーは参加していない。むしろ隠れてダンスの練習をしていたようだ。
借金の原因はジャガ男爵の領地経営の失敗だ。ジャガ男爵がまかされていた領地はダンジョン自治区始まりの街。となるとジャガ男爵が失敗したのは十中八九グレー商会が原因だろう。ジャガ男爵はそれに気づくことなく、逆にグレー商会から借金を背負わされたに違いない。そういえばジャガ男爵と占いババアが俺の邪魔をしたのもグレー商会の命令だったな。あの二人、元気でやっているだろうか。
「ということはベンガルーはジャガ男爵の実の娘?」
「・・・そうですわ。あなたが住んでいる館も、あなたが治めている街も、もとはジャガ男爵領、私達の領地ですわ。でも返してなんて言いません。今の方が住民達が幸せそうですもの。父上には領地経営の素質がなかったのですわ。そのくらい私にも分かります」
人には向き不向きがある。優しい人ほどリーダーには向かないという話もある。
「以前、ジャガ男爵に会ったことあるけどかなり若かったな。あれが父親かな?」
「現在ジャガ男爵家は消滅していますわ。もし名乗っているとすれば、それは兄なのです。兄は男爵家の復活を目論み資金集めをしていたのです。だけどいつの間にかグレー商会の手下となっていました。
最近はグレー商会と手を切り”カレー”なる怪しげな料理の店で儲けているから安心しろ、なんていう手紙をもらいましたの。でも馬鹿な兄のことだからまた騙されているに違いありませんわ。私を安心させようとして、儲けているなんて見栄を張ってまで。
一方、父は爵位が取り上げられた時、館も含め財産を全て売却し借金返済に充てました。老後は平民としてどこかで働きながら借金返済すると言い残し、わずかなお金を母に渡して旅に出ました。その後の手紙では”天使のマヨネーズ”という会社で重役として働いているとか。経営者のミ・ランダクーという美人が挨拶に来たけど、父はきっとあの女に騙されています。リーダーの才能の無い父が会社の重役なんてなれるわけありませんもの。
没落貴族は周囲に騙されさらに没落するのみですわ。まあ、ビジネス勇者であるあなたには関係のない話でしょうね。少ししゃべりすぎたようです」
ベンガルーは遠い目をしてそう言った。だがカレーとマヨネーズ? 凄く思い当たる節がある。
「お兄さんと婆さんは本当にグレー商会をやめているぞ。儲けているのも本当だ」
「え、本当なの? ばあやも兄と一緒にいるの?」
「ああ、グレー商会が非合法な事をしていたので潰してやろうとしたけど、奴らはすでにダンジョン自治区を出た後だった。その時お兄さんと婆さんはグレー商会との関わりを絶った。そして俺が頼んで婆さんには砂漠ウサギの調理法を指導してもらったんだ。その肉を使ったカレーがめちゃくちゃ美味しくてね。婆さんの下で修業し卒業した人を料理長として雇い、世界中に出店することにしたんだ。確かもうカレー店は三百店舗を超えているはずだ。お兄さんがカレー部門のリーダーとなって出店の指揮を執っている」
「う、うそ・・・」
「それからミ・ランダクーとは知り合いなんだけど彼女は真面目な経営者だ。彼女自身がその日の食べ物にも困るような生活をしていたけど、真面目に努力してマヨネーズの量産化に成功しセレブ経営者になったんだ。ただ周囲には女性だからと、成り上がりだからと馬鹿にする輩もいる。だから元貴族のジャガ男爵なら彼女の協力者としてうってつけだろう。安心していいと思うよ。でも、まさかこの世界であんなに美味しいマヨネーズが食べれるなんて思っていなかったな」
「じゃ、じゃあ、全部本当のことだったの? 私はもう借金の心配しなくていいの? 父も兄もばあやも幸せなの? 母も隠れて暮らす必要が無いの? プリンセス娘を続けていいの?」
「心配する必要は何もない。借金はもう無いはずだ。ベンガルーは取り巻きの二人に騙されていたんだろうな。だからあとはベンガルー自身が幸せになるだけだ。取り巻きやグレー商会に復讐するのもありだ」
たまにはカッコイイ事も言ってみたくて自信満々にそう言った。ベンガルーは俺の言葉を聞いてやっと安心したようだ。
「ビジネス勇者でありグルメ勇者でもあるヨシオがそう言うならもう心配ないのでしょうね。あとはお嫁に行けない体にした責任を取ってもらうだけですわ」
先程まで全てを諦めていたようなベンガルーの目が再び輝き始めた。